四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約

話の種を蒔いたとて

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 __ラヴェルト公爵家の城から少しばかり歩いた場所。

 そこには、田舎の農家に似た小さな木造の離れがぽつんと佇んでいた。


「此処がバルフレ様の仕事場ですのね!としていて可愛らしいですわ!」

「…………」


 『こぢんまり』という言葉は、貴族によっては良くない捉え方をする者もいるだろう。しかし、エレノアにとってはそれが今最上級の褒め言葉であった。

 離れにエレノアを連れてきたバルフレ本人は、そのことを聞いても無の表情で、話しかけることすらなかった。



 エレノアは、離れに行く前からずっと話し続けていた。

 今朝の天気は快晴だったの、専属になったメイドと仲良くなったの、延々と違う話を次々と繰り出していた。

 しかし、そんなエレノアに対してバルフレは無を貫き、エレノアの方に顔を一度も向けることなく歩き続けていた。



 そして今この時点でも、エレノアは話し続け、バルフレは黙ったままであったのだった。


「ところで、バルフレ様のお仕事は一体どのようなことをなさるのです?朝食の時からずぅっと気になっていましたの」

「……入ればわかる」


 ようやく出した言葉も短く、バルフレはエレノアの方も見ずに一人離れに近付き、建てつけの悪そうな玄関のドアノブに鍵を回した。





 外観に対して中は思ったよりも清潔に保たれており、壁も床も外と同じ木製であった。

 離れは城と比べれば小さいものの、それでも普通の民家よりは一回り大きい作りであったにも関わらず、部屋は玄関から入ってすぐ目に入った空間たったひとつだけであった。

 壁際には背の高い本棚がひとつ、隣には色とりどりの小瓶が並べられた薬品棚がひとつ、その隣には無機質な機具が積まれた収納棚がひとつ、そして部屋の真ん中には巨大な作業机が置かれていた。


「バルフレ様?この部屋は一体何なのですの?」


 エレノアは内観を見てもよくわからなかったようだが、そんな彼女を置いてバルフレは作業机に向かっていく。

 棚から本や小瓶、機具をそれぞれ取り出すと、机の上に置いて動かし始めた。

 本のページに目を通したり、小瓶に入った薬品を機具に備えられた容器に入れてかき混ぜたりと、何かしていることはわかっていたが、エレノアはその行動を理解することはできなかった。


「バルフレ様、私には貴方様のお仕事が全くわかりませんわ。お願いですから行動ではなくで教えてくださいませ」


 耐えられなくなった様子でエレノアが言うと、バルフレは机に向かっていた手を止めて、彼女に視線を合わせた。

 血のように赤い瞳はエレノアを捉えている。
 人が見たら恐ろしいという感想を述べるほどに冷たいその目を向けられているにも関わらず、エレノアは釈然とした態度で首を傾げていた。

 しばらくお互いに沈黙が続いた後、先にバルフレが口を開いた。


「魔科学だ」

「まかがく?」

魔導式科学まどうしきかがく。魔法技術を管理するための学術。その研究過程を著者し、魔法協会に提供するのが私の職務だ」


 ぶっきらぼうな顔でそう答えたバルフレに、エレノアの目が急に輝き始めた。


「まあ!そのようなものがベルフェナールにはありますのね!でも、ですわ。魔法の研究なんて……ところで、その魔科学とは、一体どなたがお造りになったのかしら?」

「魔科学を作ったのは私だ。魔法協会を設立したのも私だから

「そうなのですか!?凄いですバルフレ様!!」


 エレノアが大袈裟にそう言うと、バルフレの眉間が少しだけ動いた気がした。
 のだ。


「…………私はこのまま研究を続ける。お前は好きなことをしていろ」

「あら。バルフレ様がそうおっしゃるのなら、お言葉に甘えさせていただきますわ」


 エレノアはバルフレの言葉通り、好きにすることにした。





「それでですね!私思ったのです!この世界にはまだまだ知らないことがたくさんあるって!!」

「…………」


 好きに、話し続けていた。

 途中経過から話を始めてしまっているが、かれこれ2時間は経っている。未だにエレノアはバルフレに対して絶え間無く話し続けていた。

 確かに好きにしろとは言ったが、これでは邪魔をしているのと同じである。

 しかし、バルフレはその話を聞いているのかいないのか、真顔で研究を続けている。


「そういえば、とある国には世界で一番美しいと称される花が咲いていると本で読んだことがありますわ!私一度で良いから見てみたいのです!でも、その国が何処だかわからずで……わかったらそこまで駆けつけますのに!」

「…………」


 飛躍した話を続けていくエレノアに、バルフレが顔を向けることはなかった。



 片方が話し続け、片方が黙り続けるという、なんとも奇怪な時間は正午まで続いた。
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