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「大人」になれなかった少年の懺悔(1)
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「だから、大丈夫だって! 怖くないから早くこっちに来なよ!」
歩くたびゴトゴトと揺れる石橋の向こうで、『親友』が手招きしている。
「だ、だから怖いんじゃないって言ってるだろ! 今行くって!!」
僕は震えそうになる足をなんとか励ますと、ようやく向こう岸にたどり着いた。
「あはは、やっと来た!」
声を上げて笑う『親友』に、僕は恨みをこめた眼を向ける。
「ロズ、おまえってホント、女らしくないよな! ホントは男なんじゃないか!?」
「うるさい! フェルが弱虫なだけでしょ!?」
「うわ、男女が怒ったー!」
僕が走って逃げ出すと、すぐに『親友』も後に続いた。やがて到着したのは、伯爵城のすぐ近所にある村である。村の敷地に入るなり僕たちの姿に気付いた村人が、急いで走り寄って来た。
「若様! ありがとうございます!」
「斧でケガしたってやつはどこだ!?」
「どうぞ、こちらへ!」
僕の生家は、代々王家の侍医長も輩出する治療術師の名門だ。そしてこの地を治める、モンベリエ伯爵位を賜った家でもある。だが僕は上級貴族の嫡男ながら、とてもおおらかに育てられていた。治療呪文は実践の中でこそ育つ――それが現場主義である父の、教育方針だったからだ。
僕が大怪我をした村人の傷をふさいでやっているうちに、ロズは集まってきた村人たちの小さなケガを次々と治してやっていた。
治療呪文を使うためには、『法力』が必要だ。だがその法力を持っているのは、貴族だけである。当家の家臣である男爵家に生まれたロズは、傍系ながら上級貴族にも匹敵する法力を持っていた。もっとも、僕ほどではないけどね。
「若様、お迎えが参りました」
「ああ、分かった。ロズ、帰るぞ」
「うん!」
いつも黙ってついてきている護衛騎士に声をかけられて、僕たちはようやく村人の家を出る。
帰りの馬車に揺られて眠くなってきた僕は、隣に座る『親友』の肩に頭を預けた。
一日中一緒に遊んで、学んで、ケンカして、かと思ったらすぐに忘れて仲良くお菓子を分けあった。
この頃が、一番幸せだったのかもしれない。
*****
父から隣領を治める伯爵家のご令嬢との縁談を持ち出されて、僕は言った。
「顔も知らないご令嬢と婚約……? それならまだ、ロズとでも結婚した方がマシです」
どこぞの気取ったご令嬢の相手を一生させられるなんて、想像しただけでもうんざりだ。それに比べて『親友』であるロズとの方が、ずっと楽しくやっていけるだろう。
「ロズ? ああ、ブエノワ男爵家のロズリーヌか。そうだな、彼女は治療術師として高い才を見せているから、当家に嫁ぐ素質は充分だろう」
幸いなことに、当家は代々実力主義の家系である。うなずきながら言う父に、僕は上機嫌で言いつのった。
「ええ、ロズで充分です。あいつなら気心も知れてるし、なにより根性があります。この地の領主の妻として、しっかりやってくれるかと」
本当はとても嬉しかったのに、僕はそう、意地を張って嘯いた。
だが伯爵夫人ともなれば、社交界へ出る必要がある。もうすぐ十二になるロズは、婚約が内定した直後に王都へと送り出されてしまった。行儀見習いに行くためである。
共に遊ぶ『親友』を失って、僕は初めて寂しいという感情を知った。だがなんとか、会いに行くのは我慢した。この一年さえ終わってしまえば、一生一緒に居られるのだ。
歩くたびゴトゴトと揺れる石橋の向こうで、『親友』が手招きしている。
「だ、だから怖いんじゃないって言ってるだろ! 今行くって!!」
僕は震えそうになる足をなんとか励ますと、ようやく向こう岸にたどり着いた。
「あはは、やっと来た!」
声を上げて笑う『親友』に、僕は恨みをこめた眼を向ける。
「ロズ、おまえってホント、女らしくないよな! ホントは男なんじゃないか!?」
「うるさい! フェルが弱虫なだけでしょ!?」
「うわ、男女が怒ったー!」
僕が走って逃げ出すと、すぐに『親友』も後に続いた。やがて到着したのは、伯爵城のすぐ近所にある村である。村の敷地に入るなり僕たちの姿に気付いた村人が、急いで走り寄って来た。
「若様! ありがとうございます!」
「斧でケガしたってやつはどこだ!?」
「どうぞ、こちらへ!」
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僕が大怪我をした村人の傷をふさいでやっているうちに、ロズは集まってきた村人たちの小さなケガを次々と治してやっていた。
治療呪文を使うためには、『法力』が必要だ。だがその法力を持っているのは、貴族だけである。当家の家臣である男爵家に生まれたロズは、傍系ながら上級貴族にも匹敵する法力を持っていた。もっとも、僕ほどではないけどね。
「若様、お迎えが参りました」
「ああ、分かった。ロズ、帰るぞ」
「うん!」
いつも黙ってついてきている護衛騎士に声をかけられて、僕たちはようやく村人の家を出る。
帰りの馬車に揺られて眠くなってきた僕は、隣に座る『親友』の肩に頭を預けた。
一日中一緒に遊んで、学んで、ケンカして、かと思ったらすぐに忘れて仲良くお菓子を分けあった。
この頃が、一番幸せだったのかもしれない。
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父から隣領を治める伯爵家のご令嬢との縁談を持ち出されて、僕は言った。
「顔も知らないご令嬢と婚約……? それならまだ、ロズとでも結婚した方がマシです」
どこぞの気取ったご令嬢の相手を一生させられるなんて、想像しただけでもうんざりだ。それに比べて『親友』であるロズとの方が、ずっと楽しくやっていけるだろう。
「ロズ? ああ、ブエノワ男爵家のロズリーヌか。そうだな、彼女は治療術師として高い才を見せているから、当家に嫁ぐ素質は充分だろう」
幸いなことに、当家は代々実力主義の家系である。うなずきながら言う父に、僕は上機嫌で言いつのった。
「ええ、ロズで充分です。あいつなら気心も知れてるし、なにより根性があります。この地の領主の妻として、しっかりやってくれるかと」
本当はとても嬉しかったのに、僕はそう、意地を張って嘯いた。
だが伯爵夫人ともなれば、社交界へ出る必要がある。もうすぐ十二になるロズは、婚約が内定した直後に王都へと送り出されてしまった。行儀見習いに行くためである。
共に遊ぶ『親友』を失って、僕は初めて寂しいという感情を知った。だがなんとか、会いに行くのは我慢した。この一年さえ終わってしまえば、一生一緒に居られるのだ。
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