蝋燭

悠十

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ケインの蝋燭

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 ――ガシャン!

 硬質な、ガラスの割れる音がした。
 驚いてみてみれば、夫が目を見開いて立ち尽くし、足元には割れたワイングラスが転がっている。
 夫の視線の先には蝋燭が灯してあり、それを見て震え、わななく口を掌で抑える。

「あなた、どうしたの?」

 尋常ではない様子の夫に、マリエラは駆け寄った。
 この国の王女だったマリエラが、この世界を救った勇者ケインと結婚したのは十年も前のことだ。
 勇者が傷つき、ある城に運び込まれたと報せが届き、父たる王がマリエラに彼を看病するように命じたのだ。
マリエラは素直にそれに応じ、彼を献身的に支えた。
 そうしているうちに彼と恋に落ち、魔王討伐を果たした彼と結婚したのだ。
 夫となったケインはとても優しく、マリエラを大切にしてくれた。そのうち子供も生まれ、その絆は強固なものとなった。
 その大切な夫の尋常ならざる様子に、マリエラは人を呼んだ。

「誰か! 誰か来て! ケインが大変なの! 医者を、お医者様を呼んで!」

 人を呼びに部屋を出たマリエラは気付かなかった。
 ケインが震える唇でこぼした言葉を――

「嗚呼、なんということだ……。すまない、カレン……。なんという、なんという……」

 ケインの声には後悔が滲み、髪をかきむしる姿は悲壮だった。
 医師の診察の結果、ケインに異常は無かった。ただ、失われた一年間の記憶が戻り、混乱しているだけだったと――
 その日からも、ケインはマリエラに優しく、誠実だった。
 けれど、その瞳からは常に注がれていた筈の甘やかな情が消えた。あるのは、家族としての情だけだ。
 突如消えたそれに、マリエラは戸惑い、ケインの様子を探る。もしや、他に誰が好きな女が出来たのではないかと……
 調査の結果は、白だった。彼は浮気をしている様子もなく、誰から見ても理想の夫だった。
 分らなかった。
 ならばなぜ彼から突然マリエラへの愛が消えたのか……
 そして、ふと気づく。
 彼の目に、愛が宿る瞬間を……

 一本の蝋燭があった。
 それは何の変哲もない普通の蝋燭で、暖かな色の火が灯っている。
 夫はそれを哀しそうに--愛しそうに見つめていた。
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