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 ヘンリエッタ側の事情は全て把握しており、金銭面での補助は充分に行うので安心して嫁いできて欲しいという、一見すると救いしかない申し出であるが、当然美味い話には裏があるものだ。
 このテイスデル伯爵、御年五十を超えながら年若い女性が好きだと広言して回る品性を持っている。それだけならまだ目を瞑る事ができなくもない、かもしれないが、そこにさらに「同時に複数の女性を相手にし」あげく「飽きたら部下に下げ渡し」さらには「娼館へ斡旋している時もある」という話まであるものだから下衆の極みだ。

 こんな人物が伯爵でござい、とこれまで断罪される事なくいるのだから貴族社会というものは恐ろしい、とヘンリエッタはその末端にいながら呆れ、そして震えるしかない。しかし、今この瞬間でもヘンリエッタが縋る事のできる相手が彼しかいないという現実。全ては家族のため、領民のため、とヘンリエッタは腹を括るしかなかった。
 普通であればとんだ悲劇のヒロインだ。しかしヘンリエッタはあまり普通では無かった。少なくとも、精神面においては周囲のご令嬢達に比べて鋼でできていた。
 とにもかくにも金が必要なのは変わらないのだ。援助の申し出の話があったと同時にヘンリエッタはそれを公式な文書として用意してもらう話を取り付けた。伯爵が断罪されない唯一の理由が、領地がもたらす莫大な富だ。

「――希少な宝石の取れる鉱山を持つ領地があるって最強よね……」

 もしかしてもしかすれば、結婚したと同時に伯爵が亡くなって遺産を以下略、そこに望みを繋いでさらに略、などという不謹慎にも程がある妄想が駆け巡るくらいには、ヘンリエッタは図太かった。

「貴族同士の結婚だもの、そこに愛が無くてもおかしいわけではないわ。いっそ今もいるであろう他の女性達に夢中でいてくれて、わたしは名ばかりの妻……いっそメイドで構わない……」

 ヘンリエッタが目を付けられたのは「年若い」という一点のみだろうが、それも別に特段若いというわけではない。伯爵の守備範囲が何歳までなのか詳しくは知らないが、流石にデビュタントも済ませていない年は対象外だと思いたい。もし万が一対象内だとしたら、末の妹が狙われる可能性もあるわけで、そしてそうなった時はヘンリエッタは鉈を振り回してでも伯爵を仕留めるつもりだ。
 そんな物騒に物騒を重ねた思考にヘンリエッタが陥っていると、控え目に扉をノックする音が聞こえた。ついに敵と対面だと、およそ夫となる相手に抱く感情ではないものを抱えつつヘンリエッタは「どうぞ」と短く答える。
 そうしてゆっくりと開かれた扉の先にいたのは、とてもじゃないが五十を超える若い女好きの下衆野郎とは思えない程美しい男性だった。というか、先日会ったばかりの相手だ。

「――は!?」


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