石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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柘榴の月 第三話㉗

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 しまいのひと言は自嘲するかのような、投げやりな言い方だった。
「無理強いするつもりは一切ない。そなた自身が選べば良い。俺と一夜を共にして、明日の朝には子と共に惚れた男の許に戻るか。それとも、このままさっさと一人でこの屋敷から去るか、二つに一つだ」
 言葉とは裏腹に、欲望とか甘さとかはひとかけらも含まれてはいない抑揚のない声が無情に降ってくる。
 狡い男だ。
 そう言われて、お民がどちらを選ぶかを知り尽くしていて、わざと試すように訊いてくる。
 その狡さが憎いと思った。
「明日の朝、松之助と共に帰ります」
 その応えに満足したのかどうか、嘉門が鼻を鳴らす。
 お民は溢れる涙をこらえ、眼を幾度もまたたかせた。こんな卑怯な男に涙など絶対に見せたくはない。
 お民は唇を噛みしめ、膝の上に置いた手のひらを組み合わせて強く握った。
 あまりにも強く噛んだせいか、口中にかすかに血の味がする。鉄錆びた味が口中にひろがり、お民はまた眼をしばたたいた。
 それから四半刻ほど後、お民は湯浴みを済ませ、侍女の介添えで化粧をし、純白の夜着に着替えて嘉門を待っていた。
 今宵、二人が夜を過ごすのは、最初に案内された座敷とはまた別の部屋であった。
 流石に幼い息子が息を引き取ったその部屋で臥所を共にするのは嘉門も避けたのかもしれない。
 今度は待つ間でもなく、嘉門は姿を見せた。
 嘉門もやはり、見慣れた白一色の着流し姿である。
 錦の褥を挟んで、嘉門が向かいにひっそりと佇んでいた。感情の読み取れぬ瞳がお民を見下ろしている。
 また、こんにことになってしまった―。
 お民は我知らず身体が震えるのを自覚した。

 一方、嘉門はお民を前に複雑な想いを抱えていた。
 久方ぶりの女の豊満な身体の味わいを思い出し、身体が熱くなる。かつて彼を惑溺させた女の白い膚を思う存分堪能できるかと思うと、心が逸った。
―このことは俺が対処する。松之助は必ずやそなたの許につつがなく返すと約束するゆえ、そなたは先に帰って、子の帰りを待つが良かろう。
 あの時、お民に〝取引〟を申し出る間際、嘉門は確かにそう言うつもりだった。それがすんでのところで、このようなことになったのは、やはり自分の未練と諦めの悪さのせいだろう。
 今、眼前に、惚れに惚れ抜いた女がいる。
 今、飛び立とうとする小鳥の翼を捉えねば、この小鳥を腕に抱くことは永遠に叶わない。
 どうせ、自分の方から懐に飛び込んできたのだ。ここがどういう場所か、嘉門が自分をどう思っているかを知った上で、お民は自分から嘉門の許に来た。
 つまりは、みすみす罠にかかりにきた獲物の方が悪いのだ。敵地と言えるべき場所にのこのことやって来た可愛い獲物を捕らえたとて、誰が責めるだろう。
 嘉門は己れに言い訳のように言い聞かせながら、恍惚として呟く。
「―俺の可愛い獲物」
 お民は半ば強引に手を引かれ、引き寄せられる。
 そのまま褥に押し倒された。
 嘉門がお民の夜着の襟元を大きくくつろげる。
 男の顔が胸に近づいてきた。首筋に唇を這わせながら、嘉門の骨太な手がお民のふくよかな乳房をやや乱暴な仕種で揉みしだく。
 嘉門はふと気付いた。
 枕に顔を横向けて押しつけた女は、ギュッと眼を瞑って唇を噛みしめていた。
 まるで、この世のすべての災厄をその身に引き受けようとでも言わんばかりに歯を食いしばっている。
 この時、嘉門の中で哀しみともつかぬ感情が生まれた。
 
 嘉門の手が素肌の上を這い回る。
 お民は嫌悪感に固く眼を瞑り、けして男の顔が眼に入らぬように横を向いて枕に頬を押しつけた。
 眼を瞑った刹那、源治の笑顔が眼裏に甦る。
―お前さん、私、また、この男に捕まってしまった。お前さんにどうやって謝ったら良いのか判らないよ―。
 嘉門に抱かれたお民をこれまで幾度も変わらぬ態度で受け容れ、迎えてくれた源治であった。
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