石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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石榴の月⑩

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 彦六が眼を丸くしている。
 お民は源治に耳打ちした。
「お前さん。二年前に私に妾奉公の話があるって三門屋が言ったのを憶えてる? あの時、確か、三門屋は旗本の石澤嘉門さまって人が妾を探してるって言ってたよ」
「何だとォ」
 源治の顔色が変わった。
「何で今頃になって、そんな昔の話が出てくるんだよ? しかも、お前は俺の女房になってるんだぜ? 差配さん。済まねえが、もう帰ってくれませんか。俺はお民をその石澤何とかいう人に渡すつもりはさらさらねえ。大体、話が滅茶苦茶じゃねえか。いきなり土地ごと長屋を買い上げて、潰すだって? それが厭なら、他人(ひと)の女房を引きかえによこせだなんて、いくら相手がお侍だって、そんな強引な話通りっこありませんや。さ、話がそれだけなら、帰って下せえ」
「待ってくれよ、源さん。この徳平店に住んでる連中のこともちったァ考えてやってくれねえか。飴売りの吉(きち)次(じ)のところは先月、二人目の赤ン坊が生まれたばかりだし、茂助爺さんはもう六十で、痛風病みときてる。ここを追い出されたら行く当てもないって者(もん)ばかりが大勢いるんだよ。そんな奴らのことも少しは考えてやってくれ」
 彦六が懇願するのに、源治は怒鳴った。
「そんなこたァ、俺の知ったことじゃねえよ。なら、あんたは俺に、手前の女房を〝はい、そうですか〟とすんなりと差し出せとでもいうのか? それで、吉次や茂助爺さんのところは助かるかもしれねえ。だが、お民はどうなる? 好色な殿さまの慰みものにされちまうだけじゃねえかッ」
 源治がこれほどまでに怒ったのを見たのは初めてのことだった。こんなときなのに、源治が自分のためにここまで腹を立ててくれているのかと思うと、嬉しい。
 もっとも、今、源治にそんなことを言えば、お民まで〝馬鹿野郎!〟と怒鳴りつけられそうだったが。
「とっとと帰(けえ)ってくれ。もう話すことは何もねえ」
 源治が背を向ける。
 その頑なな背中に向かって、彦六が言った。
「こんなことを言う私を、源さんもお民さんも鬼のような奴だ、浅ましい奴だと軽蔑するだろう。自分だけ助かれば、他人はどうなっても良いと思う卑怯な男だと思われても仕方ない。そりゃア、私だって、一度はこんな馬鹿げた話、もちろん断ったさ。いくら徳平店がそのまま残っても、お民さんを犠牲にするくらいなら、いっそのことこのまま取り壊されちまっても仕方ないとも思った。だがね、あっちは思いの外、お民さんにご執心で、それなら一年の期限付きでも良いから、お民さんをよこして欲しいというんだ。源さん、一年だよ、たったの一年だ。一年の間だけ辛抱すれば、皆が泣くこともなく今までどおりにこの徳平店で暮らしてゆけるんだ。それを聞いた時、私は鬼になろうと思った。何としてでも、お民さんに石澤さまのお屋敷に上がって貰うように頼もうと思って、今日ここに来たんだよ」
 言い終わるか終わらない中に、彦六の太り肉(じし)の身体が後方へ吹っ飛んだ。源治の怒りがついに炸裂したのだ。左頬をしたたか殴られた彦六は、勢い余って数歩後ろへと飛び、尻餅をついている。
「お前さん、止めて!! 差配さんを殴ったって、現実は何も変わりはしないよ。差配さんだって、言いたくて、こんなことを言いにきたわけないんだから」
 お民が源治に取り縋った。
「ね? 落ち着いて」
「お前、これが落ち着いていられるか。人の嫁さんを何だと思ってるんだ。お民は玩具(おもちや)でも人形でもねェッ。一年慰みものにして、飽きたら、はいそれでおしまいだなんて、許さねえ。そんな下らねえことを考える奴も頭がイカレちまってるとしか思えねえが、のこのこと説得にくる差配も正気の沙汰とは思えねえ。さあ、もう顔にアザを作りたくなかったら、とっとと帰りな。これ以上、ここにいたら、俺は本当にあんたを殺すかもしれねえぜ」
 喚き散らす源治を見て、お民は彦六に囁いた。
「差配さん、今日のところはこれでお引き取り願えませんか。良人の失礼は重々お詫びします」
 お民が頭を下げると、彦六は哀しげに笑った。
「いや、源さんが怒るのは当然のことさ。罵られても仕方のないことを私は言ってるのは自分でもよく判ってる。ただ、お民さん、私の言ったことの意味をもう一度考えてみておくれ」
「手前(てめぇ)、余計なことをお民に言うんじゃねェッ」
 今にも再び殴りかからんばかりの勢いだ。吠える源治の前に立ちはだかり、お民は彦六に言った。
「お願いですから、今日のところはこれでもう」
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