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柘榴の月 第三話⑭
石榴の月~愛され求められ奪われて~
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この瞬間ばかりは、嘉門は龍之助の父であり、お民は母であった。二人共に、消えゆこうとしている小さな生命の焔を繋ぎ止めようと必死になっていた。
龍之助はなおもしばらく喘いでいたが、やがて、その苦悶も終わりを迎えるときが来た。
荒い呼吸がふっと途絶え、握りしめていた小さな手から急速に力が失われた。
「龍―之助」
お民は震える声で龍之助の名を呼ぶ。
「あ、あ、あ―」
お民は烈しく首を振りながら、龍之助の顔を覗き込む。
嘘だ。龍之助が死ぬはずなんてない。
この子はまだ、たった一歳なのに。
健やかであれば、龍之助は来月、二歳の誕生日を迎えるはずであった。
だが、この子が歳を取ることはない。この子の刻は永遠に止まってしまった。
嘉門が龍之助の開いたままの両眼をそっと手で閉じてやった。
「お民、抱いてやってはくれぬか」
嘉門のひと声に、お民はハッと顔を上げた。
嘉門が横たわったままの龍之助をそっと抱き上げ、お民に手渡す。まだ温かいその身体は、到底、既に刻を止めてしまったようには思えない。
お民は涙に濡れた瞳で、龍之助を抱きしめ、我が子のやわらかな頬を撫でた。
俄に部屋の外が騒がしくなった。
「嘉門どの、龍之助君がいかがしたと―」
襖が開き、祥月院が現れた。その後ろに侍医らしい初老の総髪姿の男が畏まっている。
が、嘉門は祥月院に首を振った。
刹那、いつもは取り澄ました祥月院の面がさっと蒼褪めた。
「何ゆえ、その女が龍之助君をお抱き申し上げているのです」
孫の死は死として、こんなときでさえ、この女はお民が龍之助を抱いていることが気に入らぬらしい。
祥月院が狼狽えているのは孫の死によるものか、それとも、お民が龍之助の亡骸を抱いていることへの腹立ちによるものか判ったものではない。―と、お民は皮肉な想いで考えた。
「母上、少しお静かになさっては頂けませぬか。龍之助はやっと苦しみから解放されたのです。せめて今は静かに眠らせてやりましょう」
「さりながら、殿はこの女をいつまでここに置いておかれるおつもりにございますか? この機に乗じてまた、この女をお側にお召しになるおつもりにはございませんでしょうな」
祥月院が柳眉を逆立てるのを、嘉門は憐れむような、蔑むような眼で見つめた。
「母上、このようなときにお言葉をお慎み下され」
嘉門はそう言うと、医者の傍に控えていた水戸部に命じた。
「邦親、お民を徳平店まで送り届けてやってくれ」
その言葉には、水戸部が顔色を変えた。
「さりながら、殿。今少し、お方さまと若君さま、最後のひとときをお過ごしあそばされるようになされてはいかがにございましょう」
流石に今、この場で母子を引き離すことの酷さを訴えようとしたのだろう。言い募る水戸部に、嘉門は断じた。
「その必要はない」
この時、嘉門がお民の身柄を徳平店に帰そうとしたのは、他ならぬ母祥月院の手前があったからだ。これ以上お民をここに置いていては、祥月院が何を言い出すか知れたものではない。それでなくとも愛盛りの我が子の死に打ちひしがれているお民に、祥月院の心ない言葉のつぶてを浴びさせるに忍びなかったのだ。
しかし、そのときのお民に嘉門の心が判るはずもなかった。
「―お恨み致します」
お民は低い声で呟いた。
嘉門を、祥月院を、真っすぐに見据えた。
「な、何じゃ。この女子は」
祥月院がさも怖そうに首をすくめ、魔物でも見るかのような眼でお民を見た。
「あなた方が寄ってたかって龍之助を殺したのです。二歳にもならぬ小さな子を夜、外に連れ出した祥月院さま、あなたさまも母親であれば、それがこのような結果を招くことになるやもしれぬと何故、お考え下さりませんでした」
