石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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石榴の月㉗

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 お民が床から起き上がる気力もないほど弱っているときは、流石に顔を見ただけで帰ってゆくこともあったが、今夜はどうなのだろう。また、吐き気をこらえながら、男に身体中を弄(いじ)られるのかと思うと、考えただけで涙が出そうになった。
 と、ふいに襖の開く気配がした。
「今日は具合はどうだ、そうやって起きているところを見ると、気分は良さそうだな」
 声がしたかと思うと、嘉門が枕辺にゆったりと座った。
「きれいだな。―石榴の花などこうしてゆっくりと見たことなどなかったが」
 嘉門はそれでなくとも上背のある身体で伸び上がるようにして庭を眺めている。
「ここはいつも静かだ。そのせいもあるのかもしれないが、ここに来て、そなたの側にいると心が落ち着く。だが、俺はそなたの笑うた顔を見たことがない」
 嘉門がお民の顔をじっと見つめた。
「―泣いていたのか」
 どうやら、うっすらと涙ぐんだ顔をしっかりと見られてしまったらしい。
「俺は、そなたに苦痛を与えているだけの男なのだな。教えてくれ、お民。俺は一体どうしたら、そなたを笑わせてやることができるのだ?」
 嘉門は独り言のように呟くと、後生大切そうに抱えてきた大きな包みをお民の前に押しやった。美しい紅色の薄様紙で丁寧に包まれたそれを嘉門自ら開いてゆく。
 何事かと見つめていると、中から現れたのは蒼い焼き物の鉢に植わった大ぶりの花だった。不思議な形の花だ。
 注意深く見ていると、紫陽花に似ておらぬこともないが、それにしては花の形が奇妙なように思える。
 興味を引かれ、嘉門に問うとはなしに問うた。
「これは―紫陽花にございますか? 葉のかたちは紫陽花によく似ておりますが、花が何やら違うようにも見えますが」
 流れるような花びら、その形は菊にも似ている。
 お民の問いに、嘉門は口許を綻ばせた。いつも何を話しかけても、反応に乏しいお民の関心を引いたことがよほど嬉しかったのだろう。
「珍しいであろう」
 まるで親に久方ぶりに賞められた子どものように喜色を露わにしている。
「これは〝隅田川〟という銘がある。今朝方、伯父上の方より珍しき花が手に入ったとわざわざお届け下されたのだ」
 老中松平越中守親矩(ちかのり)の実妹が嘉門の母祥月院である。倅のおらぬ親矩は、このたった一人の甥を実の息子のように可愛がっている。
 嘉門自身は五百石取りの直参にすぎないが、いずれは親矩の養子となり松平家を継ぐのではないかとまで囁かれているほどだ。
「ほれ、よう見てみい。この流れるような花の形が何かに似ているであろう」
 お民は嘉門の指し示した花を見て、閃いた。
「―紫陽花? 花火にございますね、この花は花火に似ている、それで〝隅田川〟と呼び名がついたのでしょう?」
「そうだ、よく判ったな」
 嘉門が得意気に弾んだ声で言った。
 江戸には四季を彩る折々の風物詩があるが、夏に限っていえば、知る人ぞ知る両国の花火―毎年、夏に隅田川の河川敷で盛大に打ち上げられる花火大会がある。
 夜空に咲く大輪の花、ポーンポーンと江戸っ子気質を彷彿とさせる小気味の良い音を立て、一つ、また、一つと闇に次々と花ひらく大花火。シュルシュルとまるで流れ落ちる滝を思わせるような七色の光彩。
 開いては消え、また、消えては開く数々のあでやかな花火がひしめく大観衆の眼を愉しませてくれる。
 隅田川と銘のつく紫陽花を眺めている中に、お民の脳裡に鮮やかに甦る情景があった。
 去年の夏、所帯を持って初めて源治と二人だけで見に行った両国の花火。あの夜、お揃いの浴衣を着て、源治の逞しい腕に自分の腕を絡めながら、お民はこの世の誰よりもきっと自分は幸せに違いない―、そう思った。
 惚れた男の傍にいられる歓びを噛みしめたのだ。
 たった一年前のあの夏の夜が今ではあまりにも遠い。
 今のお民は、一年前のお民ではない。好きでもない男に、この石澤嘉門という男によってさんざん穢されている。
 何より、お民の傍に源治はいない。源治の代わりに眼前にいるのは、お民を慰みものとしか見てはおらぬ男なのだ。
 そう思った刹那、お民の表情が翳った。
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