石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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柘榴の月 第三話⑳

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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「母上、何も石澤の家はこの私が―あなたの血を引く息子が継がねばならぬということはございませぬ。分家筋には、父上の兄弟たちもいる。その方か、その子のいずれかを迎えれば良いだけのことにはございませぬか」
 嘉門は言うだけ言うと、立ち上がった。
「今日はご馳走さまにございました。母上のお点てになった茶は美味い。また、今度は後味の悪い話は抜きで、是非ともご馳走になりたいものにございます」
 嘉門がいなくなった後、祥月院は唇を噛みしめ、その場に擬然と座っていた。
 その瞳の奥で燃える焔は、そも何の焔であったろうか。
 ただ一つ、祥月院がこの日、知り得たことは、彼女の大切なたった一人の従順な息子が既に母親の言いなりにはならず、己が意思で歩き始めたことだけだった。

 その年も終わり、江戸の町は新しい年を迎えた。
 大切な人を喪っても、月日は流れ、季(とき)はうつろってゆく。可愛い盛りの我が子龍之助を亡くすという哀しみをも呑み込んで、お民の周囲ではゆっくりと刻が流れていった。
 龍之助とそっくりな松之助の健やかな成長を見ていると、ふいに哀しみが湧き上がってくることもあった。あの子が生きていればと、最初の子兵太を失ったときのように、つい亡くなった子の歳を数えようとするときもあった。
 何かにつけ、龍之助の様々な表情を思い出すことはしょっ中で、その度にお民は袂で湧き出た涙をそっとぬぐった。しかし、お民には支えてくれる良人源治、可愛い我が子松之助という家族がいる。龍之助を亡くした哀しみを何とか乗り越えられたのも、二人がいたからに他ならなかった。
 すべてものが灰色に塗り込められる寒く長い冬も過ぎ、やがて江戸に再び春がめぐり来た。
 弥生も半ばに入ったその日、お民は徳平店の共同井戸で大根を洗っていた。長屋には住人たちが共同で使う井戸がある。朝は洗濯や米とぎをする女たちが群がり、亭主の愚痴や子どもの自慢から始まり、他愛ない世間話まで様々な話題で盛り上がる。
 いわば、長屋の女たちにとっては社交の場でもある。
 源治の好物はだし巻き卵と大根の煮物、それに鰻だ。お民は裁縫はからきし駄目だけれど、料理はそこそこ上手い。近頃では花ふくの岩次が忙しいときに限って簡単な料理なら任せてくれるほどである。
 岩次から直接料理を教えられることはないが、板場で包丁を握るその仕事ぶりを傍で見ているだけで勉強になる。
 源治は若いせいか、食欲も旺盛で、その食べっぷりは見ていて気持ちが良いほどだ。最初の良人兵助は小食で、おまけに心ノ臓の持病も患っていた。兵助のために少しでも精の付くものをと、お民は色々と工夫した献立を並べたものだ。
 今夜はその源治の好物の大根の煮物と、鰯の焼いたものにするつもりである。今は昼下がり、花ふくは昼時の忙しい時間も過ぎ、空いている。その合間に、お民はいつものように長屋に帰って、源治のために晩飯の用意を整えていた。
 源治はお民のこしらえたものなら、何でも歓んで食べる。昼過ぎに長屋に戻ってくるときは大抵は松之助も一緒だ。たまに、おしまが預かってくれることもあるけれど、お民が店に出ている間はずっと松之助の守をしてくれるおしまに、そうそう甘えられるものではない。
 今日は、同じ長屋の子どもたちが松之助の面倒を見てくれている。まだ漸く二歳の松之助は遊び相手にもならないのだが、徳平店の子どもたちは松之助を弟のように可愛がった。
 大根の煮物を見て歓ぶ良人の顔を思い出し、何とはなしに嬉しくなったときである。
「おばちゃん」
 長屋の狭い路地を子どもが一人、息せききって駆けてきた。
「あら、安(や)っちゃんじゃない」
 安吉は、斜向かいに住む桶職人留造の倅である。歳は九歳、来年には日本橋のお店に丁稚として奉公に出されることが決まっていた。裏店の子はたいがい八歳から十歳の間には奉公に出る。ある者は職人になるために親方の許に住み込みで修業し、ある者は安吉のように丁稚として商家に入る。
 女の子は女中として商家に上がる者も少なくはない。いわば、安吉にとって今年は親許で甘えて過ごせる最後の年になるわけだった。
「どうしたの?」
 お民は洗い終えたばかりの大根の水を切り、立ち上がった。
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