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石榴の月⑬
石榴の月~愛され求められ奪われて~
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石澤邸から迎えの駕籠がよこされるというのを断り、お民は一人、身の周りの品々だけを風呂敷包みにくるみ徳平店を出た。
その日は二月最後の日の空気が身も凍るほどに寒い朝であった。
差配の彦六は木戸口まで見送ってくれたが、他の長屋の住人はむろん、源治の姿はなかった。
源治はその日、仕事にも出かけず家にいたのだが、最後まで何も言わなかった。ただ泣きそうな表情で出てゆくお民を見つめていた―。
他の住人にしても、お民一人をいわば人身御供にして、自分たちの安寧が守られるといった気持ちが拭えないのだろう。その後ろめたさからか、誰もが中に引っ込んで出てこようとはしなかった。源治にしてみても、己れの女房一人を守れぬ不甲斐なき亭主だと自分を責めているはずであった。
徳平店から和泉橋町の石澤嘉門の屋敷までの距離は知れている。一人、その道程(みちのり)を歩きつつ、和泉橋を渡ったその時、背後から脚音が追いかけてくるのに気付いた。
振り向けば、橋の向こうに源治が荒い息を吐きながら佇んでいた。
―お前さんッ!!
お民は心の中で叫び、良人に縋りつきたい衝動に耐えた。
この小さな橋一つが今は二人を隔てている。果たして、自分はこの橋を再び渡って良人の許に帰る日が来るのだろうか。もしかしたら、二度と戻れぬかもしれない修羅の橋を今、自分は渡ったのだ。
お民と源治は橋を挟んで、しばし見つめ合う。
今日も川は穏やかに流れている。その川の流れにも似た静かな刻が流れる。
やがて想いを振り切るように、お民が背を向けて歩き出す。
「―お民ッ、行くな」
源治の悲痛な叫びが聞こえてくる。
お民はついに一度も振り返ることなく唇を噛みしめ、ただ前だけを見つめてひたすら歩いた。
四半刻ほど歩いた頃、眼前にいかめしい造りの重厚な門が見えてきた。
まるでお民を威圧するかのように眼の前に立ちはだかるこの門の向こうに続く屋敷こそ石澤嘉門の住まいである。
これから一年の日々を、お民はここで過ごすのだ。お民が想像以上に広壮な屋敷に気後れしながら門番に訪(おとな)いを告げると、すぐに門が内側から音を立てて開いた。
躊躇いがちに一歩脚を踏み入れたお民の背後で、ギィーと軋んだ音を立てながら門が閉まる。何故か、それが二度と外の世界には戻れぬ予兆のような気がして、お民は思わず背後を振り返った。たった一つのこの門が、お民を外界から切り離し、この石澤の屋敷に繋ぎ止めようとしている。
あの冷えたまなざしをした、皮肉げな笑みを刻む男の囲われ者になるために、自分はここに来たのだ。
お民は改めて我が身の陥った境涯に想いを馳せ、込み上げてくる涙を瞼の裏で乾かした。
同じその頃。
和泉橋のほとりでは源治が寒空の下、一人、暗い眼で川の面を見つめていた。源治はまるで魂がさまよい出たように虚ろな顔で立ち尽くしている。
その頬をひとすじの涙がつたい落ちた。
石澤家は五百石取りの直参にふさわしい広壮な邸宅を和泉橋町の一角に構えている。屋敷は庭付きの立派なもので、庭には先代の主人、つまり嘉門の父が丹精したという四季折々の花が植わっていて、季節毎に訪れる者の眼を愉しませていた。
その庭の片隅には離れがこぢんまりと建っている。数年前に建てられたその建物はいまだ使用されたことはなく、三間と簡単な煮炊きもできる厨房、更に湯殿までついたそこは離れというよりは、別宅のような佇まいすら見せていた。
何年か前にその建物が新たに建てられた際、普請を任された棟梁は当主の母祥月院のための隠居所かと思った。が、当主嘉門はもう十三年前に妻を亡くし、母と二人きりの生活のはずである。
この広いお屋敷に母一人子一人の暮らしに、わざわざ離れを建てて別居するとはお武家の方々のお考えになることは判らねえ、と、首を傾げたものだった。
棟梁からしてみれば、これから建てる離れ一つでさえ、子沢山の夫婦が肩寄せ合って暮らす四畳半ひと間の家よりよほど広いのだ。
しかし、この離れが棟梁の考えていたようなものでないことは直に知れた。この普請には当主の嘉門自らが熱心に当たり、棟梁にも直接あれこれと注文をつけたが、中でも彼を瞠目させたのは湯殿についての注文を受けたときのことだった。
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