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しおりを挟むヘンリエッタ・キールス子爵令嬢は人生においてこれ程後悔した事はなかった。
一時の情熱に駆られて、絶対に口にしないはずだった言葉を形にしてしまったのだ。どれだけ後悔したところでもう遅い。うあああああ、と両手で頭を抱えて蹲りたくてたまらないが、ギリギリのところでその欲求に耐える。これから自分の夫となる相手と会うのだ、そんな姿は見せられない。
ヘンリエッタはキールス家の長女であり、その下に妹が二人、弟が一人いる。領地は貧しいというわけではないが、富んでいるという程でもない。なんとか子爵家の面子を保てるだけの収入はあるが、毎夜夜会に参加してドレスを新調して、などといった贅沢とはほど遠い暮らしぶりだ。
ヘンリエッタも妹弟達もその生活に特に不満はない。ただただ穏やかに、家族仲良く暮らせていければそれで充分であった、というのに。その生活が激変してしまうような事が起きてしまう。
元々肺に疾患のあった母の容態が急に悪化した。その為に少しでも空気の綺麗な場所で生活を、と領地に両親が戻った所までは特に問題はない。だがそこを悪徳業者に目を付けられた。やたらと肺病への効果を謳う高額な薬を売りつけられ、それにより少しずつ家計が圧迫されていく。そこにさらに季節外れの嵐のせいで領地の河川が氾濫し、その修復費用や領民への救済などで多額の金銭が必要となった。気が付けばあっと言う間に借金まみれとなり、領地を王家へ返上するかどうかの瀬戸際に立たされた。これがたったの一年での出来事だからもう笑うしかない。
ここで無理をして、逆に領民を困らせるくらいならさっさと領地と爵位を返上して自分達は平民になって構わないというのがヘンリエッタの正直な気持ちだ。だが問題はこれだけではない。母の治療代がこれでは賄えなくなる。
「あの業者だけは死んでも許さないんだから……!」
金の工面に奔走している時に知らされたのは、件の業者が詐欺集団にも等しい存在であるという事だった。援助してくれた母の友人の知人の親戚、という遠い相手からの情報ではあったが、その時点で母の容態は一向に回復する兆しは無く、あげく業者そのものが行方知れずになっていたのでまず間違いではないだろう。
敵を追って潰してやりたい気持ちはあれど、そうするにも金がかかる。しかしキールス家にそんな余裕は無い。もうどうにもならない、八方塞がり、自分は元より妹弟達の結婚費用すら残してやる事ができそうもない状況に、これはいっそ身売りでもするかとヘンリエッタがそう考え始めた頃、まさにそんな話が転がり込んできた。
テイスデル・ファン・デン・ホーヘンバント伯爵より、ヘンリエッタへと婚約、をすっ飛ばして結婚の申し入れがきたのである。
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