1 / 3
カレンの蝋燭
しおりを挟む
――ゴーン……ゴーン……
教会の鐘が鳴る。
喜びと祝福の音だ。
カレンはそれを人々に交じり、広場で聞いた。
教会から出て来たのは、半年前に魔王を討伐した勇者ケインとこの国の第三王女のマリエラだ。
二人の顔は喜びに満ち、互いを見つめる眼差しには愛があった。
今日、彼等は結婚した。
神の前で愛を誓い、伴侶となったのだ。
人々は口々に祝福の言葉を送り、彼等の幸福を願った。
国中が彼等の結婚を喜ぶなか、カレンだけは哀しみで目を伏せていた。
昔、カレンとケインは恋人だった。
これは、ごく一部の人間しか知らない事実だ。
カレンは勇者パーティーの一員であり、槍を得物とする女戦士だった。
ケインとは苦楽を共にするうちに愛が芽生え、それを伝えあい、恋人となった。魔族との苦しい戦いの中、それは救いであり、希望だった。
世界が平和になったらどうしようかと彼と話した日々。
結婚して、村で平和に暮らして、子供を育てて……
しかし、それは叶わぬ夢となった。
ケインがある日重傷を負い、一年間の記憶を失ったのだ。――そう、それは、カレンと惹かれ合い、恋人となった日々の記憶だった。
愕然とした。
あの苦しくとも、愛しく、幸せな日々が彼から失われたなど……
けれど、カレンは諦めるつもりはなかった。
ケインはカレンの事を忘れてしまったけれど、カレンは覚えているのだから。
カレンはケインと自分は恋人で会ったことを告げようと思っていた。しかし、それは少しだけ遅かった。
彼は、運び込まれた城に居たこの国のお姫様、マリエラと恋に落ちてしまっていた。
ケインはいつもカレンに向けていた筈の甘く、熱い眼差しをマリエラに向けていた。カレンに向けられるのは、仲間としての信頼と情だけだ。
ケインとマリエラの恋は、きっと仕組まれたものだった。
勇者の力と名声は、魔王討伐が上手くいったあと、国が欲しがるものだろう。だからこそ、傷つき苦しむ勇者の看護に、美しい王女自らが参加したのだ。
そうでなければ、わざわざ高貴な身分の王女が看護をするわけがない。
そして、カレンがそれに気付けなかったのは、カレンもまた重傷を負って動けなかったからだ。
カレンの元には、国が用意した綺麗な顔をした魔術師がよく顔を出した。
彼は、国に命じられて勇者パーティーに新たに加わる予定の仲間だった。この男もまた、カレンを国に取り込むために用意されたハニートラッパーだった。
しかし、カレンの心にはケインが居た。魔術師の男は早々にそれに気付き、肩を竦めてカレンに「こんな馬鹿馬鹿しい仕事をせずに済んでよかった」と飄々と言い放った。
そうしてカレンは男と友誼を結んだ。
けれど、ケインはカレンへの想いを忘れ、その胸にはマリエラ王女への愛がある。
虚しかった。
カレンはケインに、自分は彼の恋人だったのだと言ってしまおうかと思った。
けれど、言えなかった。余計なことを言って自分たちの間に妙なわだかまりができ、それが原因で命を落とすようなミスが出ないとも言えなかったのだから。
だからカレンはこの虚しさに蓋をして、勇者パーティーの一員として旅を続けた。
そうして一年後、遂に魔王を討伐し、世界に平和をもたらした。
ケインはすぐさま王女の元へ行き、王に結婚の承諾を得て、この日を迎えた。
彼が人々の祝福に答えるように、大きく手を振る。
あの手がカレンの赤い髪を撫で、「蝋燭の火のようで綺麗だ」と言った日のことを覚えている。
あの手はもう、カレンの髪を撫でる日は来ない。
胸に灯る彼への想いは、もう、吹き消さなくてはならない。
カレンは喜びに満ちた一組の夫婦を見上げ、涙を一粒こぼした。
「お幸せに……」
胸に悲しみが満ちようと、それだけは心からの言葉だった。
教会の鐘が鳴る。
喜びと祝福の音だ。
カレンはそれを人々に交じり、広場で聞いた。
教会から出て来たのは、半年前に魔王を討伐した勇者ケインとこの国の第三王女のマリエラだ。
二人の顔は喜びに満ち、互いを見つめる眼差しには愛があった。
今日、彼等は結婚した。
神の前で愛を誓い、伴侶となったのだ。
人々は口々に祝福の言葉を送り、彼等の幸福を願った。
国中が彼等の結婚を喜ぶなか、カレンだけは哀しみで目を伏せていた。
昔、カレンとケインは恋人だった。
これは、ごく一部の人間しか知らない事実だ。
カレンは勇者パーティーの一員であり、槍を得物とする女戦士だった。
ケインとは苦楽を共にするうちに愛が芽生え、それを伝えあい、恋人となった。魔族との苦しい戦いの中、それは救いであり、希望だった。
世界が平和になったらどうしようかと彼と話した日々。
結婚して、村で平和に暮らして、子供を育てて……
