石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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石榴の月⑥

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 と、脇から、三門屋が素っ頓狂な声を上げた。
「旦那さま、申し訳ございません。何分、礼儀も何もわきまえぬ町家の女の申すことにございますゆえ、お許しのほどを」
 お民の言い様があまりに直截であったため、怒り狂った男がこの場で抜刀でもしてはと危ぶんだからに相違ない。
 さして広くはない三門屋の店内に異様なほどの気づまりな沈黙がひろがった。誰かが指で少しつつけば、すぐにでもパチンと音を立てて割れそうな緊張感を孕んでいる。
 突如として、その沈黙を大きな笑い声が破った。男は何がおかしいのか、お民を見つめて声を上げて笑っている。
 三門屋に比べれば、ゆうに頭二つ分は上背があり、身の丈の高い源治と比べても同じくらいだろう。小麦色の膚に切れ長の二重の眼(まなこ)は生っ白い三門屋と並ぶと実に対照的で、精悍なという形容がふさわしいのかもしれない。
 が、その瞳は怖ろしいまでに冷え冷えとして、その鋭い視線に見つめられただけで瞬時に身体の芯から凍りついてしまいそうだ。
 燃え尽きた後の空しさとでもいうのだろうか、瞳の中に虚無感さえ湛えた醒めたまなざしに見つめられると、普段から怖いもの知らずのお民も知らず膚が粟立つようだ。
 男はお民に鋭い視線を注ぎながら、ひとしきり笑っていた。嘲りとも取れるその乾いた笑いもまた不気味で、地獄の底から響いてくるかのような声に思わず耳を塞ぎたくなってしまう。
 その場を取り繕うような三門屋の声が、際限もなく続いてゆきそうな男の笑い声を遮った。いつもは要らぬお喋りばかりして―と三門屋の長口舌を苦々しく思うお民もこのときばかりはホッとしないわけにはゆかない。
「旦那さま、どうぞ中にお戻り下さいませ。このような店先でお話ししただけでお帰り頂いたとあっては、この三門屋の面目が立ちませぬ。ささ、どうか」
 三門屋に促され、〝うむ〟と男が立ち上がる。三門屋が眼顔で帰れと言っているのが判り、お民は丁重に頭を垂れた。
「それでは失礼致します」
 店を出てゆくお民にはもう一瞥もくれず、男は三門屋の後に続いた。
「あれが例の女でございます」
 三門屋のいきなりのひと言に男は愕きもせず頷いた。
 男はしばらく声もなかったが、やがてポツリと洩らす。
「実に面白き女子だな。俺を相手に臆しもせずに、ああも堂々と物を言うとは珍しい。この面構えのせいで、大概の女は俺を怖がり、見つめれば怯えて眼を逸らす。だが、あの女は負けずに俺の方を睨み返してきおった。マ、いささか無礼なのは確かに癪に障るが、あの受け応えは打てば響くがごとくで悪くはない。俺は上辺が美しいだけの愚かな女よりは、利発な方が好みだからな」
「見場より心映えにございますか? とは申せ、あの女、なかなかの別嬪にはございますよ」
 三門屋が調子を合わせると、男が口許を歪める。
「それに良い身体をしておる」
 卑猥な笑みを浮かべる男をチラリと上目遣いに見上げ、三門屋は機嫌を取るように言った。
「石澤さまは、あのような女子がお好みだとかねてよりお伺いしておりましたものでございますから」
 また短い沈黙があり、男が低い声で言う。
「惜しいことをしたものだな」
 あろうことか、この男こそ、かつて三門屋がお民に妾奉公に上がらないかと訊ねた旗本石澤嘉門主衞(かずえ)その人だったのである!
 嘉門の静まり返った面には、さざ波ほどの変化もない。
 三門屋はその顔色を窺うように見返しながら続けた。
「お気に入られましたか」
 また、沈黙。
 ややあって、嘉門が頷いた。
「―気に入った」
 二年前、お民に妾奉公に上がってみないかと言った時、三門屋は嘉門にもお民の存在をそれとはなしに話していた。
 長らく忘れていたその女の存在を、どうやら嘉門は俄に思い出したらしい。
「三門屋、あの女子、何とかして手に入らぬものかの」
 嘉門の好き者そうな眼がかすかに細められ、三門屋を見つめる。
「はあ、と仰せになられましても、実はあの女は既に一年前に所帯を持ち新しい良人がおりまして」
 口ごもる三門屋に、嘉門は底光りのする眼を酷薄そうに光らせた。
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