お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十

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第二話

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 ミアがそう嘆いていると、不意に傍の空間が歪んだ。

「ふあぁぁ……。おはよう、ご主人サマ。ナァニ、騒いでるノォ?」

 空間のゆがみから現れたのは、人語を解する黒猫だった。彼女の名はノアといい、ミアの使い魔の一匹だった。

「ノア、おはよう。あ、早速で悪いんだけど、家にかけた時間停止の魔法を解いてくれる?」
「はぁい、お安い御用よぉ」

 そう言ってノアが尻尾を一振りすると、家や家具、家に常備してあった薬草類から魔力が抜かれ、時間が動き出すのを感じた。
 それが済むと、ノアは伸びをして、改めてミアに向き直る。

「……あらぁ? ご主人サマ、お仕事が終わるノが早すぎナァい? わたし、あと五十年はかかると思ってたわぁ」

 不思議そうに小首を傾げるノアに、ミアは苦々しい顔で頷く。

「そうね。私もそれくらいかかると思ってたわ……」

 ミリアリアの母であり、プレスコット王国の側妃であるクリスティーンの願いを叶えたのは、今から十八年近く前になる。
 クリスティーンは側妃に迎えられながら、なかなか子供が出来ないことに焦っていた。このままでは後宮を追い出され、下賜されるか実家に戻るしかなくなる。それを大いに不安に思い、彼女は魔女のミアに密かに依頼したのだ。
 
「時間ももうない、って言うから体質改善も出来なかったし、最終手段で私の魂をお腹に宿したのよね……」

 ちなみに、どういう手段を持って子供を作ったかはクリスティーンには言わなかった。彼女とは手段は問わず、それを聞かないという契約を結んだので、手段を選ばず、言わなかったのである。
 まあ、その際、腹に宿らせた魂は、魔女ミアの記憶を封じたため、純粋にまっさらなミリアリアという姫が産まれた。遺伝子は確かに王とクリスティーンのものだし、魂が自然に宿ったか否かなので、問題ないだろう。
 そして、魔女ミアの体は、ミアの魂がミリアリアとして生きている間は、眠らせることにした。これは、魔女が不老であるからこそできた事だった。
 そして、家や家具、薬草類など、家の中に在る、ありとあらゆるものに時間停止の魔法をかけ、更には使い魔を冬眠状態にして眠らせた。そして、結界を張って家を守り、魔女の家を完全な眠りにつかせたのだ。

「そこまでしたっていうのに、たった十七年で終わるとは……」
「あらぁ、十七歳で死んじゃったノォ? お気の毒ネェ」
 
 のんびりしたノアの言葉に、再び溜息をつく。

「とりあえず、部屋の掃除でもしようかしら……」
「そうネェ。時間を止めてても、ちょっと埃っぽいものネェ」

 そうして凝り固まった肩を回しながら、ミアは掃除道具を取りに部屋を出たのだった。



   ***



 部屋をざっと掃除し、荒れた庭を見てげんなりした顔をする。

「明日からは庭の手入れね……」
「野性味があって、コレもステキよぉ」
「野性味が溢れすぎているわ」

 マイペースな使い魔の言葉に、ミアは肩を竦めて夕飯の準備にとりかかる。――とはいっても、時間停止前に食材はほぼ使い切ってしまっていたため、小麦粉とじゃがいも、人参、玉ねぎ、ベーコン、チーズぐらいしかなかった。

「時間を止めてたから、大丈夫そうね」
「作るならクレープかしらぁ?」

 そうね、とミアは頷き、サクッと手際よくじゃがいもと人参、玉ねぎ、ベーコンを切り、塩コショウで炒める。そして小麦粉を水で溶き、それを薄く焼く。そこにチーズをのせ、更に炒めたものを乗せて巻けば総菜クレープの完成だ。
 
「はい、ノア。こっちは玉ねぎは抜いてあるから、安心してね」
「あらぁ、ありがとう、ご主人サマ」

 のんびりとお礼を言い、ノアはゆっくりとクレープを食べ始める。それを見届け、ミアもクレープを食べる。

「あー、美味しい……」
「あらぁ、ご主人サマはお姫サマだったんだから、もっと良いもノを食べてたんでしょう?」

 確かにミリアリアは良いものを食べていた。しかし、この雑な料理が美味しくないわけでは無い。

「良いもの使ってプロの料理人が作ろうが、私が粗末な物を使って雑に作ろうが、美味しいものは美味しいのよ。ノアだって、川でタダで釣った魚も、海の魚のお高い干物も、両方美味しいって思うでしょ?」
「あらぁ、それもそうだわぁ」

 そうやって、ミアは可愛い使い魔と共に和やかに夕食を食べた。
 その後は、早々に就寝した。掃除をしてクタクタになっていたのだ。
 ミアは遠見の水晶玉を覗いて感じた嫌な予感を頭の隅に追いやって、ベッドに潜り込み、目を閉じた。
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