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柘榴の月 第三話㉚
石榴の月~愛され求められ奪われて~
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恐らく、お民は最初から嘉門の子を宿し、生む宿命をその身に負うていたのだろう。二人の縁(えにし)の糸は今日、この瞬間まで途切れることなく続いていたに違いない。
その縁が果たして二人にとって良かったのかどうかは判らない。龍之助と松之助は拉致され、手籠めにされた末に身籠もった子であった。
だが、嘉門とお民が奇しき縁の糸で結ばれていたことだけは確かであった。
この時、お民は瞳に無言の想いを込めたつもりであった。
たとえ終生、名乗ることがなくとも、龍之助と松之助は嘉門の血を分けた子なのだと。
―親子の名乗りを上げなくても、あの子たちは紛れもなく、あなたさまのお子にございます。
「そうか」
嘉門は深く頷き、笑った。
いつもの皮肉げな笑みではなく、晴れやかな笑顔だ。
「それならば、良かった」
嘉門は満足げに頷いた。
「松之助と共に徳平店に帰れ。そなたの帰る場所は、あそこなのであろう?」
「はい」
お民は小さいけれど、はっきりとした声で応えた。
「行くが良い。子は後で水戸部が連れてこよう」
お民は礼を言い、立ち上がった、
ふいに夜風が吹き込んできて、花の香りが強くなった。
嘉門は再びお民に背を向けて花を眺めている。
「俺がこうしている間に、出ていってくれ」
お民は嘉門に向かって、深々と頭を下げる。
四季の花を描いた襖を開けようとしたまさにそのときだった。
「お民」
嘉門に深い声音で呼ばれ、お民は振り向いた。
嘉門もまた振り向き、こちらを見つめていた。端整な顔に微妙な翳りが落ちる。
しかし、それはほんの一瞬のことで、嘉門はまなざしの底に出逢ったときから変わらぬ淋しげな光を宿し、ただひと言呟いた。
「―達者で暮らせ。俺はそなたのことを何があっても生涯忘れぬ」
お民は微笑み、もう一度、嘉門に深く頭を下げた。
部屋を出たお民は侍女に導かれ、玄関へと進んだ。式台には水戸部邦親が既に待ち受けており、水戸部の腕にはすやすやと眠る松之助が抱かれていた。
「水戸部さま、何から何まで本当にありがとうございました」
お民が礼を述べると、水戸部は黙って首を振った。
「それがしが致したことは結局、何であったのでありましょうな。お家のため、殿のおんためと思い、致したことが龍之助君のご不幸をお招き致しただけにござりました。どうか、この水戸部をお恨み下され」
お民は静かな声音で言った。
「水戸部さま。どうかもう、龍之助のことはお気になさらないで下さりませ。今となっては、これがあの子の御仏に定められた命であったのかもしれません」
「―」
水戸部は何も言わず、頭を下げた。
お民と松之助は石澤家が用意した駕籠に乗り、徳平店まで送り届けられた。
長屋の木戸口が見える場所で駕籠を降り、お民は龍之助を抱いて駕籠から降りた。
元来た道を戻ってゆく駕籠を見送り、お民はゆっくり歩き出す。
見慣れた粗末な裏店の光景が何故か、無性に懐かしく感じられた。暮れ六ツ頃にここを出てから、いかほどの刻が流れたのだろう。
実際に経った時間は短かったのか、それともお民が感じていただけ、途方もなく長かったのか。
琥珀の月はまだ、天空に掛かっている。
恐らく、お民が嘉門の屋敷にいたのは、ほんの数時間のものに違いない。
木戸口を抜け、奥から三番目の家の前に立つ。
「お前さん」
勢いよく腰高障子を開けると、愕いたような良人の顔があった。
「お民」
お民は松之助を抱いたまま、源治の胸に飛び込んだ。
「お、おい。そんなに急に抱きついてきたら、松が潰れちまうじゃねえか」
源治の慌てふためいた声が聞こえ、お民はいつもと変わらぬ良人の物言いに涙が出るほどの安堵を憶えたのだった。
その縁が果たして二人にとって良かったのかどうかは判らない。龍之助と松之助は拉致され、手籠めにされた末に身籠もった子であった。
だが、嘉門とお民が奇しき縁の糸で結ばれていたことだけは確かであった。
この時、お民は瞳に無言の想いを込めたつもりであった。
たとえ終生、名乗ることがなくとも、龍之助と松之助は嘉門の血を分けた子なのだと。
―親子の名乗りを上げなくても、あの子たちは紛れもなく、あなたさまのお子にございます。
「そうか」
嘉門は深く頷き、笑った。
いつもの皮肉げな笑みではなく、晴れやかな笑顔だ。
「それならば、良かった」
嘉門は満足げに頷いた。
「松之助と共に徳平店に帰れ。そなたの帰る場所は、あそこなのであろう?」
「はい」
お民は小さいけれど、はっきりとした声で応えた。
「行くが良い。子は後で水戸部が連れてこよう」
お民は礼を言い、立ち上がった、
ふいに夜風が吹き込んできて、花の香りが強くなった。
嘉門は再びお民に背を向けて花を眺めている。
「俺がこうしている間に、出ていってくれ」
お民は嘉門に向かって、深々と頭を下げる。
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「お民」
嘉門に深い声音で呼ばれ、お民は振り向いた。
嘉門もまた振り向き、こちらを見つめていた。端整な顔に微妙な翳りが落ちる。
しかし、それはほんの一瞬のことで、嘉門はまなざしの底に出逢ったときから変わらぬ淋しげな光を宿し、ただひと言呟いた。
「―達者で暮らせ。俺はそなたのことを何があっても生涯忘れぬ」
お民は微笑み、もう一度、嘉門に深く頭を下げた。
部屋を出たお民は侍女に導かれ、玄関へと進んだ。式台には水戸部邦親が既に待ち受けており、水戸部の腕にはすやすやと眠る松之助が抱かれていた。
「水戸部さま、何から何まで本当にありがとうございました」
お民が礼を述べると、水戸部は黙って首を振った。
「それがしが致したことは結局、何であったのでありましょうな。お家のため、殿のおんためと思い、致したことが龍之助君のご不幸をお招き致しただけにござりました。どうか、この水戸部をお恨み下され」
お民は静かな声音で言った。
「水戸部さま。どうかもう、龍之助のことはお気になさらないで下さりませ。今となっては、これがあの子の御仏に定められた命であったのかもしれません」
「―」
水戸部は何も言わず、頭を下げた。
お民と松之助は石澤家が用意した駕籠に乗り、徳平店まで送り届けられた。
長屋の木戸口が見える場所で駕籠を降り、お民は龍之助を抱いて駕籠から降りた。
元来た道を戻ってゆく駕籠を見送り、お民はゆっくり歩き出す。
見慣れた粗末な裏店の光景が何故か、無性に懐かしく感じられた。暮れ六ツ頃にここを出てから、いかほどの刻が流れたのだろう。
実際に経った時間は短かったのか、それともお民が感じていただけ、途方もなく長かったのか。
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