石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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石榴の月 第二話㉞

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 源治が知れば、怒るに相違ない。でも、にも言わず、お民一人の心で思うだけのこなら、源治も許してくれるのではないだろか。
「そう、か。そういうことだったのか」
 佐吉が肩を落とした。あからさまに落胆の表情を見せる若者に、お民は晴れやかな音で言った。
「私はこの村を大好きなんですよ。まだ暮し始めてほんの二ヵ月ですけど、初めてこ村に来たときの螢ヶ池の素晴らしい眺めはれられませんもの」
 水無月の半ば、螢ヶ池の面を埋め尽くしいた無数の睡蓮。その池を眺めるようにひやかに建つ御堂。あまたの薄紅色の花が水に浮かんでいるその様は、まさに極楽浄土かくやと言わんばかりの光景であった。
「人生二十五年も生きてきて、こんな美しものを見たのは初めてでした。色んなことあったけど、まだまだ人生棄てたもんじゃいって、その時思ったんですよ。こんなとろに住めたなら、どんなにか幸せだろうなって」
 それは嘘ではない。
 最終的にこの村を隠れ里に選んだのは、の螢ヶ池を見た瞬間のことだった。
「良い村長になって下さい。私もここの村人たちに一日も早く仲間だと思って貰えるうに頑張りますから」
 お民の心からの言葉に、佐吉が頷いた。「お民さんには負けたよ。俺なんか、村長たって、まだまだ思慮分別のねえ青二才だな貫禄だって、お民さんの方が数倍勝ってるでも、嬉しいよ。この村は俺が生まれ育っふるさとだもの。生まれ故郷を賞められて嬉しくねえ奴はいないだろう」
 お民が微笑んで頷く。
 帰り際、佐吉がふと振り向いた。
 お民の住む家はなだらかな丘の上に建っいる。その丘から続く緩やかな斜面を降りと、村の本道に至り、やがてその本道が村入り口ともなる螢ヶ池に繋がってゆく。
 つまり、家の前に立つ二本の樹も丘の頂に立っているのだ。
 佐吉とは、いつものようにその樹の下で半刻ほど話しただけだった。
 二、三歩あるいたところで振り返った佐の表情は、逆光になっていてよくは見えない。 佐吉は伸び上がるようにして片手を振りがら言った。
「良い村長になるよ。村人が安心して暮らるような、お民さんが笑って暮らせるようなそんな村を作りてえ」
「佐吉さんなら、きっとなれますよ」
 お民は負けないような大声で手を振り返た。
 緩やかにうねる道を辿りながら、佐吉はの中で考えていた。
 お民ほどの女がそこまで惚れた男というは、どんな男なのだろうか。きっと自分な脚許にも及ばない男気のある、大人の男なだろう。
 そう思うと、その男が少しだけ妬ましい。―この子の父親とは別れました。でも、今も、私はそのひとのことが大好きなんです。 凜とした声でそう宣言したお民の笑顔は実に妖艶で美しかった。佐吉がふられてもお、その笑顔に心奪われるほどに。
 だが、艶やかなこの微笑がひどく儚げでしげにも見えたのは、気のせいだったのか。 お民には何か翳りのようなものが纏いつている。その過去に、どれほどの哀しい辛ことがあったのだろう。お民が惚れる男と別離もその哀しい出来事の一つに違いないろう。
 せめて、これから先だけは、お民が哀しことのないように、あの笑顔が曇ることのいようにしてやりたい。この村が大好きだったあの女のために、村長として村のため尽くしたい。
 そのために、自分に何ができるだろうか。 この小さな村が、お民にとって今度こそ住の地となるように祈りながら、佐吉は帰道を辿った。

 佐吉が帰った後もなお、お民は一人で庭に座っていた。
 時折吹き抜けてゆく風に、頭上の梢が揺れさわさわと音を立てる。橘の白い花が陽光眩しく射貫かれ、揺れる。 
 涼やかな凛とした花がいっとき暑さを忘させてくれる。お民は眼を細めながら、そ清楚な花を飽きることなく見つめた。
 この花を見ている中に、気付いたのだ。 この家―囲炉裏のある十畳ほどの板敷き間と六畳ほどの畳部屋、それに納戸とささかながら湯殿まで付いている。女独りの暮しには贅沢すぎるほどだ―の庭に出て、毎朝同じ風景を眺めている中に、大切なことをい出した。
 花は誰に教えられずとも、花開く瞬間(とき)をっている。そして、また盛りが過ぎれば、ら潔く花びらを落とし散ってゆく。誰に見れることがなくとも、このような山里で、い花は幾年、いや気の遠くなるような年月間、一人で咲き散っていったのだ。
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