24 / 37
第6章
1
しおりを挟む
短い冬休みが終わったかと思えば、テストやレポートに明け暮れる日々がやってきて学生全体が慌ただしく過ごす。
案の定、私も長文レポートが間に合いそうになくて、一度だけユウマくんと会うのを断ってしまった。要領が良くて、レポートが間に合わないなんてことには無縁なユウマくんは不満そうだったけど、そのおかげで、卒業に必要な単位を全て三年生のうちに取り終えることができた。就活は相変わらず進展無しだけど、持っていた荷物がだいぶ軽くなったような気分になって、ほっとする。あとは、卒論と就活だけだ。
それからあっという間に春休みが来て、藤さんたち四年生の卒業式があった。
サークルでは当日、有志のメンバーが会場まで集まって花束を渡すのが恒例になっていた。例によって元彼から参加するかどうかを聞かれて、忘年会以降会っていない藤さんに会うのは少し気まずかったけど、一年の頃から今までお世話になったのは事実だったから参加することにした。
重たい雲が空を覆って、今にも雨が降り出しそうな天気の中、卒業式の最中である会場の外には、私達三年が全員、二年が半分くらい集まっていて、一年生はユウマくんも含めてほとんど不参加だった。
この一年間、四年生がほとんどサークルに顔を出さなかったというのもあるのだろう。サークル恒例とはいえ強制ではないから、一年生が来ていなくても誰もなにも言わない。
「はい、これ。藤さんが出てきたら渡して」
珍しく集合時間より少し遅れてきた元彼が、オレンジとイエローでまとめられた花束を手渡してきた。ラッピングも同系色でまとまっていて、小柄な女性や子供なら上半身が丸ごと隠れそうなボリュームに面食らう。
他にもカラフルで大きな花束をサークルの同期や二年生に持たせていて、会場にいる人たちの注目を集めた。
「こんな大きいの用意してたんだ」
「当たり前だろ、世話になったんだから。お前なんて特に可愛がってもらってたじゃん」
「……実家の犬?」
「それ」
藤さんの持ちネタを思い出して二人で笑い合う。
「最近、顔出さなくなってごめんね」
「んぁ? いいよ、就活忙しいって聞いてたし」
「そっちは? 順調?」
「いやー、ぼちぼち?」
「そっか、お互い頑張ろうね」
「おう」
そんな調子でポツポツと話していると、卒業生を待つ人達で賑わっていた会場の外がいっそう騒がしくなった。
「あ、来た!」
元彼が私の肩を叩いてから「藤さん!」と遠くに向かって手を振りながら叫んだ。
少し遅れて黒いスーツに身を包んだ藤さんが会場から出て来て、私達に近付いてくる。いつもよりまともな格好をしているから、いつもより数段まともに見える。
「ほら」と元彼に促されて、持っていた黄色い花束を藤さんに手渡す。
「卒業、おめでとうございます」
「ありがとう。なにー、こんなでっかい花束くれんの。あー、両手塞がってたらお前の頭ぐしゃぐしゃにできねー」
よかった、いつも通りの藤さんだ。
豪快に笑う姿を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「ちょっと待って、一回これ持って」
藤さんが元彼に花束を押し付けて、私の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
「……藤さーん」
呆れ顔で嗜める元彼に「いいじゃん、元彼。なによ、元彼」と藤さんが笑いながら突っかかっていく。
こういうじゃれあいも最後なんだと思うと、途端に感傷が押し寄せてきて鼻の奥がツンと痛くなった。うつむきながら、ぐすっと鼻を啜るとデリカシーのかけらもない二人が顔を覗き込んでくる。
「え、お前泣いてんの」
「マジかー、寂しいよなー、ごめんなぁ」
あははと笑いながら藤さんが抱きしめてきた。私の頭をぽんぽんと優しく叩いてなだめてくるから、堪えきれなくなった涙が顔を覆った両手から溢れる。
「藤さん、ほんとこいつにばっかり甘いですね」
「んあぁ? しょうがねーな、正直お前はタイプじゃないけど、ほら、片手開けてやるから飛び込んで来い」
「え、嫌っすよ」
二人の応酬にふっと吹き出す。藤さんから離れてもう一度「おめでとうございます」と伝える。
「ありがとう。……元気でな」
最後の最後に藤さんが真面目な顔をして笑う。
他の先輩達とも合流して「おめでとうございます」と言い合っているうちに、細かい雨がぱらぱらと降ってきて、人がどんどんはけていった。夕方から卒業する先輩達を交えて飲みに行こうとしているサークルのメンバーを尻目に、用事があるフリをして断って会場を出る。
今日、ユウマくんは夕方から塾講師のバイトだと言っていた。あと二週間すると受け持っているクラスの中学生も春休みに入って、春季講習が始まる。そうなるとバイト時間が午前中にずれるらしい。文系の学部なのに担当は数学だと聞いて驚いたら「中学の数学だよ?」と首を傾げられた。私が中二の後半辺りで挫折したことは言わないでおいた。
案の定、私も長文レポートが間に合いそうになくて、一度だけユウマくんと会うのを断ってしまった。要領が良くて、レポートが間に合わないなんてことには無縁なユウマくんは不満そうだったけど、そのおかげで、卒業に必要な単位を全て三年生のうちに取り終えることができた。就活は相変わらず進展無しだけど、持っていた荷物がだいぶ軽くなったような気分になって、ほっとする。あとは、卒論と就活だけだ。
それからあっという間に春休みが来て、藤さんたち四年生の卒業式があった。
サークルでは当日、有志のメンバーが会場まで集まって花束を渡すのが恒例になっていた。例によって元彼から参加するかどうかを聞かれて、忘年会以降会っていない藤さんに会うのは少し気まずかったけど、一年の頃から今までお世話になったのは事実だったから参加することにした。
重たい雲が空を覆って、今にも雨が降り出しそうな天気の中、卒業式の最中である会場の外には、私達三年が全員、二年が半分くらい集まっていて、一年生はユウマくんも含めてほとんど不参加だった。
この一年間、四年生がほとんどサークルに顔を出さなかったというのもあるのだろう。サークル恒例とはいえ強制ではないから、一年生が来ていなくても誰もなにも言わない。
「はい、これ。藤さんが出てきたら渡して」
珍しく集合時間より少し遅れてきた元彼が、オレンジとイエローでまとめられた花束を手渡してきた。ラッピングも同系色でまとまっていて、小柄な女性や子供なら上半身が丸ごと隠れそうなボリュームに面食らう。
他にもカラフルで大きな花束をサークルの同期や二年生に持たせていて、会場にいる人たちの注目を集めた。
「こんな大きいの用意してたんだ」
「当たり前だろ、世話になったんだから。お前なんて特に可愛がってもらってたじゃん」
「……実家の犬?」
「それ」
藤さんの持ちネタを思い出して二人で笑い合う。
「最近、顔出さなくなってごめんね」
「んぁ? いいよ、就活忙しいって聞いてたし」
「そっちは? 順調?」
「いやー、ぼちぼち?」
「そっか、お互い頑張ろうね」
「おう」
そんな調子でポツポツと話していると、卒業生を待つ人達で賑わっていた会場の外がいっそう騒がしくなった。
「あ、来た!」
元彼が私の肩を叩いてから「藤さん!」と遠くに向かって手を振りながら叫んだ。
少し遅れて黒いスーツに身を包んだ藤さんが会場から出て来て、私達に近付いてくる。いつもよりまともな格好をしているから、いつもより数段まともに見える。
「ほら」と元彼に促されて、持っていた黄色い花束を藤さんに手渡す。
「卒業、おめでとうございます」
「ありがとう。なにー、こんなでっかい花束くれんの。あー、両手塞がってたらお前の頭ぐしゃぐしゃにできねー」
よかった、いつも通りの藤さんだ。
豪快に笑う姿を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「ちょっと待って、一回これ持って」
藤さんが元彼に花束を押し付けて、私の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
「……藤さーん」
呆れ顔で嗜める元彼に「いいじゃん、元彼。なによ、元彼」と藤さんが笑いながら突っかかっていく。
こういうじゃれあいも最後なんだと思うと、途端に感傷が押し寄せてきて鼻の奥がツンと痛くなった。うつむきながら、ぐすっと鼻を啜るとデリカシーのかけらもない二人が顔を覗き込んでくる。
「え、お前泣いてんの」
「マジかー、寂しいよなー、ごめんなぁ」
あははと笑いながら藤さんが抱きしめてきた。私の頭をぽんぽんと優しく叩いてなだめてくるから、堪えきれなくなった涙が顔を覆った両手から溢れる。
「藤さん、ほんとこいつにばっかり甘いですね」
「んあぁ? しょうがねーな、正直お前はタイプじゃないけど、ほら、片手開けてやるから飛び込んで来い」
「え、嫌っすよ」
二人の応酬にふっと吹き出す。藤さんから離れてもう一度「おめでとうございます」と伝える。
「ありがとう。……元気でな」
最後の最後に藤さんが真面目な顔をして笑う。
他の先輩達とも合流して「おめでとうございます」と言い合っているうちに、細かい雨がぱらぱらと降ってきて、人がどんどんはけていった。夕方から卒業する先輩達を交えて飲みに行こうとしているサークルのメンバーを尻目に、用事があるフリをして断って会場を出る。
今日、ユウマくんは夕方から塾講師のバイトだと言っていた。あと二週間すると受け持っているクラスの中学生も春休みに入って、春季講習が始まる。そうなるとバイト時間が午前中にずれるらしい。文系の学部なのに担当は数学だと聞いて驚いたら「中学の数学だよ?」と首を傾げられた。私が中二の後半辺りで挫折したことは言わないでおいた。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる