幼馴染みが屈折している

サトー

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【その後】幼馴染みにかえるまで

どこにも行かないで(1)

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「ヒカルの車の状態を維持するためにも、たまにはこうやって出掛けようぜ」

 それって俺ともっとデートがしたいってこと? と聞き返すと、「は?」と呆れたような顔をした後、知らんぷりをするルイ。
 子供みたい、何を照れてしまっているんだろう、と助手席の方をこっそりと盗み見た。疲れてしまったのか少しだけ眠そうにしながら、ルイはすっかり暗くなってしまった外をぼんやりと眺めている。

「ホテルに戻るの、だいぶ遅くなっちゃったね」
「寄り道をしすぎたよな」
「ルイがはしゃいでどんどん遠くまで行こうとするから」
「俺? ヒカルだって、写真を撮りまくってただろー」

 どっちもどっち、という結論に至って二人でクスクス笑う。もう、いい大人なのに、相手がルイならこんな小競り合いでさえも、楽しいと感じる。
 現場が動き出す前に無理やり作った二連休。「せっかくだから旅行にでも行こう」という話になって、ルイが休みを合わせてくれた。一泊二日ではそう遠くへは行けない。結局、就職してからルイとの初めての旅行は車で行けるような場所が限界だった。

「じゃあさ、有名建築を見に行こうぜ。ヒカル、見たい建物がたくさんあるんだろ?」

 車で行ける場所にもすごい建物はたくさんあるんだ。そう言って、自分だって忙しいはずなのにルイはずいぶん熱心にいろいろと調べてくれた。
 ルイの行きたい場所でいいよ、と何度か伝えてみたものの返ってくるのは「なんで? いい機会だろ?」という反応だけだった。

「俺は建築の事はよくわからない……。でも、ヒカルが見つけた夢中になれる事は、知りたい。せっかくだから行こう」

 こんな所は子供の頃とちっとも変わらない。だから、俺はルイに心を奪われたまま、離れられなくなってしまったのだろうけど。

 朝早くに家を出て、ルイが「ここは?」と挙げてくれた建築物を見学して回った。ダイナミックな建物、歴史的な価値のある建物、自然と調和した建物……。
 外と中の繋がりを意識したデザインや、室内への光の取り込み方をじっくりと眺めては、写真に収める。そうしたところですぐに全部を自分の仕事に活かせるというわけではない。だけど、やっぱり刺激にはなる。
 会社と現場と家をひたすら往復する毎日だけでは得られないような高揚感にいても立ってもいられなくなった。「早く図面を起こさないと」と思ってしまって、こんな所に来ても仕事か、と少しだけ苦々しい気持ちになった。

「来てよかった?」
「うん、すごく。ありがとう、ルイ」

 
 就職してからは、学生の頃とは比べ物にならない忙しさとプレッシャーに押し潰されそうになりながらもなんとか踏み止まっている毎日だ。

 何もわからず使い物にならない新人の頃を抜け出したと思っていたら、実績を一つ積んでいくたびに、任されることにたいしての責任がどんどん重たくなっていく。
 何もかもを放り出して逃げ出してしまいたい、と思ったことだって一度や二度ではなかった。
 耐えられずに会社を離れていった人、順調に出世を続けていった人……。ひたすら観察を続けて、自分がどう振る舞うのがベストか正解を常に探し続けた。「負けてたまるか」とどれだけ自分を奮い立たせていても、根性とかメンタルの強さとか、そういったものだけではフォローしきれない部分がどうしたって出てきてしまう。
 たぶん、人生の全てを仕事にかけていたら、俺はそのまま潰れていただろう。
 
 ルイが側にいたから、なんとか立っていられた時が何度もあった。そんなことを思い出しながら、目の前の建築物を眺めた。



 ルイはどんな建物についても側で「スゴイな」「この建物はどうなってる?」と素直に驚いたり、感心したりしていた。なんとなくそうした方がいいような気もしたから、その様子をちゃんと写真に収めた。「あ!」「なんで俺を撮るんだよ!」と目を吊り上げて、嫌がる表情ですら愛しい。

 ルイはすばしっこいうえに好奇心が旺盛だ。
 隣にいるなあ、と認識した一分後にはどこかへいなくなってしまう、なんてよくあることだから、上手に撮影すること自体が至難の技だった。
 ルイのことをずっと見つめている俺にしか撮れないようなベストショットを見せても、ルイは「やめろよ」と俺の写真の腕をちっとも褒めてくれなかった。

