【完結】妹に婚約者を奪われた傷あり令嬢は、化け物伯爵と幸せを掴む

月(ユエ)/久瀬まりか

文字の大きさ
2 / 18

2 お茶会の出来事

しおりを挟む

 それは婚約が決まってからひと月ほど過ぎた頃のことだ。カイヤは相変わらず拗ねていて、私とは口もきかなかったのだが、ある日急ににこやかに話しかけてきた。

「お姉さま、私、もうアルヴィ様のことは諦めたわ。今までふてくされていてごめんなさい。今日は、仲直りをしたいの。人気のお店にケーキを買いに行かせたのよ。一緒にお茶でもいかが」
「まあ、カイヤ……」

 初めて、カイヤからこんな嬉しい言葉を聞いた。

 物心ついた頃から今まで、私は家族から愛を感じたことがなかった。義母はいつも私には冷たく、カイヤにだけ優しい。抱きしめてもらった記憶もない。幼い時は義母と血が繋がっていないことを知らなかったので、どうして私だけ……と悩んだものだ。ある日お喋りな侍女からそのことを教えられ、その時初めて、ああそうだったのかと腑に落ちたのだ。

 義母の態度を見て育ったカイヤは私を姉とも思わぬ態度を取るようになり、わがまま放題になった。欲しいものはすべて私から取り上げていく。そんなカイヤを可愛いと思えるはずもなかった。


 だけど今、カイヤから歩み寄ってくれたのだ。私は喜び、カイヤの部屋へ向かった。テーブルにはスコーンやペイストリー、それになめらかな生クリームに飾られたパイが鎮座していた。

「カフェで人気のバノフィーパイね! バナナとタフィーソースがたっぷり入った……」
「ええそうよ。お姉さまに食べさせたくて」

 義母も部屋に入ってきて、席についた。彼女も満面の笑顔だ。怖いくらいに。

「二人が仲良くしてくれて嬉しいわ。リューディア、今日はカイヤがお茶を淹れると張り切っているのよ」

 そう言って義母は侍女を下がらせた。

(アルヴィ様の件でいろいろ思い悩んで、カイヤも大人になったのかもしれないわ。ありがとう、カイヤ。私のほうがいつまでも子供じみていたのね……ごめんなさい。これからは二人きりの姉妹として仲良くしていきたいわ)

 ぎこちない手つきでポットから紅茶を注ぎ、そろそろと運んでくるカイヤ。なんだか手が震えている。あっと思った時にはカップが滑り落ち、ガシャン!と音を立てて床で割れてしまった。

「ああっ、どうしよう、ごめんなさい」
「だめよ、カイヤ! 自分で拾ったら怪我をするわ」

 慌てて拾おうとするカイヤを止め、侍女を呼ぼうと席を立った時、カイヤが痛いっ!と声を上げた。

「大丈夫、カイヤ? 手を切ってしまったの?」

 私はしゃがみ込んでカイヤの怪我の具合を見ようとした。するとカイヤが勢いよく振り向いて――

「あっ……!」

 次の瞬間、私は右の頬に焼け付く痛みを感じた。思わず後ずさり、体勢を崩して尻餅をつく。

(なに? 今、何が起こったの……?)

「お姉さま! 大丈夫?」

 カイヤが私の顔をのぞき込んでいる。でも目が笑っている気がするのはどうしてなんだろう。ああ、そして考えたくはないけれどこの頬の痛みは……まさか……。

 その時、視界の端に私のドレスの胸元が映った。右側にポタリと落ちた赤い染みがどんどん広がっていく。

「大変! リューディアが怪我をしたわ! 誰か来てちょうだい!」

 義母の大声が響く。私は痛みと恐怖で動けなくなり、そのまま気を失ってしまった。

 気が付いた時には私はベッドの上だった。右の頬がズキズキと痛む。ガーゼが当てられ、頭まできっちりと包帯が巻かれているようだ。

(私の顔……切られたの?)

 確かめるのが怖い。でも聞かなければ。そっと左手を伸ばし、呼び鈴を鳴らして侍女を呼んだ。

「お目覚めになりましたか、リューディア様」
「ねえ、私……どうしたの?」
「右の頬に怪我をなさいました。気を失ったのは、血を見たショックからだろうと先生はおっしゃっています」

 いつものことではあるけれど、事務的にしか喋らない侍女は、私のことを心配など全くしていないのだろう。

「私を切ったのは……カイヤなの?」

 恐る恐る聞いてみた。私の記憶では、カイヤが振り向きざまに私の頬をカップの破片で切ったのだ。

「違います」
「違う?」
「はい。リューディア様は落として割れたカップを拾おうとしてバランスを崩し、欠片の上に転倒なさったのです。それで頬に裂傷を負い、出血のショックで気を失われました」
「ちょっと待って! 違うわ! カップを落としたのはカイヤよ! そして、拾った欠片で私を切りつけたのよ!」

 すると侍女は軽蔑しきった顔で私を睨み付けてきた。

「奥様が全て見ていらっしゃいました。リューディア様はカイヤ様が淹れたお茶をまずいと仰って、カップをガシャンとソーサーに置いて……それで勢い余ってカップが下に落ちて割れたのだそうです」

 私は開いた口が塞がらなかった。なぜそんな嘘をこの侍女は信じているの?

「リューディア。起きたのですか」

 義母が部屋に入ってきた。私は縋るような気持ちで彼女に訴える。

「お義母さまは見ていらしたでしょう? カイヤが……」
「リューディア、もう嘘はやめてちょうだい」
「え……?」
「あなたはせっかくのカイヤの真心を無下むげにしたのよ。紅茶がまずいと言われて、あの子はショックだったと思うわ。あなたの怪我は自業自得です、自分で落としたカップの上に転んだのだから。それなのに、優しいあの子はあなたのことを心配して食事も喉を通らないの。かわいそうに……」

 私は、もう何も言い返す気力がなくなった。これは仕組まれたことだったのだ。私の顔に傷をつける目的で。

(リューディアに落ち度がなければ婚約を変更などできない)

 父のあの言葉を聞いたカイヤは、私にを作ることにしたのだ。顔に傷のある令嬢では結婚なんてできないのだから。



しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

顔がタイプじゃないからと、結婚を引き延ばされた本当の理由

翠月 瑠々奈
恋愛
「顔が……好みじゃないんだ!!」  婚約して早一年が経とうとしている。いい加減、周りからの期待もあって結婚式はいつにするのかと聞いたら、この回答。  セシリアは唖然としてしまう。  トドメのように彼は続けた。 「結婚はもう少し考えさせてくれないかな? ほら、まだ他の選択肢が出てくるかもしれないし」  この上なく失礼なその言葉に彼女はその場から身を翻し、駆け出した。  そのまま婚約解消になるものと覚悟し、新しい相手を探すために舞踏会に行くことに。  しかし、そこでの出会いから思いもよらない方向へ進み────。  顔が気に入らないのに、無為に結婚を引き延ばした本当の理由を知ることになる。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

[完結]婚約破棄ですか? 困りましたね。え、別の方と婚約? どなたですか?

h.h
恋愛
未来の妃となるべく必死で努力してきたアリーシャ。 そんなアリーシャに婚約破棄が言い渡される。アリーシャが思ったのは、手にした知識をこれからどう活かしていけばいいのかということだった。困ったアリーシャに、国王はある提案をする。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました

Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。 「彼から恋文をもらっていますの」。 二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに? 真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。 そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~

夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。 ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。 嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。 早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。 結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。 他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。 赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。 そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。 でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。

嘘が愛を試す時 〜君を信じたい夜に〜

月山 歩
恋愛
サラとマリウス・ハンプトン侯爵夫婦のもとに、衝撃的な告白を携えた男が訪れる。「隠れてサラと愛し合っている。」と。 身に覚えのない不貞の証拠に、いくらサラが誤解だと訴えてもマリウスは次第に疑念を深めてゆく。 男の目的はただ一つ、サラを奪うこと。 *こちらはアルファポリス版です。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

処理中です...