27 / 103
石榴の月㉗
石榴の月~愛され求められ奪われて~
しおりを挟む
お民が床から起き上がる気力もないほど弱っているときは、流石に顔を見ただけで帰ってゆくこともあったが、今夜はどうなのだろう。また、吐き気をこらえながら、男に身体中を弄(いじ)られるのかと思うと、考えただけで涙が出そうになった。
と、ふいに襖の開く気配がした。
「今日は具合はどうだ、そうやって起きているところを見ると、気分は良さそうだな」
声がしたかと思うと、嘉門が枕辺にゆったりと座った。
「きれいだな。―石榴の花などこうしてゆっくりと見たことなどなかったが」
嘉門はそれでなくとも上背のある身体で伸び上がるようにして庭を眺めている。
「ここはいつも静かだ。そのせいもあるのかもしれないが、ここに来て、そなたの側にいると心が落ち着く。だが、俺はそなたの笑うた顔を見たことがない」
嘉門がお民の顔をじっと見つめた。
「―泣いていたのか」
どうやら、うっすらと涙ぐんだ顔をしっかりと見られてしまったらしい。
「俺は、そなたに苦痛を与えているだけの男なのだな。教えてくれ、お民。俺は一体どうしたら、そなたを笑わせてやることができるのだ?」
嘉門は独り言のように呟くと、後生大切そうに抱えてきた大きな包みをお民の前に押しやった。美しい紅色の薄様紙で丁寧に包まれたそれを嘉門自ら開いてゆく。
何事かと見つめていると、中から現れたのは蒼い焼き物の鉢に植わった大ぶりの花だった。不思議な形の花だ。
注意深く見ていると、紫陽花に似ておらぬこともないが、それにしては花の形が奇妙なように思える。
興味を引かれ、嘉門に問うとはなしに問うた。
「これは―紫陽花にございますか? 葉のかたちは紫陽花によく似ておりますが、花が何やら違うようにも見えますが」
流れるような花びら、その形は菊にも似ている。
お民の問いに、嘉門は口許を綻ばせた。いつも何を話しかけても、反応に乏しいお民の関心を引いたことがよほど嬉しかったのだろう。
「珍しいであろう」
まるで親に久方ぶりに賞められた子どものように喜色を露わにしている。
「これは〝隅田川〟という銘がある。今朝方、伯父上の方より珍しき花が手に入ったとわざわざお届け下されたのだ」
老中松平越中守親矩(ちかのり)の実妹が嘉門の母祥月院である。倅のおらぬ親矩は、このたった一人の甥を実の息子のように可愛がっている。
嘉門自身は五百石取りの直参にすぎないが、いずれは親矩の養子となり松平家を継ぐのではないかとまで囁かれているほどだ。
「ほれ、よう見てみい。この流れるような花の形が何かに似ているであろう」
お民は嘉門の指し示した花を見て、閃いた。
「―紫陽花? 花火にございますね、この花は花火に似ている、それで〝隅田川〟と呼び名がついたのでしょう?」
「そうだ、よく判ったな」
嘉門が得意気に弾んだ声で言った。
江戸には四季を彩る折々の風物詩があるが、夏に限っていえば、知る人ぞ知る両国の花火―毎年、夏に隅田川の河川敷で盛大に打ち上げられる花火大会がある。
夜空に咲く大輪の花、ポーンポーンと江戸っ子気質を彷彿とさせる小気味の良い音を立て、一つ、また、一つと闇に次々と花ひらく大花火。シュルシュルとまるで流れ落ちる滝を思わせるような七色の光彩。
開いては消え、また、消えては開く数々のあでやかな花火がひしめく大観衆の眼を愉しませてくれる。
隅田川と銘のつく紫陽花を眺めている中に、お民の脳裡に鮮やかに甦る情景があった。
去年の夏、所帯を持って初めて源治と二人だけで見に行った両国の花火。あの夜、お揃いの浴衣を着て、源治の逞しい腕に自分の腕を絡めながら、お民はこの世の誰よりもきっと自分は幸せに違いない―、そう思った。
惚れた男の傍にいられる歓びを噛みしめたのだ。
たった一年前のあの夏の夜が今ではあまりにも遠い。
今のお民は、一年前のお民ではない。好きでもない男に、この石澤嘉門という男によってさんざん穢されている。
何より、お民の傍に源治はいない。源治の代わりに眼前にいるのは、お民を慰みものとしか見てはおらぬ男なのだ。
そう思った刹那、お民の表情が翳った。
と、ふいに襖の開く気配がした。
