石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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石榴の月 第三話②

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 そして、あれから二年。その間に、お民はあの村で無事出産を終え、二人の子の母となった。子どもが一歳を迎える直前に、源治はお民と二人の子どもたちを連れ、懐かしい江戸の地を踏んだ。
 江戸に帰ってきて、そろそろ一年になろうとしている。お民の生んだのは何と、双子の男の子であった。生まれたのが双子であると知った時、源治は躍り上がらんばかりに歓んだ。
―道理で、お前の腹がはち切れそうなほど大きいはずだぜ。まさか、一度に二人の子の父親になるたァ、流石に俺も考えていなかったよ。
 確かに、お民の腹は八ヵ月に入る辺りから、急速に大きくなったが、その頃に既に臨月並の大きさであった。
 村には産婆はいない。出産もすべて一人でしなければならず、現実には産気づいたと聞き、近隣のやはり出産経験のある年配の女たちが駆けつけてはくれたものの、皆、素人であることに変わりはなかった。
 数日遅れて始まった陣痛は徐々に強くはなっていったものの、肝心の赤児は一向に生まれる気配はなかった。このままでは、児が生まれる前に、お民の身体が参ってしまうと見守る女たちが案じていたところ、漸く四日めの朝に双子が生まれた。
 まさに、三日がかりの難産であった。
―あれま、もう一人生まれるみたいだよ。
 先に生まれた赤児を抱き取り、甲斐甲斐しく産湯につけたりする女がいる傍らで、産褥のお民を見守っていた別の女が素っ頓狂な声を上げた。
―お民さん、もうひと踏んばりしなきゃ駄目なようだね。
 おろくという三十過ぎの気の好い女がお民の額に浮いた汗を手ぬぐいで拭いながら、励ましてくれた。
 そうこうしている中に、再び痛みが襲ってきて、お民はまた産みの苦しみを味わうことになった。が、今度は最初のときほど長くは続かず、二人目の子はさして刻を経ずに産声を上げた。
 生まれた子が双子であったのは天の配剤であったと、お民自身も思ったものだった。嘉門との間に子を授かったのは、これが初めてではない。側室として石澤家の屋敷にいた頃、お民はあの男の子を宿している。しかし、あのときは自分の身体を欲しいままにした男の子だと考えただけで厭わしくて、生まれてくる子を疎ましいとさえ思った。
 が、その子が流れた時、お民は初めて自分がいかほど酷い母親であったかを知った。折角この世に生まれ出ようとした生命を祝福しようともせず、抹殺さえしようとした。―お民は身籠もったと知った直後、自ら生命を絶とうと、腹の子ごと自分も死のうとしたのだ。
 実の母に愛されることもなく、闇から闇へと消えていった儚い生命を思う時、お民は果てのない悔恨に駆られた。何故、もう少し、あの子を愛してやれなかったのだろう。失った後で、いかほど後悔してみても、失われた生命は二度と戻らない。
 そんな中で身籠もった新たな生命であった。たとえ嘉門にまたしても陵辱されて宿した生命でも、お民は初めから生む決意であった。今回、生まれたきたのは、先に亡くした子の代わりであり、もしかしたら、最初の良人との間の倅兵太の生まれ変わりでもあるのではないかと思う。
 初めて二人の我が子と対面した時、御仏が亡くした子らの代わりを授けて下されたのだと思い、生まれたばかりの赤児のやわらかな頬に自分の頬を押し当て涙ぐんだのを今でもよく憶えている。
 江戸に戻ってきてから、お民は一膳飯屋〝花ふく〟に再び勤め始めた。〝花ふく〟はお民が以前、奉公していた飯屋である。主人の岩次も内儀のおしまも至って気立ての良い老夫婦で、子どものない二人はお民を実の娘のように大事にしてくれた。
 思いがけず嘉門の子を再び宿してしまい、お民は岩次にもおしまにも何も告げず、江戸
を去った。今更のこのこと訪ねていっても追い返されるに違いないと覚悟していたのに、二人は笑顔で温かく迎え入れてくれたばかりか、お民にその気があるなら明日からでも来て欲しいと言った。
 飯屋でいちばん忙しいのは、昼飯刻、更に夕飯刻から店を畳むまでの間に限られる。殊に昼下がり、昼飯を終えた客が帰った後は夕刻まで、店はいっときの静けさに包まれる。
 花ふくの主人岩次の腕は確かで、見た目も味もそんじょそこらの高級料亭に引けも取らない。それもそのはずで、岩次はかつて江戸でも名の知れた料亭で板前をしていた時代があった。兄弟子と女房のおしまを争い、店を辞めざるを得ない仕儀になってしまった。
 客の大半は人足や職人、日傭取りなどだが、単なる飯屋の親父にしておくのは惜しいと、わざわざ大店の旦那が通ってくるほどなのだ。
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