【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ

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「大人」になれなかった少年の懺悔(2)

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 ロズと離れ離れで過ごした短いようで長い一年を、僕はようやく終えた。十三歳となりこの国の成人年齢を迎えた僕達は、正式に婚約することが決まったのだ。

 とうとう結納の日を迎え――僕は一年ぶりの『親友』との再会に、ワクワクが止まらなかった。面倒な式はさっさと終わらせて、あいつがいない間に見つけたとっておきの場所に連れて行ってやろう。きっと何より喜んでくれるはずだ。

 伯爵城の車寄せに、ブエノワ男爵家の紋章を掲げた馬車が止まった。

「ロズ! 元気だったか!?」

 到着を待ち構えていた僕は笑顔で駆け寄ったが、馬車から降りてきたのはあの『親友』ではなく……ひとりのしとやかな『ご令嬢』だった。

 彼女は従者の手を借りて地面へ静かに降り立つと、完璧な所作で淑女の礼をとりながら言った。

「フェルナン様、お久しゅうございます」

「な、なんだよその態度……ロズのくせに……」

「ふふ、フェルナン様はおかわりないご様子で、何よりです」

 そう控えめに口にして、彼女は少しだけ困ったように眉尻を下げて笑った。

 その大人びた表情に、僕は愕然とした。よく日に焼けていた肌はすっかり白くなり、薄く化粧を施した姿は……きれいだ。

 僕は思わずぼうっと見惚れてしまってから、我に返って首を振った。

 ……違う、こんなのはロズじゃない。

 あの遠い日々、共に領地を探検してまわったあの『親友』は……一体どこへ行ってしまったんだろう。

女子おなごは年頃になれば変わると聞いたことはあるが、いや、これは見違えたな。幸せ者だな、フェルナン!」

「そうですね、父上……」

 まさかあの幼馴染が、これほどまでに変貌してしまうとは。心臓が強く鷲掴まれたように苦しくなって、僕は思わず、礼服の上から左胸に爪を立てた。

 十三を迎えたロズリーヌは、大人になった。対して、たったひと月遅く生まれただけの自分はどうだ? あの子供だった日々から、ちっとも変わっていないのだ。

 先に大人になった幼馴染に、遠く置いて行かれた気がして……焦りを覚えた僕は、やはり子供のままだったのだろう。


 *****


 僕がなかなか素直になれないでいる間に。ロズリーヌのブエノワ男爵家に、ひとつ年下の異母妹が引き取られた。これまで平民の母親と暮らしていたが、貴族の証である法力を持っていることが発覚したからだ。

 正式に一族へ仲間入りしたことのご報告とご挨拶を、と、かの異母妹が父親に連れられて城に現れた日のことである。異母妹はノエラと名乗り、神妙な顔をして一族との顔合わせを済ませた。だがすぐさま、事件が起こる。

 いつの間にか姿が見えなくなった彼女を皆で探していると、突然木の上から降ってきたのだ。

「ノエラ、何をやっている!」

「ごめんなさい、父さ……ま。この子が、降りられなくなって鳴いてたから」

 すり傷にまみれた彼女の腕の中には、小さな子猫が丸まっている。

「バカかお前、傷だらけじゃないか!」

 僕は呆れながらも駆け寄ると、すぐに治療呪文レメディウムを唱えた。かざした手が淡い光を帯びると、小さな傷はたちまちふさがってゆく。

「えへへ、ごめんごめん。ありがとう!」

「こら、ノエラ! 若様になんという口をきくんだ!」

「えっ、この子……方が、お姉さまの!? ごっ、ごめんなさい!」

 平謝りするノエラと共に頭を下げながら、男爵が言った。

「いや、お恥ずかしい。平民育ちで作法がなっておらず、大変失礼いたしました!」

「いや、別に。僕は気にしてない」

 ロズリーヌとノエラは、やはり姉妹なのだろう。二人はよく似た顔立ちで、ノエラの飾らない笑顔が昔の『親友』の笑顔に重なって見えた。


「――ということが、さっきあってさ」

「まあ、そうだったのですね」

「ロズの新しい妹、なかなか面白い奴だな!」

「それはよろしゅうございました」

 二人きりで向き合ってお茶を飲んでいても、相変わらずロズリーヌは大人しい。

 ――なんだよ、まるでどこぞのご令嬢みたいに気取りやがって。

 彼女の言葉からは、この領地特有のなまりが消えている。完璧な発音で話し、完璧な姿勢で微笑む彼女に……僕は若干の苛立ちを覚えた。

「ロズ、いやロズリーヌ、お前ってホントつまらない女だな。ノエラの方がよほど魅力的だ。あーあ、なんで家のためにお前なんかと結婚しなくちゃならないんだよ!」

 自分から望んだくせに、僕は幼稚な見栄をはる。

「若様の婚約者として、至らず申し訳ありません……」

 すると彼女は悲しそうに言って、今にも泣き出しそうな顔を伏せた。

 ――違う、そんなふうに悲しませたかったんじゃない!

 つまらない悪態をつけば、また昔のように怒りながら追いかけてきてくれると……そう、思ってしまったんだ。

 本当は、社交界で僕が恥をかかないよう、慣れない王都でひたむきに努力してきてくれたのだと――とうに気付いていたはずなのに。

 僕はどうしようもないほどに、子供だったのだ。
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