「今日は具合はどうだ、そうやって起きているところを見ると、気分は良さそうだな」
声がしたかと思うと、嘉門が枕辺にゆったりと座った。
「きれいだな。―石榴の花などこうしてゆっくりと見たことなどなかったが」
嘉門はそれでなくとも上背のある身体で伸び上がるようにして庭を眺めている。
「ここはいつも静かだ。そのせいもあるのかもしれないが、ここに来て、そなたの側にいると心が落ち着く。だが、俺はそなたの笑うた顔を見たことがない」
嘉門がお民の顔をじっと見つめた。
「―泣いていたのか」
どうやら、うっすらと涙ぐんだ顔をしっかりと見られてしまったらしい。
「俺は、そなたに苦痛を与えているだけの男なのだな。教えてくれ、お民。俺は一体どうしたら、そなたを笑わせてやることができるのだ?」
嘉門は独り言のように呟くと、後生大切そうに抱えてきた大きな包みをお民の前に押しやった。美しい紅色の薄様紙で丁寧に包まれたそれを嘉門自ら開いてゆく。
何事かと見つめていると、中から現れたのは蒼い焼き物の鉢に植わった大ぶりの花だった。不思議な形の花だ。
注意深く見ていると、紫陽花に似ておらぬこともないが、それにしては花の形が奇妙なように思える。
興味を引かれ、嘉門に問うとはなしに問うた。
「これは―紫陽花にございますか? 葉のかたちは紫陽花によく似ておりますが、花が何やら違うようにも見えますが」
流れるような花びら、その形は菊にも似ている。
お民の問いに、嘉門は口許を綻ばせた。いつも何を話しかけても、反応に乏しいお民の関心を引いたことがよほど嬉しかったのだろう。
「珍しいであろう」
まるで親に久方ぶりに賞められた子どものように喜色を露わにしている。
「これは〝隅田川〟という銘がある。今朝方、伯父上の方より珍しき花が手に入ったとわざわざお届け下されたのだ」
老中松平越中守親矩(ちかのり)の実妹が嘉門の母祥月院である。倅のおらぬ親矩は、このたった一人の甥を実の息子のように可愛がっている。
嘉門自身は五百石取りの直参にすぎないが、いずれは親矩の養子となり松平家を継ぐのではないかとまで囁かれているほどだ。
「ほれ、よう見てみい。この流れるような花の形が何かに似ているであろう」
お民は嘉門の指し示した花を見て、閃いた。
「―紫陽花? 花火にございますね、この花は花火に似ている、それで〝隅田川〟と呼び名がついたのでしょう?」
「そうだ、よく判ったな」
嘉門が得意気に弾んだ声で言った。
江戸には四季を彩る折々の風物詩があるが、夏に限っていえば、知る人ぞ知る両国の花火―毎年、夏に隅田川の河川敷で盛大に打ち上げられる花火大会がある。
夜空に咲く大輪の花、ポーンポーンと江戸っ子気質を彷彿とさせる小気味の良い音を立て、一つ、また、一つと闇に次々と花ひらく大花火。シュルシュルとまるで流れ落ちる滝を思わせるような七色の光彩。
開いては消え、また、消えては開く数々のあでやかな花火がひしめく大観衆の眼を愉しませてくれる。
隅田川と銘のつく紫陽花を眺めている中に、お民の脳裡に鮮やかに甦る情景があった。
去年の夏、所帯を持って初めて源治と二人だけで見に行った両国の花火。あの夜、お揃いの浴衣を着て、源治の逞しい腕に自分の腕を絡めながら、お民はこの世の誰よりもきっと自分は幸せに違いない―、そう思った。
惚れた男の傍にいられる歓びを噛みしめたのだ。
たった一年前のあの夏の夜が今ではあまりにも遠い。
今のお民は、一年前のお民ではない。好きでもない男に、この石澤嘉門という男によってさんざん穢されている。
何より、お民の傍に源治はいない。源治の代わりに眼前にいるのは、お民を慰みものとしか見てはおらぬ男なのだ。
そう思った刹那、お民の表情が翳った。
0
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
徳川慶勝、黒船を討つ
克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。
もしかしたら、消去するかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる