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柘榴の月 第三話⑨
石榴の月~愛され求められ奪われて~
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「あの人、龍之助を連れてった人が言ったように、諦めましょう。龍之助なんて子は端からいなかった。私たちの子は松之助一人だったって」
「馬鹿なことを言うな! 俺たちの子は龍と松、二人揃って初めて当たり前なんじゃねえか。何を血迷ったことをぬかすんだ、お前は」
お民は泣きながら、源治を見た。
「私だって、心からこんなことを言ってやしませんよ! だけど、だけど、あの石澤嘉門という男は怖ろしい人です。これ以上、お前さんが龍之助のことで何か言いにいったら、お前さんの身に何があるか判らない。水戸部さまは、はっきりとそうおっしゃったのでしょう? それに、花ふくがどうなるか判らないとも。それは、多分、単なる脅しじゃありません。きっと、本当のことでしょう。あの男なら、やりますよ。目的を遂げるためには手段を選ばない怖ろしい男です。―だったら、龍之助を諦めるしかないじゃありませんか。龍はあそこのお屋敷のお世継の若さまとして迎えられたんですから、龍が粗略に扱われることはないでしょう。遠く離れていても、あの子が無事だというのなら、もう諦めた方が良い。お前さんやこの店を危険に晒してまで、もうあの子を取り戻すことはできませんよ」
お民は、嘉門の底知れなさ、目的のためには、どこまでも容赦なくなれる気性を誰よりも知っている。最初にお民を手に入れるときも、徳平店の取り壊しとお民の身柄を引き替えにしてきたほどの男なのだ―。
「だが、お前―」
それで良いのか。
とは、源治はきかなかった。
多分、訊こうとしても、訊けなかったのだろう。
そのときのお民は自分では判らなかったが、それほどに思いつめた顔をしていたのだ。
「良いの」
お民は眼を瞑った。
何かに耐えるような顔でしばらくうつむいていた。
龍之助と過ごした二年間が脳裡を走馬燈のようによぎってゆく。笑い顔、泣き顔が瞼から離れなかった。
あの子をもういないものとして、今日からは生きてゆかねばならない。それは、どんなに辛く哀しいことだろう。
そんな妻を、源治は痛ましげに見つめている。
部屋の片隅に小さな文机があり、その上には美濃焼の花器が乗っている。黄色の花がひと枝、無造作に投げ入れられていた。
それは、おしまが鳴戸屋の内儀から貰ってきたものだった。おしまは早くに脚腰を痛め、店の仕事が思うようには手伝えない。飯屋ではずっと立ち仕事になる。立ちっ放しは無理なのだ。
そのため、おしまは二階の部屋で仕立物の内職を身体に負担のかからない程度にしていた。店が忙しい時分、龍之助と松之助は大抵、二階でおしまが面倒を見てくれている。
それでも、お民が花ふくに来るまでは、おしまが店の仕事を手伝っていた。が、寄る年波に持病が悪化し、どうしても無理がきかなくなったため、新しく仲居を雇い入れることにしたのである。
お民が螢ヶ池村で暮らしていた間、店の仕事は、おしまの妹のおしかが手伝いに来ていた。おしかは小さな煙草屋に嫁いでおり、亭主は既に亡くなっている。現在は長男夫婦や孫と暮らしていて、悠々自適の隠居暮らしであった。
鳴戸屋の内儀おえんは、おしまの得意の一人で、しばしば仕立物の注文をくれる。そのおえんが昨日、仕立物を受け取りにきたついでに、庭から伐ったばかりだという金木犀を持ってきたのである。
春の沈丁花と並び、秋を象徴する強い香りを持つ花だ。うっとりとさせる香りで、人を魅了するにも拘わらず、花そのものは素朴で、どこか初々しい少女を彷彿とさせる。
「馬鹿なことを言うな! 俺たちの子は龍と松、二人揃って初めて当たり前なんじゃねえか。何を血迷ったことをぬかすんだ、お前は」
お民は泣きながら、源治を見た。
「私だって、心からこんなことを言ってやしませんよ! だけど、だけど、あの石澤嘉門という男は怖ろしい人です。これ以上、お前さんが龍之助のことで何か言いにいったら、お前さんの身に何があるか判らない。水戸部さまは、はっきりとそうおっしゃったのでしょう? それに、花ふくがどうなるか判らないとも。それは、多分、単なる脅しじゃありません。きっと、本当のことでしょう。あの男なら、やりますよ。目的を遂げるためには手段を選ばない怖ろしい男です。―だったら、龍之助を諦めるしかないじゃありませんか。龍はあそこのお屋敷のお世継の若さまとして迎えられたんですから、龍が粗略に扱われることはないでしょう。遠く離れていても、あの子が無事だというのなら、もう諦めた方が良い。お前さんやこの店を危険に晒してまで、もうあの子を取り戻すことはできませんよ」
お民は、嘉門の底知れなさ、目的のためには、どこまでも容赦なくなれる気性を誰よりも知っている。最初にお民を手に入れるときも、徳平店の取り壊しとお民の身柄を引き替えにしてきたほどの男なのだ―。
「だが、お前―」
それで良いのか。
とは、源治はきかなかった。
多分、訊こうとしても、訊けなかったのだろう。
そのときのお民は自分では判らなかったが、それほどに思いつめた顔をしていたのだ。
「良いの」
お民は眼を瞑った。
何かに耐えるような顔でしばらくうつむいていた。
龍之助と過ごした二年間が脳裡を走馬燈のようによぎってゆく。笑い顔、泣き顔が瞼から離れなかった。
あの子をもういないものとして、今日からは生きてゆかねばならない。それは、どんなに辛く哀しいことだろう。
そんな妻を、源治は痛ましげに見つめている。
部屋の片隅に小さな文机があり、その上には美濃焼の花器が乗っている。黄色の花がひと枝、無造作に投げ入れられていた。
それは、おしまが鳴戸屋の内儀から貰ってきたものだった。おしまは早くに脚腰を痛め、店の仕事が思うようには手伝えない。飯屋ではずっと立ち仕事になる。立ちっ放しは無理なのだ。
そのため、おしまは二階の部屋で仕立物の内職を身体に負担のかからない程度にしていた。店が忙しい時分、龍之助と松之助は大抵、二階でおしまが面倒を見てくれている。
それでも、お民が花ふくに来るまでは、おしまが店の仕事を手伝っていた。が、寄る年波に持病が悪化し、どうしても無理がきかなくなったため、新しく仲居を雇い入れることにしたのである。
お民が螢ヶ池村で暮らしていた間、店の仕事は、おしまの妹のおしかが手伝いに来ていた。おしかは小さな煙草屋に嫁いでおり、亭主は既に亡くなっている。現在は長男夫婦や孫と暮らしていて、悠々自適の隠居暮らしであった。
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