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柘榴の月 第三話⑱
石榴の月~愛され求められ奪われて~
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が、当時から忌まわしい噂があった。嘉門の母、つまり正室が父の寵愛を独占する側室とその子を呪詛したという怖ろしい噂だ。
噂の真実は判らない。その側室の残した姫、即ち嘉門にとっては異母姉は、その後、十三で亡くなった。十のときに既に縁づき先も決まっており、来年には婚礼を控えての病死であった。
儚げな風情の、優しい美しいひとだった。嘉門にも弟としての情愛を注いでくれた。
だが、母がその義理の娘に事ある毎に辛く当たっていたのを、嘉門は知っている。
姉姫に仕えていた侍女の中には、
―姫さまは奥方さまにいびり殺された。
そう言っている者もいた。
両親の間はついによそよそしいままで父は逝き、嘉門は十五歳の若さで家督を継いだ。
母自身がそうであったように、母は嘉門の幼い中から結婚相手を決めた。
相手は京の都の姫。権中納言家の姫で、これも母の実家松平家のつてで決まったものだ。
父は生前、何かにつけては実家の威勢を鼻に掛ける母をたいそう嫌っていた。
そして、結局、母が息子の伴侶にと選んだ姫もまた、母のひな形のような女であった。天皇家の血をも引く高貴な血筋と都人であるという誇りを持つ公卿の姫君は、気位ばかり高くて何の面白みもない、つまらないだけの女であった。
父と同様、嘉門の結婚も失敗に終わる。十七で娶った妻とは打ち解けぬまま、妻は十年後に亡くなった。
その間、嘉門はお忍びで江戸の町に出ては、吉原や岡場所といった遊廓で派手に浮き名を流した。売れっ妓の太夫や芸者と深間になったことも何度かはある。
しかし、本気の恋をしたことはなかった。
ただ己れの欲求に突き動かされ、刹那の快楽、性欲と鬱憤のはけ口を女体に求めたにすぎない。
もう、本気の恋なぞ自分には永遠に縁のないものだと思い込んできた。だが。
運命とはつくづく皮肉であり、面白いものだと思う。三十六になったある日、その恋が転がり込んできた。
明るく澄んだ瞳に、理知の光と優しさを持った女。娘と呼ぶにはいささか年増だが、嘉門から見れば、まだまだ娘といって良い二十四の若い女だった。ただ美しいだけではない。お民ほどの美しさの女であれば、世間には大勢いるだろう。
心映えの良さが外にも滲み出て、その美しさに更に輝きを添えていた。あれだけの美貌、聡明さ、優しい気性。加えて、身体も良い。豊かな乳房に、吸い付くような白い膚。お民のすべてが、嘉門には理想的に思えた。
―もっとも、そう思うのは惚れた弱みかもしれないが。
何度手に入れようとしても、まるで野兎がするりと狩人の手から逃れるように、嘉門の手から逃れ、飛び立ってしまう可愛い小鳥。
龍之助のことは、あの女には申し訳ないことをしたと心底思っている。お民は既に大切な者の死に幾度も直面している。
最初の良人だという男、そして、その男との間に儲けた長男をお民は失っているのだ。
また、嘉門の寵愛を受けて最初に懐妊した子も六ヵ月で流れた。
我が子を二人まで亡くしたお民にとって、またしても遭遇した我が子の死は、辛いものであったに相違ない。龍之助を石澤家の世継として迎え入れるという件については、元々は母の意であったとしても、嘉門も納得した上でのことだった。ゆえに、母だけを責めるのは間違いというものだろう。
ひとたびは孫として引き取った龍之助を溺愛しておきながら、お民の前で龍之助を嘉門の子ではないと言った母、あのときの母の言動を嘉門はけして許しているわけではない。
あれほど大人しく従順であったお民が真っ向から母に逆らったのも致し方ないことだ。
嘉門の側女としてこの屋敷にいた頃、あの女は母からどれほど罵倒されようと、黙って耐えていた。
いつだったか、母がお民の頬を些細なことでぶち、嘉門がそれについて抗議したことがある。怒り狂った母があまつさえお民に手を掛けようとするのに、流石の嘉門も堪忍袋の緒が切れ、腰の刀に手を掛けたことがあった。
その折、あの女は泣いて嘉門に縋ったのだ。
―私のせいで、殿のおん大切なお母上さまをあのようにお怒り申し上げさせてしまって、申し訳ございませぬ。
優しい女だった。嘉門とて、愚かではない。あの女の優しさが母の言うように上辺だけのものなら、とうにあの女のことなぞ忘れて果てていただろう。
