四人の令嬢と公爵と

オゾン層

文字の大きさ
33 / 101
婚約

広大で美しいもの

しおりを挟む



 __クロエが叫んでいる一方で、ルーナはラトーニァと共に城の中庭まで来ていた。

 ラゼイヤに案内された中庭は城の付近までしか見ていなかったが、先を進んでみるとそこは広大な草原地帯だった。

 何処までも緑が広がっており、そこかしこには多彩な果実を実らせた木々が生い茂っていたり、鮮やかな花々が咲いていたりと、何処か浮世離れした地帯であった。


「公爵様方の家は本当に広いですね。それに、此処は綺麗です」


 ルーナは中庭、というには広過ぎる大地を眺めていた。あまりに美しい景色に見惚れてしまう。

 それに引き換えラトーニァはというと、未だオロオロとして落ち着いてない様子だった。


「ところで、ラトーニァ様。此処に連れてくださったのは、如何様な理由で?」

「え、えっと……」


 ルーナの問いにラトーニァは何度か言葉を詰まらせていたが、一度深呼吸をすると、ゆっくりと話し始めた。


「こ、此処に来たのは、僕、僕のお仕事、を紹介したくて……」

「お仕事、ですか?そういえば、まだラトーニァ様の職務についてお聞きしていませんでしたわ。ですが、此処で一体どのようなことをなさるのですか?」

「えっと、えっと、あ、あの!み、見ててくれれば……」


 ラトーニァはそこまで言うと、ルーナから逃げるようにその場から離れた。と言っても、軽く走っただけで目の前にいることには変わりない。

 ルーナからある程度離れたことを確認すると、ラトーニァは大空に向かって口を開いた。



「__________」



 口から出たのは、人間が生きているうちに聞くことはないであろうであった。

 甲高くなんとも奇怪で、しかし子守唄のような安心感漂う音色で、不思議な声であった。


「ら、ラトーニァ様?」


 不思議な歌声にルーナは困惑したが、それが何なのかを聞くよりも早くラトーニァは口を閉じた。





 刹那、ルーナ達の前に突風が吹き、辺りの草原を掻き回す。

 あまりの強風と生じた砂埃に、ルーナは咄嗟に目を隠した。

 身構えていると、次第に風は弱くなり、微風そよかぜになるまで落ち着いた。


「………?」


 ルーナが恐る恐る目を開くと、ラトーニァはそこにいた。

 しかし、その隣には、ありえないものが見えていた。



 大きな体

 艶のある鱗

 鋭い牙

 力強い眼

 伝説の存在



 それは、昔絵本で見た生き物に酷似していた。


「……竜?」


 ルーナがそう呼んだ生き物は、ラトーニァにこうべを垂れて唸り声を上げている。

 いや、正確には唸り声ではなく、子供が甘えるような声なのだろう。
 ラトーニァを見るその目はあまりにも優しすぎたのだから。

 ラトーニァは竜の頭を優しく撫でている。現実とは思えないその光景に、ルーナはただ眺めることしかできなかった。


「……ぼ、僕のお仕事は、こんな感じ…………」


 どんな感じなのだ、と問いたくなるが、ルーナは目の前の竜に口が塞がらなかった。

 伝説として謳われてきた竜が今実物として自分の前に現れている。
 息もしてるし瞬きもする。
 本当の本当に本物だった。


「……ら、ラトーニァ様。此方の……生き物は」

「ワイバーン、だよ……今日は、この子の、け、健診するの」

「健診……?」


 健診とは、この子とは、この竜に対するものなのだろう。
 何故そんなことをと思っていた矢先、ラトーニァは続けて話し出した。


「僕の、お仕事は……し、自然管理なんだ。動物のお世話とか、治療とか、植物の研究とか……この庭が、僕の仕事場なんです……」


 今までで一番長く話したラトーニァは、限界が来たようでそれ以降は顔を俯いていた。よっぽど話すのが苦手らしい。
 隣にいるワイバーンは心配そうにラトーニァの顔を覗いている。その姿は犬のようで可愛らしかった。

 ルーナは先ほどのラトーニァの言葉を思い返し、改めて辺りを見渡す。

 そこかしこに植えられている花や木々は、余すことなく健やかに育っているのが見てわかる。
 ルーナがかつてアミーレアの王宮の中庭で見た花々よりも、逞しく美しく生きていた。

 もしこの庭の全てがラトーニァの管理下なのだとしたら……


「ラトーニァ様は、この庭をとても大事になされているのですね」

「……え?」


 ルーナの言葉に、ラトーニァは素っ頓狂な声を上げる。


「此処に咲く花も、木も、それにその子ワイバーンも、みんな幸せそうでしたから。幸せじゃなかったら、こんなに美しいはずありませんもの」


 ルーナは、ただ率直な感想を述べたまでだった。
 目の前の情景を見て、自然と口角が上がるのも、此処にある全てのものが美しかったからだった。


(本当に綺麗な場所……此処まで大事にしているなんて、ラトーニァ様はお優しい方なのね)


 そんなことを考えていた。

 しかし、どれだけ経ってもラトーニァからの返答は無い。急に静かになった彼を不思議に思い、そちらに視線を向けると、ラトーニァはそこにいた。





 ワイバーンの尾に隠れながら。


「ラトーニァ様?」

「い、今健診してる、から」

「ワイバーンの健診とは、そのようにするのですか?」

「ソウデス」


 どう見てもワイバーンの尾に隠れてもじもじしているようにしか見えない。

 ワイバーンも心なしか顔が呆れており、人間のような動作で首を横に振っている。


「……この子は違うと言っているようですけど」

「ソンナコトハナイデス」

「何故片言……」


 しばらくの間、ラトーニァはそうやって尾に隠れたままであった。



 結局、ラトーニァは昼食の時間になるまでずっとそのままであった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠
恋愛
魔法や獣人などが混在する世界。 ハッピーエンドの裏側で苦しむ『悪役令嬢』はヒロインから人以下の証を貰う。 物として運ばれた先で出会う本筋とは相容れないハッピーエンドへの物語

【完結】愛する人が出来たと婚約破棄したくせに、やっぱり側妃になれ! と求められましたので。

Rohdea
恋愛
王太子でもあるエイダンの婚約者として長年過ごして来た公爵令嬢のフレイヤ。 未来の王となる彼に相応しくあろうと、厳しい教育にも耐え、 身分も教養も魔力も全てが未来の王妃に相応しい…… と誰もが納得するまでに成長した。 だけど─── 「私が愛しているのは、君ではない! ベリンダだ!」 なんと、待っていたのは公衆の面前での婚約破棄宣言。 それなのに…… エイダン様が正妃にしたい愛する彼女は、 身分が低くて魔力も少なく色々頼りない事から反発が凄いので私に側妃になれ……ですと? え? 私のこと舐めてるの? 馬鹿にしてます? キレたフレイヤが選んだ道は─── ※2023.5.28~番外編の更新、開始しています。 ですが(諸事情により)不定期での更新となっています。 番外編③デート編もありますので次の更新をお待ちくださいませ。

皇帝陛下!私はただの専属給仕です!

mock
恋愛
食に関してうるさいリーネ国皇帝陛下のカーブス陛下。 戦いには全く興味なく、美味しい食べ物を食べる事が唯一の幸せ。 ただ、気に入らないとすぐ解雇されるシェフ等の世界に投げ込まれた私、マール。 胃袋を掴む中で…陛下と過ごす毎日が楽しく徐々に恋心が…。

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

私に用はないのでしょう?

たくわん
恋愛
サクッと読める短編集

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

処理中です...