しかし、それは叶わぬ夢となった。
ケインがある日重傷を負い、一年間の記憶を失ったのだ。――そう、それは、カレンと惹かれ合い、恋人となった日々の記憶だった。
愕然とした。
あの苦しくとも、愛しく、幸せな日々が彼から失われたなど……
けれど、カレンは諦めるつもりはなかった。
ケインはカレンの事を忘れてしまったけれど、カレンは覚えているのだから。
カレンはケインと自分は恋人で会ったことを告げようと思っていた。しかし、それは少しだけ遅かった。
彼は、運び込まれた城に居たこの国のお姫様、マリエラと恋に落ちてしまっていた。
ケインはいつもカレンに向けていた筈の甘く、熱い眼差しをマリエラに向けていた。カレンに向けられるのは、仲間としての信頼と情だけだ。
ケインとマリエラの恋は、きっと仕組まれたものだった。
勇者の力と名声は、魔王討伐が上手くいったあと、国が欲しがるものだろう。だからこそ、傷つき苦しむ勇者の看護に、美しい王女自らが参加したのだ。
そうでなければ、わざわざ高貴な身分の王女が看護をするわけがない。
そして、カレンがそれに気付けなかったのは、カレンもまた重傷を負って動けなかったからだ。
カレンの元には、国が用意した綺麗な顔をした魔術師がよく顔を出した。
彼は、国に命じられて勇者パーティーに新たに加わる予定の仲間だった。この男もまた、カレンを国に取り込むために用意されたハニートラッパーだった。
しかし、カレンの心にはケインが居た。魔術師の男は早々にそれに気付き、肩を竦めてカレンに「こんな馬鹿馬鹿しい仕事をせずに済んでよかった」と飄々と言い放った。
そうしてカレンは男と友誼を結んだ。
けれど、ケインはカレンへの想いを忘れ、その胸にはマリエラ王女への愛がある。
虚しかった。
カレンはケインに、自分は彼の恋人だったのだと言ってしまおうかと思った。
けれど、言えなかった。余計なことを言って自分たちの間に妙なわだかまりができ、それが原因で命を落とすようなミスが出ないとも言えなかったのだから。
だからカレンはこの虚しさに蓋をして、勇者パーティーの一員として旅を続けた。
そうして一年後、遂に魔王を討伐し、世界に平和をもたらした。
ケインはすぐさま王女の元へ行き、王に結婚の承諾を得て、この日を迎えた。
彼が人々の祝福に答えるように、大きく手を振る。
あの手がカレンの赤い髪を撫で、「蝋燭の火のようで綺麗だ」と言った日のことを覚えている。
あの手はもう、カレンの髪を撫でる日は来ない。
胸に灯る彼への想いは、もう、吹き消さなくてはならない。
カレンは喜びに満ちた一組の夫婦を見上げ、涙を一粒こぼした。
「お幸せに……」
胸に悲しみが満ちようと、それだけは心からの言葉だった。
389
あなたにおすすめの小説
記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話
【完結】記憶を失くした旦那さま
山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。
目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。
彼は愛しているのはリターナだと言った。
そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。
行ってらっしゃい旦那様、たくさんの幸せをもらった私は今度はあなたの幸せを願います
木蓮
恋愛
サティアは夫ルースと家族として穏やかに愛を育んでいたが彼は事故にあい行方不明になる。半年後帰って来たルースはすべての記憶を失っていた。
サティアは新しい記憶を得て変わったルースに愛する家族がいることを知り、愛しい夫との大切な思い出を抱えて彼を送り出す。
記憶を失くしたことで生きる道が変わった夫婦の別れと旅立ちのお話。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た
青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。
それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。
彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。
ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・
ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる