石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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柘榴の月 第三話⑧

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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「お前は、ここで俺と龍の帰りを待ってろ、なっ」
 まるで幼子を諭すように言われ、お民は力なく頷いた。
「―十分、気をつけて下さいよ。相手は刀を持ったお侍ですから」
 龍之助を攫った憶えなどないと突っぱねられ、最悪の場合、言いがかりをつけた無礼者としてその場で手討ちになったとしても、文句は言えない。―それが、当時の封建社会の武士と町人の身分差が生む理不尽さの最たるものであった。
「判ったよ」
 源治はお民を安堵させるように笑い、部屋を出ていった。
 それから夜明け前に源治が戻ってくるまでの時間が、お民には永遠にも続く果てのないもののように思えた。
 気を利かしたおしまが客用の夜具を用意してくれたものの、むろんのこと、眠れるはずもない。
 東の空が白々と明るくなる頃、源治は漸く帰ってきた。その力ない脚取り、龍之助の姿がないことからも掛け合いが不首尾に終わったことは判った。
「済まねえ。龍を連れて帰れなかった」
 源治はがっくりと肩を落とし、その場にへたり込んだ。胡座をかいてうなだれる男の貌には疲れと焦燥が強く滲み出ている。
 源治は石澤邸を訪れた際の事を訥々と語った。
 門番に事の次第を話し、当主の嘉門に逢わせて欲しいと対面を願い出たところ、取り合っても貰えない。
 仕方なく、源治は門前に座り込んだ。胡座をかいて両眼を閉じ、延々と座り続けたという。それでも、いっかな埒があかないので、今度は大声でわめき立てた。
―ここのお殿さまは、泣く子も黙る天下の御家人のくせに、人攫いのような真似を平気でなさるってえんだから、こいつは愕きだぜ。おい、俺の子を返せ。俺のガキがこの屋敷にいるはずなんだよ。他人(ひと)の子を勝手に連れてくな。龍を返せったら、返せ。
 流石に、源治を無視していた門番たちもこれには慌てて、奥にお伺いを立てに引っ込んだ。何しろ、周囲は大名の上屋敷などの武家屋敷ばかりが建ち並ぶところで、そのようなことを門前で大声で叫ばれては、外聞も悪い。
 ほどなく、用人だという水戸部邦親が例の数人の手練れの若侍たちを連れて出てきた。
 顎をしゃくった水戸部に指図され、源治は男たちに寄ってたかって、滅多打ちにされた。
 とはいっても、端から源治の生命までをも奪うつもりはなかったようで、数回殴られ、蹴られたところで突き放された。
 去り際、水戸部は冷淡な声音でこう言ったそうだ。
―これ以上、しつこく詮索するなら、そのときは、今度こそ、そなたもただではあい済まぬぞ。花ふくも店がたちゆかなくなるようになるだろう。若君のことは、諦めることだ。
「お前さん、大丈夫ですか?」
 お民は源治に事の次第を聞いて、初めて我に返った。よくよく見ると、源治の左眼の縁(ふち)が紫色に変色し、腫れ上がっている。着物もあちこち泥だらけで破れ、薄く血が滲んでいた。
「酷い―、何もここまですることはないのに」
 お民は源治の無惨な姿を見て、涙が込み上げた。 
「なに、俺の怪我はたいしたことじゃない」
 そう言って左手を動かそうとした源治が〝ツ〟と小さく呻いて顔をしかめた。
「大丈夫ッ、お前さん」
 お民は悲鳴を上げて、良人に駆け寄った。
 恐る恐る手を伸ばし、源治の左腕に触れる。
「ごめんなさい。私なんかと関わり合ったばかりに、お前さんには本当に苦労ばかりかけちまいますね」
 涙が、溢れた。
「本当の子でもない龍之助と松之助を心底から可愛がってくれるだけでもありがたいと思ってるのに―」
「馬鹿野郎、こんなときにそんなことを言うな」
 源治の鋭い声がお民の言葉を遮った。
「俺は龍も松も二人とも俺の子だと思ってる。だから、石澤の屋敷にも行ったんだよ」
「そう、でしたね。済みません」
 言うなり、もう耐えられず、お民は嗚咽を洩らした。
「とにかく、明日の朝にでももう一度、行ってみらあ」
 そう言った源治に、お民はそっと首を振った。
「もう、止めましょう」
「―」
 刹那、源治が信じられないといった面持ちでお民を見た。
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