「そ、そなたは、わらわが悪いと申すのか。このわらわが龍之助君を殺したと」
祥月院が怒りと愕きのあまり、わなわなと震えていた。
三年前、石澤家に嘉門の側室としていた頃のお民は、いつもうつむいていた。祥月院が何を言おうと、ただひたすら黙って泣いて耐えていたのだ。
龍之助はなおもしばらく喘いでいたが、やがて、その苦悶も終わりを迎えるときが来た。
荒い呼吸がふっと途絶え、握りしめていた小さな手から急速に力が失われた。
「龍―之助」
お民は震える声で龍之助の名を呼ぶ。
「あ、あ、あ―」
お民は烈しく首を振りながら、龍之助の顔を覗き込む。
嘘だ。龍之助が死ぬはずなんてない。
この子はまだ、たった一歳なのに。
健やかであれば、龍之助は来月、二歳の誕生日を迎えるはずであった。
だが、この子が歳を取ることはない。この子の刻は永遠に止まってしまった。
嘉門が龍之助の開いたままの両眼をそっと手で閉じてやった。
「お民、抱いてやってはくれぬか」
嘉門のひと声に、お民はハッと顔を上げた。
嘉門が横たわったままの龍之助をそっと抱き上げ、お民に手渡す。まだ温かいその身体は、到底、既に刻を止めてしまったようには思えない。
お民は涙に濡れた瞳で、龍之助を抱きしめ、我が子のやわらかな頬を撫でた。
俄に部屋の外が騒がしくなった。
「嘉門どの、龍之助君がいかがしたと―」
襖が開き、祥月院が現れた。その後ろに侍医らしい初老の総髪姿の男が畏まっている。
が、嘉門は祥月院に首を振った。
刹那、いつもは取り澄ました祥月院の面がさっと蒼褪めた。
「何ゆえ、その女が龍之助君をお抱き申し上げているのです」
孫の死は死として、こんなときでさえ、この女はお民が龍之助を抱いていることが気に入らぬらしい。
祥月院が狼狽えているのは孫の死によるものか、それとも、お民が龍之助の亡骸を抱いていることへの腹立ちによるものか判ったものではない。―と、お民は皮肉な想いで考えた。
「母上、少しお静かになさっては頂けませぬか。龍之助はやっと苦しみから解放されたのです。せめて今は静かに眠らせてやりましょう」
「さりながら、殿はこの女をいつまでここに置いておかれるおつもりにございますか? この機に乗じてまた、この女をお側にお召しになるおつもりにはございませんでしょうな」
祥月院が柳眉を逆立てるのを、嘉門は憐れむような、蔑むような眼で見つめた。
「母上、このようなときにお言葉をお慎み下され」
嘉門はそう言うと、医者の傍に控えていた水戸部に命じた。
「邦親、お民を徳平店まで送り届けてやってくれ」
その言葉には、水戸部が顔色を変えた。
「さりながら、殿。今少し、お方さまと若君さま、最後のひとときをお過ごしあそばされるようになされてはいかがにございましょう」
流石に今、この場で母子を引き離すことの酷さを訴えようとしたのだろう。言い募る水戸部に、嘉門は断じた。
「その必要はない」
この時、嘉門がお民の身柄を徳平店に帰そうとしたのは、他ならぬ母祥月院の手前があったからだ。これ以上お民をここに置いていては、祥月院が何を言い出すか知れたものではない。それでなくとも愛盛りの我が子の死に打ちひしがれているお民に、祥月院の心ない言葉のつぶてを浴びさせるに忍びなかったのだ。
しかし、そのときのお民に嘉門の心が判るはずもなかった。
「―お恨み致します」
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「そ、そなたは、わらわが悪いと申すのか。このわらわが龍之助君を殺したと」
祥月院が怒りと愕きのあまり、わなわなと震えていた。
三年前、石澤家に嘉門の側室としていた頃のお民は、いつもうつむいていた。祥月院が何を言おうと、ただひたすら黙って泣いて耐えていたのだ。
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