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2 お茶会の出来事
しおりを挟むそれは婚約が決まってからひと月ほど過ぎた頃のことだ。カイヤは相変わらず拗ねていて、私とは口もきかなかったのだが、ある日急ににこやかに話しかけてきた。
「お姉さま、私、もうアルヴィ様のことは諦めたわ。今までふてくされていてごめんなさい。今日は、仲直りをしたいの。人気のお店にケーキを買いに行かせたのよ。一緒にお茶でもいかが」
「まあ、カイヤ……」
初めて、カイヤからこんな嬉しい言葉を聞いた。
物心ついた頃から今まで、私は家族から愛を感じたことがなかった。義母はいつも私には冷たく、カイヤにだけ優しい。抱きしめてもらった記憶もない。幼い時は義母と血が繋がっていないことを知らなかったので、どうして私だけ……と悩んだものだ。ある日お喋りな侍女からそのことを教えられ、その時初めて、ああそうだったのかと腑に落ちたのだ。
義母の態度を見て育ったカイヤは私を姉とも思わぬ態度を取るようになり、わがまま放題になった。欲しいものはすべて私から取り上げていく。そんなカイヤを可愛いと思えるはずもなかった。
だけど今、カイヤから歩み寄ってくれたのだ。私は喜び、カイヤの部屋へ向かった。テーブルにはスコーンやペイストリー、それになめらかな生クリームに飾られたパイが鎮座していた。
「カフェで人気のバノフィーパイね! バナナとタフィーソースがたっぷり入った……」
「ええそうよ。お姉さまに食べさせたくて」
義母も部屋に入ってきて、席についた。彼女も満面の笑顔だ。怖いくらいに。
「二人が仲良くしてくれて嬉しいわ。リューディア、今日はカイヤがお茶を淹れると張り切っているのよ」
そう言って義母は侍女を下がらせた。
(アルヴィ様の件でいろいろ思い悩んで、カイヤも大人になったのかもしれないわ。ありがとう、カイヤ。私のほうがいつまでも子供じみていたのね……ごめんなさい。これからは二人きりの姉妹として仲良くしていきたいわ)
ぎこちない手つきでポットから紅茶を注ぎ、そろそろと運んでくるカイヤ。なんだか手が震えている。あっと思った時にはカップが滑り落ち、ガシャン!と音を立てて床で割れてしまった。
「ああっ、どうしよう、ごめんなさい」
「だめよ、カイヤ! 自分で拾ったら怪我をするわ」
慌てて拾おうとするカイヤを止め、侍女を呼ぼうと席を立った時、カイヤが痛いっ!と声を上げた。
「大丈夫、カイヤ? 手を切ってしまったの?」
私はしゃがみ込んでカイヤの怪我の具合を見ようとした。するとカイヤが勢いよく振り向いて――
「あっ……!」
次の瞬間、私は右の頬に焼け付く痛みを感じた。思わず後ずさり、体勢を崩して尻餅をつく。
(なに? 今、何が起こったの……?)
「お姉さま! 大丈夫?」
カイヤが私の顔をのぞき込んでいる。でも目が笑っている気がするのはどうしてなんだろう。ああ、そして考えたくはないけれどこの頬の痛みは……まさか……。
その時、視界の端に私のドレスの胸元が映った。右側にポタリと落ちた赤い染みがどんどん広がっていく。
「大変! リューディアが怪我をしたわ! 誰か来てちょうだい!」
義母の大声が響く。私は痛みと恐怖で動けなくなり、そのまま気を失ってしまった。
気が付いた時には私はベッドの上だった。右の頬がズキズキと痛む。ガーゼが当てられ、頭まできっちりと包帯が巻かれているようだ。
(私の顔……切られたの?)
確かめるのが怖い。でも聞かなければ。そっと左手を伸ばし、呼び鈴を鳴らして侍女を呼んだ。
「お目覚めになりましたか、リューディア様」
「ねえ、私……どうしたの?」
「右の頬に怪我をなさいました。気を失ったのは、血を見たショックからだろうと先生はおっしゃっています」
いつものことではあるけれど、事務的にしか喋らない侍女は、私のことを心配など全くしていないのだろう。
「私を切ったのは……カイヤなの?」
恐る恐る聞いてみた。私の記憶では、カイヤが振り向きざまに私の頬をカップの破片で切ったのだ。
「違います」
「違う?」
「はい。リューディア様は落として割れたカップを拾おうとしてバランスを崩し、欠片の上に転倒なさったのです。それで頬に裂傷を負い、出血のショックで気を失われました」
「ちょっと待って! 違うわ! カップを落としたのはカイヤよ! そして、拾った欠片で私を切りつけたのよ!」
すると侍女は軽蔑しきった顔で私を睨み付けてきた。
「奥様が全て見ていらっしゃいました。リューディア様はカイヤ様が淹れたお茶をまずいと仰って、カップをガシャンとソーサーに置いて……それで勢い余ってカップが下に落ちて割れたのだそうです」
私は開いた口が塞がらなかった。なぜそんな嘘をこの侍女は信じているの?
「リューディア。起きたのですか」
義母が部屋に入ってきた。私は縋るような気持ちで彼女に訴える。
「お義母さまは見ていらしたでしょう? カイヤが……」
「リューディア、もう嘘はやめてちょうだい」
「え……?」
「あなたはせっかくのカイヤの真心を無下にしたのよ。紅茶がまずいと言われて、あの子はショックだったと思うわ。あなたの怪我は自業自得です、自分で落としたカップの上に転んだのだから。それなのに、優しいあの子はあなたのことを心配して食事も喉を通らないの。かわいそうに……」
私は、もう何も言い返す気力がなくなった。これは仕組まれたことだったのだ。私の顔に傷をつける目的で。
(リューディアに落ち度がなければ婚約を変更などできない)
父のあの言葉を聞いたカイヤは、私に落ち度を作ることにしたのだ。顔に傷のある令嬢では結婚なんてできないのだから。
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