あの女は真心を持っている。単に美しい女、身体だけ良くて閨での相性の良い女であれば、ごまんといる。だが、お民のように真心を持った女はけして多くはない。いや、恐らく―お民との出逢いは、砂浜でたったひと粒の砂金を見つけ得たような稀有なものであったと思う。
噂の真実は判らない。その側室の残した姫、即ち嘉門にとっては異母姉は、その後、十三で亡くなった。十のときに既に縁づき先も決まっており、来年には婚礼を控えての病死であった。
儚げな風情の、優しい美しいひとだった。嘉門にも弟としての情愛を注いでくれた。
だが、母がその義理の娘に事ある毎に辛く当たっていたのを、嘉門は知っている。
姉姫に仕えていた侍女の中には、
―姫さまは奥方さまにいびり殺された。
そう言っている者もいた。
両親の間はついによそよそしいままで父は逝き、嘉門は十五歳の若さで家督を継いだ。
母自身がそうであったように、母は嘉門の幼い中から結婚相手を決めた。
相手は京の都の姫。権中納言家の姫で、これも母の実家松平家のつてで決まったものだ。
父は生前、何かにつけては実家の威勢を鼻に掛ける母をたいそう嫌っていた。
そして、結局、母が息子の伴侶にと選んだ姫もまた、母のひな形のような女であった。天皇家の血をも引く高貴な血筋と都人であるという誇りを持つ公卿の姫君は、気位ばかり高くて何の面白みもない、つまらないだけの女であった。
父と同様、嘉門の結婚も失敗に終わる。十七で娶った妻とは打ち解けぬまま、妻は十年後に亡くなった。
その間、嘉門はお忍びで江戸の町に出ては、吉原や岡場所といった遊廓で派手に浮き名を流した。売れっ妓の太夫や芸者と深間になったことも何度かはある。
しかし、本気の恋をしたことはなかった。
ただ己れの欲求に突き動かされ、刹那の快楽、性欲と鬱憤のはけ口を女体に求めたにすぎない。
もう、本気の恋なぞ自分には永遠に縁のないものだと思い込んできた。だが。
運命とはつくづく皮肉であり、面白いものだと思う。三十六になったある日、その恋が転がり込んできた。
明るく澄んだ瞳に、理知の光と優しさを持った女。娘と呼ぶにはいささか年増だが、嘉門から見れば、まだまだ娘といって良い二十四の若い女だった。ただ美しいだけではない。お民ほどの美しさの女であれば、世間には大勢いるだろう。
心映えの良さが外にも滲み出て、その美しさに更に輝きを添えていた。あれだけの美貌、聡明さ、優しい気性。加えて、身体も良い。豊かな乳房に、吸い付くような白い膚。お民のすべてが、嘉門には理想的に思えた。
―もっとも、そう思うのは惚れた弱みかもしれないが。
何度手に入れようとしても、まるで野兎がするりと狩人の手から逃れるように、嘉門の手から逃れ、飛び立ってしまう可愛い小鳥。
龍之助のことは、あの女には申し訳ないことをしたと心底思っている。お民は既に大切な者の死に幾度も直面している。
最初の良人だという男、そして、その男との間に儲けた長男をお民は失っているのだ。
また、嘉門の寵愛を受けて最初に懐妊した子も六ヵ月で流れた。
我が子を二人まで亡くしたお民にとって、またしても遭遇した我が子の死は、辛いものであったに相違ない。龍之助を石澤家の世継として迎え入れるという件については、元々は母の意であったとしても、嘉門も納得した上でのことだった。ゆえに、母だけを責めるのは間違いというものだろう。
ひとたびは孫として引き取った龍之助を溺愛しておきながら、お民の前で龍之助を嘉門の子ではないと言った母、あのときの母の言動を嘉門はけして許しているわけではない。
あれほど大人しく従順であったお民が真っ向から母に逆らったのも致し方ないことだ。
嘉門の側女としてこの屋敷にいた頃、あの女は母からどれほど罵倒されようと、黙って耐えていた。
いつだったか、母がお民の頬を些細なことでぶち、嘉門がそれについて抗議したことがある。怒り狂った母があまつさえお民に手を掛けようとするのに、流石の嘉門も堪忍袋の緒が切れ、腰の刀に手を掛けたことがあった。
その折、あの女は泣いて嘉門に縋ったのだ。
―私のせいで、殿のおん大切なお母上さまをあのようにお怒り申し上げさせてしまって、申し訳ございませぬ。
優しい女だった。嘉門とて、愚かではない。あの女の優しさが母の言うように上辺だけのものなら、とうにあの女のことなぞ忘れて果てていただろう。
あの女は真心を持っている。単に美しい女、身体だけ良くて閨での相性の良い女であれば、ごまんといる。だが、お民のように真心を持った女はけして多くはない。いや、恐らく―お民との出逢いは、砂浜でたったひと粒の砂金を見つけ得たような稀有なものであったと思う。
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