3 / 18
3 絶望と希望
しおりを挟むそれからは、全てが私の預かり知らぬところで進んでいった。実際、私は傷口が癒えるまで外に出ることはできなかったし、出る気にもなれなかった。
そしてその間に私とアルヴィ様の婚約は解消され、新たにカイヤとの間で契約し直された。仕事の関係もあって、どうしても両家の縁を結ぶことが必要だった今回の婚約。それでも、私は憧れのアルヴィ様と婚約できて嬉しかったし、彼も私に好感を持ってくれていると自惚れていた。だけど、アルヴィ様にとって私なんて、『ハーヴィスト家の娘』である以外になんの意味もない存在だったのだと思い知らされた。彼には、リューディアだろうとカイヤだろうとどちらでも良かったのだ。
窓の下でカイヤのはしゃぐ声が聞こえる。
「アルヴィ様、ようこそおいで下さいました」
今日はアルヴィ様を招いてのお茶会だそうだ。中庭にテーブルを設えてもてなしている。今の季節、たくさんの花に囲まれて美しい中庭。私も、あそこでお茶会をするつもりだったのに。
「絶対に部屋から出てこないでよ」
さっきカイヤがわざわざ私の部屋にやってきてそう言っていた。
「彼に、嫌な思いさせたくないから。醜い顔の元婚約者なんて会いたくもないでしょうし」
派手なドレスを着て、茶色の巻き毛に大きなリボンを飾っているカイヤは、趣味の悪い着せ替え人形のようだ。そんなことを考えながらじっと見ていると、彼女は苛立たし気に顔をしかめた。
「ああ嫌だ。辛気臭いわね。怪我してからずっと黙ったまんまで、暗くて鬱陶しいわ。こんな小姑がいたらアルヴィ様も息苦しいだろうから、私が結婚するまでにはこの家から出て行ってね」
そう言ってフンと鼻を鳴らすとドアをバタンと閉めて部屋を出て行った。
(出て行けるものなら今すぐにでも。だけどこの顔では……)
私はそっと手鏡で顔を見る。傷はすっかり塞がったが、赤く醜い跡が小鼻から耳に向かって残っている。傷が深くて神経を傷つけたのか、右側の口元が歪んでしまった。美しいと言われていた微笑みはもう戻らない。
(私はずっとこのままこの部屋で過ごすのかもしれない……)
まだ十六歳。なのに、私の人生は始まる前に終わってしまった。庭から響いてくるカイヤの笑い声を聞きながら、私は声を殺して泣いた。
ある日、滅多に部屋に入ってこない父が私を訪れた。
「リューディア、いい話があるぞ」
ベッドの上で本を読んでいた私は顔を上げた。すると父は私の傷口に目をやり、すぐに逸らした。まるで見てはいけない何かを見たかのように。
「何のお話ですか? お父さま」
「実はな、お前に縁談がもちこまれたのだ」
(ええっ? 私に?)
何の冗談だろう。わざわざこんな傷のある娘を貰いたいだなんて。
「ユリウス・オウティネン辺境伯だ。噂は聞いたことあるだろう」
もちろん聞いたことはある。オウティネン家は古くから武に優れた家柄で、王家からの信頼も厚いという。しかし一番の噂は、彼の顔がとても醜いということだ。醜いというより、見たこともないほど恐ろしく不気味で、呪いではないかというもっぱらの噂だ。そのせいで、結婚相手が見つからぬまま25歳を迎えてしまったらしい。
「辺境伯様がなぜ私を……?」
「どの貴族にお見合いを申し込んでも断られるのだと。辺境伯の名に惹かれて会ってみようとする令嬢もいるにはいるのだが、顔を一目見たら逃げ出してしまうらしい。それで、次は我が家に話を持ち掛けてきたのだ。『ご令嬢のどちらかと……』ということだったが、カイヤはもう相手が決まっているからな。お前、会ってみるといい」
その言葉を聞いて私はガッカリした。まただ。また、欲しがられているのは『ハーヴィスト家の娘』という肩書きだけ。私という人間を望んでくれたのではない。
(でも、こんな傷あり娘とお見合いしてくれる人なんて、もういないかもしれない。上手くいけば、家から出られる……?)
