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石榴の月 第三話④
石榴の月~愛され求められ奪われて~
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何より、その瞳には鋭すぎる光が宿っている。まるで獲物を天空の高みから狙っているような鷹のような油断ならぬ光を放っている。
「さようでございますが」
お民が眼をしばたたくと、初老の男が小さく頭を下げた。
お民も慌てて黙礼する。
「それがしが本日、こちらをお訪ね申したのは、事情がある」
男はそこで人眼をはばかるように、鋭い視線で周囲を一瞥した。
「旦那さんは丁度今、仕込みの真っ最中ですけど」
お民が控えめに言うと、男は無言で首を振る。
「それがしは飯屋の主に用があって参ったのではない」
その科白に、お民の胸に俄に不安がさざ波立つ。
一体、逢ったこともない侍が何用があって、わざわざ自分などを訪ねてきたのだろうか。
お民は男を店の内へといざなった。
花ふくは大きな机一つと、腰掛け代わりの空樽が幾つかでもう一杯になるほどの広さしかない。今、店は森閑としており、客の姿はなかった。
お民が見も知らぬ侍を連れて入ってきたのに、板場から顔を覗かせた岩次の顔に一瞬、緊張が走る。
「旦那さん、お客人らしいんですけど、しばらく場所をお借りしても良いですか」
岩次が眼顔で頷く。お民もまた無言で小さく頭を下げ、侍に椅子を勧めた。
男はなおもしばらく店の中を見回していたが、やがて、空樽に腰を下ろした。
お民に抱かれていた龍之助がむずかって、腕からすべり降りる。
「おっかちゃ。おいら、じっちゃんと遊んでくる」
龍之助は元気よく叫ぶと、板場の方へと駆けていった。男は板場へと消えてゆく小さな後ろ姿を無表情に見つめている。
「あの、何かご用でしょうか」
お民がおずおずと切り出すと、男はハッと我に返ったような表情になった。
「失礼。それがしは直参旗本五百石取り、石澤家に父祖の代よりお仕えする者にて、名を水戸部(みとべ)邦親(くにちか)と申す。主家では用人としてお仕え致しておる」
久方ぶりに聞くあの男の名は、やはり、何か禍々しさをもって響いてくる。
三年前、拉致したお民を手籠めにした時、嘉門はお民を再びどこかに囲って手許に置いておくつもりだった。しかし、あれから嘉門がお民の前に現れることはなく、日々は穏やかに過ぎていったのだ。
それが、今になってまた石澤家の用人だという男が現れたのは何故なのか。嫌が上にも不安と恐怖が押し寄せてくる。
そこで、男は態度も物言いも改めた。
「お方さまにはお初にお目にかかります。それがしはまだお方さまにご対面したことはこれなく、その昔、殿がご幼少の砌は守役として殿をお育て申し上げたこともござりましてな」
お民が石澤の屋敷にいたのは八ヵ月間ほどである。その間、お民は〝妾御殿〟と呼ばれていた庭の離れに住まわされていた。必然的にお民が拘わったのは身の回りの世話をする侍女数人だけであり、家老の新田(につた)門戸(もんど)正(しよう)には一、二度逢ったことはあるものの、それ以外の石澤家に仕える家臣を見たことはなかった。
「あの―、そのお方さまという呼び方はお止め下さい。私はもうご当家とは何の拘わりもない、ただの町人でございますゆえ」
その言葉に、水戸部の白い眉が動いた。
「これは異な事を承る。お方さまは、殿のご寵愛をお受けなり、その御子をお生み奉ったただ一人の女人、そのお方が当家と関わりないと仰せになられるとは承伏致しかねます」
「何を仰せになられたいのでございますか」
お民は悲鳴のような声を上げた。
「お方さまはお心映えも優れ、ご聡明であらせられると、この水戸部は殿よりよくお聞きしておりまする。そのようなお方であらせられれば、必ずやこたびのお願いもご承知して頂けると」
「―」
お民は息を呑んだ。
石澤家の用人の突然の来訪、そして、お民が嘉門の子の母であることを殊更指摘してくるその理由は一つしか考えられない。
「どうか曲げてご承服して頂きたい。お方さまがお生みあそばされた御子、龍之助君を当家にお返し頂きたいのです」
やはり、そうだったのだ。