 

「なあ、あとどれぐらいで着く?」
「んー……あと、三十分、四十分くらいかな……? それにしても」

 ひどい雨だ、と言いかけたところで、窓を叩く雨音がより強くなった。
 日中は雲一つない快晴で、汗をかきながらルイと何度も「暑い」と言い合うような天気だった。それなのに、ホテルに戻って休もう、と車に乗り込んだ辺りからポツポツと降り始め高速道路の入口へと着く頃にはほとんど土砂降りに近かった。

 運転は好きだけど、晴れている時に比べて格段に視界が悪くなる雨の日のドライブは苦手だ。
 ルイもそれを察しているのか、あまり喋らずに黙って雨音に耳を傾けながら外の様子を窺っている。

「……ごめん。一度、サービスエリアで車を止めてもいい? 少し雨が弱くなるのを待ちたいんだけど……」

 二十一時を過ぎているということもあって、道路自体は空いている。たぶん、さっきルイに伝えた三、四十分程度の時間があればホテルまで戻ることは出来るだろう。
 けれど、数メートル先を見ることさえ困難な激しい雨と、助手席にルイを乗せている、という状態でこのまま車を走らせることにどうしても迷いが生じた。
 ルイは慌てた声で「当たり前だろ」と言い、サービスエリアまでどのくらい距離があるのか知りたかったのか、キョロキョロし始めた。

「すぐに着くから大丈夫だよ」
「うん? うん……」

 そこまで時間はかからないだろうし、ちゃんと安全運転をしているから何も問題は無いよ、という意味でそう言ったのに、ルイの相槌はずいぶん素っ気ない。
 俺に対して腹を立てている、というわけではなさそうだった。長く一緒にいると言葉を交わさなくても、態度や雰囲気でそんな事が読み取れる。
 旅先で困った事になっているのに、自分は目的地に着くまでただじっとしているだけ、という状況をきっと悔しく感じているのだろう。昔からルイはそうだ。自分以外の誰かが困っていれば、いつだって一生懸命寄り添って出来ることを探す。

「……日中は晴れてたから、ラッキーだったよね」

 本当は深いため息をつきたいところだったけど、無難な言葉を口にしてやり過ごした。心のままに話していたら「はあ……。本当に可愛いんだから……」と口にしてしまって、ルイを怒らせることになってしまう。

 俺はずっとずっと前からルイの事が本気で好きだから、シンプルに愛情を確かめ合うような言葉や行動以外の、ささやかな瞬間を目にしただけでも「ルイが好き、可愛い」という気持ちが溢れて止まらなくなる。
 ルイの事ならいつまでも飽きずに見つめていられるし、どんな些細な変化も見逃さず、一つ一つをいつまでも覚えていられる自信だってある。

 そのせいなのか、付き合いたての頃は、そんな自分の思いだけがから回っているように感じられて悩んだこともあった。ずっとずっと好きだったルイと好き合っているのに、何度もルイを試すような事や、深く傷つけるような事をしてしまった。
 ずいぶん時間はかかってしまったけれど、こうして二人で穏やかに過ごせるようになるまで、ルイにはずいぶん我慢をさせてしまっていたに違いなかった。

「……寒い? エアコン切ろうか」
「え、いや、いいよ。俺に合わせるなよ……」

 シャツの裾から覗く腕は学生だった頃とちっとも変わらず、細いままだ。暗い車内だといっそう頼りなく見えて、なんとなく助手席側のエアコンだけ風量を少なくしておいた。

 たどり着いたサービスエリアは、思っていた以上に暗くて寂れていたものの、同じように雨が弱まるのを待つ車や仮眠中のトラックがぽつぽつと止まっていた。
 皆がそうしているのと同じようにして、他の車と十分間隔を開けて車を駐車した。

「サービスエリアって、夜はこんな感じなのか?」
「たぶん、ここは二十時くらいまでしか開いてないんじゃないかな」

 遠くに自動販売機の薄ぼんやりとした灯りが見える。相変わらずフロントガラスを叩く雨音は激しかった。しばらくここで待機して、少しでも雨が弱くなったらその隙に出よう、とシートベルトを外して背もたれを倒した。

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