石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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石榴の月㉘

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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「この隅田川というのは、江戸の菊作りを生業(なりわい)とする職人が作ったそうだ。ひとめ見ただけでは、なかなか紫陽花には見えぬが、これからの季節、それこそ花の色が花火のごとく七色に変わるというぞ。これをこの部屋に置いてゆこう。せいぜい眺めて、気散じにすると良い」
 明るい声音で喋っていた嘉門がふと口をつぐんだ。お民の浮かぬ顔を見て、眉をひそめた。
「いかがした? また、気分でも悪いのか」
 お民の眼に涙が滲み、つうっと頬をつたい落ちる。
 泣き声も立てずにはらはらと涙を零す女を、嘉門が憮然と眺めた。
「良い加減に致せッ。そなたのよう
に情の強(こわ)い女は見たことがない。
大抵の女は幾度となく膚を合わせ
れば、少しは靡いてくるものだが、
そなたは笑顔一つ見せぬ。全く可
愛げのない女だ」
「申し訳―ござりませぬ」
 お民は手のひらで涙をぬぐい、両手をついた。
 嘉門の烈しいまなざしがお民を冷たく見下ろす。
「何だ、その眼は。そなたはいつもそうだ、閨の中ではあれほど奔放にふるまいながら、それ以外では俺を冷めた眼で軽蔑しているように見ている。大方、女に腑抜けた愚かな男よと心で嘲笑(あざわら)っておるのであろうが」
 吐き捨てるように言うと、嘉門は立ち上がり荒々しく部屋を出ていった。
 後に残されたお民は力尽きたように褥の上に倒れ込む。今はまだかすかな緑に色づいた流線型の花びらを涙に濡れた眼で眺めた。

 その翌朝、予期せぬ訪問者があった。
 昨日の昼下がりに、あれほど不機嫌に帰っていった嘉門であったが、夜になって再び忍んでやってきた。昨夜の嘉門は昼間の鬱憤を晴らすかのようにお民を責め立て、朝になっても果てのない情交は延々と続いた。
 折檻のごとき荒淫は、お民の心だけでなく身体をも深く傷つけた。丁度、その訪問者―祥月院が訪ねてきた際も、嘉門はお民の上に重なっていた最中であった。
 既に陽は高くなり、昼近くなっている時刻である。先触れもなく祥月院が訪ねてきたからといって、非常識とはいえなかった。
 一糸まとわぬ姿で絡み合っていた二人の耳に、金属質な高い声が聞こえ、更に続いて、狼狽える侍女の声が聞こえた。
「お待ち下さいませ、ただ今、取り込み中でございます。今しばらくのご猶予を」
「何が取り込み中だと申すのじゃ。このような時刻に、まさか布団を被って寝ているわけでもなかろう」
 居間を隔てた控えの間でしばらく押し問答があり、やがて、音を立てて襖が開いた。
「祥月院じゃ、入りますぞ。この頃、具合悪しきと聞くが、いかがか―」
 ふっと言葉が止む。
 一瞬の後、部屋内にひろがる光景を眼の辺りにした祥月院は蒼褪めた。
「これは、一体いかなることか」
 寝乱れた褥の上にはお民が素肌に白い布を巻きつけただけのしどけない姿で座っており、その傍らで上半身裸の嘉門が怖ろしく不機嫌な表情で胡座をかいている。
「殿、これはいかなるご了見にございましょうや? この時間には表におわすはずの殿が側女の許に―しかも、その女子と同衾しているなぞとは」
 祥月院は口にするのもおぞましいというように形の良い眉を寄せた。
「申し訳ございませぬ。―すべて、私が至らぬせいにございます」
 お民は端座し、両手をついて深々と頭を下げた。
「そのようなこと、そなたがわざわざ申さずとも承知しておるわ。大方、そなたが淫らにも殿にしなだれかかり、殿をこのような時間までお引き止めしておったのであろう」
 祥月院が我が意を得たりとばかりに頷くと、
「それは違いまする」
 と嘉門が脇からむっつりと言った。
「私がここにとどまりましたのは、何もこの者に頼まれたからではございませぬ。私自身がお民を抱きたい、欲しいと思うたゆえにございます」
「ああ、何と嘆かわしい。この由緒ある石澤家の当主が人前で、しかも母の前で、そのようなあからさまな物言いをなさるとは。全く、いやらしい!」
 祥月院の怒りは凄まじく、嘉門のそのひと言でますます、煽られているようでもある。「これ、お民。そなたもそなたじゃ。殿のお傍に仕える女の心得として、殿が君子としてふさわしきおふるまいをなさるように心配りいたすのがそなたの務めであろう。それを何じゃ、殿のご寵愛を良いことに、朝っぱらから殿に縋りつき、淫らなふるまいに耽るとは。そなたも少しは石澤家の女として、慎みを持つが良い」
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