嘉門はまたしても、お民の大切なものを奪おうとしている。お民を攫い、手籠めにした挙げ句、身籠もらせた。三年も放っておいて、いきなり突然現れて、子を返して欲しいだなぞと、よくも言えたものだ。
「さようでございますが」
お民が眼をしばたたくと、初老の男が小さく頭を下げた。
お民も慌てて黙礼する。
「それがしが本日、こちらをお訪ね申したのは、事情がある」
男はそこで人眼をはばかるように、鋭い視線で周囲を一瞥した。
「旦那さんは丁度今、仕込みの真っ最中ですけど」
お民が控えめに言うと、男は無言で首を振る。
「それがしは飯屋の主に用があって参ったのではない」
その科白に、お民の胸に俄に不安がさざ波立つ。
一体、逢ったこともない侍が何用があって、わざわざ自分などを訪ねてきたのだろうか。
お民は男を店の内へといざなった。
花ふくは大きな机一つと、腰掛け代わりの空樽が幾つかでもう一杯になるほどの広さしかない。今、店は森閑としており、客の姿はなかった。
お民が見も知らぬ侍を連れて入ってきたのに、板場から顔を覗かせた岩次の顔に一瞬、緊張が走る。
「旦那さん、お客人らしいんですけど、しばらく場所をお借りしても良いですか」
岩次が眼顔で頷く。お民もまた無言で小さく頭を下げ、侍に椅子を勧めた。
男はなおもしばらく店の中を見回していたが、やがて、空樽に腰を下ろした。
お民に抱かれていた龍之助がむずかって、腕からすべり降りる。
「おっかちゃ。おいら、じっちゃんと遊んでくる」
龍之助は元気よく叫ぶと、板場の方へと駆けていった。男は板場へと消えてゆく小さな後ろ姿を無表情に見つめている。
「あの、何かご用でしょうか」
お民がおずおずと切り出すと、男はハッと我に返ったような表情になった。
「失礼。それがしは直参旗本五百石取り、石澤家に父祖の代よりお仕えする者にて、名を水戸部(みとべ)邦親(くにちか)と申す。主家では用人としてお仕え致しておる」
久方ぶりに聞くあの男の名は、やはり、何か禍々しさをもって響いてくる。
三年前、拉致したお民を手籠めにした時、嘉門はお民を再びどこかに囲って手許に置いておくつもりだった。しかし、あれから嘉門がお民の前に現れることはなく、日々は穏やかに過ぎていったのだ。
それが、今になってまた石澤家の用人だという男が現れたのは何故なのか。嫌が上にも不安と恐怖が押し寄せてくる。
そこで、男は態度も物言いも改めた。
「お方さまにはお初にお目にかかります。それがしはまだお方さまにご対面したことはこれなく、その昔、殿がご幼少の砌は守役として殿をお育て申し上げたこともござりましてな」
お民が石澤の屋敷にいたのは八ヵ月間ほどである。その間、お民は〝妾御殿〟と呼ばれていた庭の離れに住まわされていた。必然的にお民が拘わったのは身の回りの世話をする侍女数人だけであり、家老の新田(につた)門戸(もんど)正(しよう)には一、二度逢ったことはあるものの、それ以外の石澤家に仕える家臣を見たことはなかった。
「あの―、そのお方さまという呼び方はお止め下さい。私はもうご当家とは何の拘わりもない、ただの町人でございますゆえ」
その言葉に、水戸部の白い眉が動いた。
「これは異な事を承る。お方さまは、殿のご寵愛をお受けなり、その御子をお生み奉ったただ一人の女人、そのお方が当家と関わりないと仰せになられるとは承伏致しかねます」
「何を仰せになられたいのでございますか」
お民は悲鳴のような声を上げた。
「お方さまはお心映えも優れ、ご聡明であらせられると、この水戸部は殿よりよくお聞きしておりまする。そのようなお方であらせられれば、必ずやこたびのお願いもご承知して頂けると」
「―」
お民は息を呑んだ。
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「どうか曲げてご承服して頂きたい。お方さまがお生みあそばされた御子、龍之助君を当家にお返し頂きたいのです」
やはり、そうだったのだ。
嘉門はまたしても、お民の大切なものを奪おうとしている。お民を攫い、手籠めにした挙げ句、身籠もらせた。三年も放っておいて、いきなり突然現れて、子を返して欲しいだなぞと、よくも言えたものだ。
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