石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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柘榴の月 第三話⑦

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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―龍之助、一体、今、どうしているの? 
 お民は心の中で連れ去られた我が子に呼びかける。
 また風が吹いて、お民の傍を風に乗って花の香りが流れ過ぎていった。
 華やかな中にも物寂しさを感じさせるような花の姿を、お民は思い浮かべていた。

     【弐】
 
 その夜半のことである。花ふくの二階の一室で、お民と源治は向かい合っていた。
 結局、その日、お民は徳平店に戻らなかった。いつものように店じまいをする夜四ツ少し前、花ふくに迎えにきた源治に、お民はすべてを伝えた。本当は龍之助が石澤家の侍たちに連れ去られた直後に仕事場まで知らせようかと思ったのだけれど、それは止めた。
 今、源治に急を知らせても、何も事態が変わるわけでもない。かえって龍之助の身を案じた源治が他のことに気を取られて足場から落ちでもしたら、一大事だ。
 案の定、源治は
―何でもっと早くに知らせなかったんでえ。
 と、お民を烈しく詰(なじ)った。
 水戸部たちが龍之助を連れにきたのも花ふくだったので、もし何か連絡があれば、こちらにいた方が良いのではないか。
 岩次がそう言い、その夜は花ふくで厄介になることにしたのだ。
―お民ちゃん、源さん。済まねぇな。俺ァ、龍坊がみすみす連れてかれるのを止めることができなかった。許してくんな。
 岩次はまるで龍之助が連れ去られたことが我が責任のように言い、涙ぐんで肩を落としていた。
 だが、岩次やおしまには何の拘わりもないことだ。むしろ、自分たち母子のために、何の関係もない花ふくを巻き込んでしまって、申し訳ないと思っているお民である。
 二人とも、岩次が作ってくれた晩飯も全く喉を通らなかった。世継として迎え入れるのだと言っていた水戸部の言葉から、龍之助の身に何らかの危険が及んでいるとは考えがたいが、二歳の襁褓も取れてはおらぬ幼子が突如として親から引き離され、見も知らぬ屋敷でどのように心細く過ごしているのかと考えただけで、不安で胸が張り裂けそうになる。
 二人はかれこれ一刻余りもの間、押し黙ったまま座り込んでいた。
 松之助は、おしまが預かってくれている。
 あれから石澤家からは何の連絡もない。
 当然といえば当然のことだが、これで石澤家が龍之助の身柄をこちらに返す気は一切ないのだと向こうの思惑をまざまざと思い知らされたようだ。
「済みません。私がついていながら、こんなことになっちまって」
 このまま黙ったままでいれば、狭い部屋に満ちた静寂に押し潰されてしまいそうで。
 お民は、やっとの想いで口にする。
 と、源治がおもむろに立ち上がった。
「ちっとばかり行ってくらぁ」
「お前さん、行くって、一体どこに」
 お民が縋るようなまなざしで見上げると、源治はニと唇を笑みの形に引き上げた。
「決まってるだろうが。石澤とやらの侍の家に行くのよ」
「でも」
 源治一人で乗り込んでゆくのは、あまりにも無謀すぎるのではないか。
 お民が言いかけると、源治は口をぐっとへの字に曲げた。こんな顔をすると、普段は徳平店の連中のよく知る物静かで沈着な男の貌から、正義感の強い、結構な意地っ張りへと変わる。
「手前(てめぇ)の倅が理由(わけ)もなく突然、かどわかしも同然に連れてかれたってえんだ。これが大人しく引き下がれるわけないだろう」
 源治が威勢よく啖呵を切ると、お民は自分も立ち上がった。
「私も行きます。私も一緒に連れていって下さい」
 源治が真顔になって首を振った。
「お前はここにいろ」
「でも、龍之助は私の産んだ子です」
 源治があの子を取り戻しに行くというのなら、自分だって―、そう言おうとしたお民の頭に源治の分厚い手のひらが乗せられた。
「あの石澤って男には、お前はむやみに近づかねえ方が良い」
 そのときの源治の瞳には強い決意が漲っていた。
―どんなことがあっても、俺はあいつにお前を渡さねえ。
 男の気持ちが切ないほど伝わってきて、お民は静かな衝撃を受けた。
 良人の気持ちが判るだけに、お民はもうそれ以上、自分も連れていって欲しいとは言えなかった。
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