きっと最初で最後のチャンスだ。私はそれに賭けることにした。
「お父さま、私、お受けいたします」
「そうか。それがいい。向こうから断られない限り、こちらから断ることはないからな」
(そうね……私の顔を見れば辺境伯様のほうから断ってくるかもしれない。それでも、もしかしたら)
それから一週間後、私は一人で辺境伯様のタウンハウスに向かった。怪我をしてから初めての外出。人の目がとても怖かった。もちろん、馬車での移動だから人に顔を見られることはないのだけれど……それでも怯えてしまう。ストールで髪と頬を包み込み、馬車に乗ろうとした時、後ろからカイヤの声がした。
「お姉さま、いってらっしゃいませ! 化け物伯爵に気に入られるといいですわね」
「まあカイヤ。それは言い過ぎでしょう」
義母がとりあえず、といった感じで娘をたしなめる。
「だって、アルヴィ様も仰ってたわ。オウティネン伯は滅多に夜会に来ることはないけれど、顔を見たことがあるって。本当に化け物じみているんですってよ」
そう言って笑う二人に返事はせず、急いで馬車に乗り込んだ。
馬車は滑るように走り、周りの景色が流れていく。学園に通っていた頃は毎日の通学が大好きだったことを思い出した。
(ああ、こんなにも外に出るのが気持ちの良いことだなんて、忘れていたわ。何ヵ月もあの部屋に閉じこもっていたから)
その間、友達が心配して何度も訪ねて来てくれていたのに、一度も会うことはなかった。傷口も、心の傷もまだ生々しくて、誰にも見せたくはなかったのだ。
(この傷が白く変わっていく頃には……みんなにも会うことができるかもしれない。みんながまだ私のことを友達だと思ってくれていれば、だけど)
やがて王都の中心街に入り、辺境伯様の屋敷に到着した。
53
あなたにおすすめの小説
将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!
翠月るるな
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。
侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。
そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。
私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。
この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。
それでは次の結婚は望めない。
その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。
家を乗っ取られて辺境に嫁がされることになったら、三食研究付きの溺愛生活が待っていました
ミズメ
恋愛
ライラ・ハルフォードは伯爵令嬢でありながら、毎日魔法薬の研究に精を出していた。
一つ結びの三つ編み、大きな丸レンズの眼鏡、白衣。""変わり者令嬢""と揶揄されながら、信頼出来る仲間と共に毎日楽しく研究に励む。
「大変です……!」
ライラはある日、とんでもない事実に気が付いた。作成した魔法薬に、なんと"薄毛"の副作用があったのだ。その解消の為に尽力していると、出席させられた夜会で、伯爵家を乗っ取った叔父からふたまわりも歳上の辺境伯の後妻となる婚約が整ったことを告げられる。
手詰まりかと思えたそれは、ライラにとって幸せへと続く道だった。
◎さくっと終わる短編です(10話程度)
◎薄毛の話題が出てきます。苦手な方(?)はお気をつけて…!
犠牲になるのは、妹である私
木山楽斗
恋愛
男爵家の令嬢であるソフィーナは、父親から冷遇されていた。彼女は溺愛されている双子の姉の陰とみなされており、個人として認められていなかったのだ。
ソフィーナはある時、姉に代わって悪名高きボルガン公爵の元に嫁ぐことになった。
好色家として有名な彼は、離婚を繰り返しており隠し子もいる。そんな彼の元に嫁げば幸せなどないとわかっていつつも、彼女は家のために犠牲になると決めたのだった。
婚約者となってボルガン公爵家の屋敷に赴いたソフィーナだったが、彼女はそこでとある騒ぎに巻き込まれることになった。
ボルガン公爵の子供達は、彼の横暴な振る舞いに耐えかねて、公爵家の改革に取り掛かっていたのである。
結果として、ボルガン公爵はその力を失った。ソフィーナは彼に弄ばれることなく、彼の子供達と良好な関係を築くことに成功したのである。
さらにソフィーナの実家でも、同じように改革が起こっていた。彼女を冷遇する父親が、その力を失っていたのである。
冴えない子爵令嬢の私にドレスですか⁉︎〜男爵様がつくってくれるドレスで隠されていた魅力が引きだされる
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のラーナ・プレスコットは地味で冴えない見た目をしているため、華やかな見た目をした
義妹から見下され、両親からも残念な娘だと傷つく言葉を言われる毎日。
そんなある日、義妹にうつけと評判の男爵との見合い話が舞い込む。
奇行も目立つとうわさのうつけ男爵なんかに嫁ぎたくない義妹のとっさの思いつきで押し付けられたラーナはうつけ男爵のイメージに恐怖を抱きながらうつけ男爵のところへ。
そんなうつけ男爵テオル・グランドールはラーナと対面するといきなり彼女のボディサイズを調べはじめて服まで脱がそうとする。
うわさに違わぬうつけぷりにラーナは赤面する。
しかしテオルはラーナのために得意の服飾づくりでドレスをつくろうとしていただけだった。
テオルは義妹との格差で卑屈になっているラーナにメイクを施して秘められていた彼女の魅力を引きだす。
ラーナもテオルがつくる服で着飾るうちに周りが目を惹くほどの華やかな女性へと変化してゆく。
ヒロインだけど出番なし⭐︎
ちよこ
恋愛
地味OLから異世界に転生し、ヒロイン枠をゲットしたはずのアリエル。
だが、現実は甘くない。
天才悪役令嬢セシフィリーネに全ルートをかっさらわれ、攻略対象たちは全員そっちに夢中。
出番のないヒロインとして静かに学園生活を過ごすが、卒業後はまさかの42歳子爵の後妻に!?
逃げた先の隣国で、まさかの展開が待っていた——
大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる