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4 辺境伯とのお見合い
しおりを挟む屋敷に到着し、馬車から下りた。
もっと広くて豪華な邸宅かと思っていたが、辺境伯には似つかわしくないような、こじんまりとしたお屋敷だった。
入口は三角形のペディメントと円柱で雨風避けが作られ、玄関扉の上には明かり取りのための扇形のフィックス窓が取付けられていた。この窓はファンライトと呼ばれ、近頃流行りのデザインだと聞く。そして一階には上げ下げ窓がシンメトリーに配置されていて、小さいけれどとても美しい建物だった。
部屋にこもって本ばかり読んでいた私は、こうした建築についても多少の知識がついていたのである。
「リューディア・ハーヴィスト様、ようこそおいでくださいました」
屋敷を見上げていた私は、その声にハッと振り向く。そこには、白髪混じりで柔和な微笑みを浮かべた男性が立っていた。
「わたくしは、この屋敷の執事を務めるトピアスと申します。どうぞ、お入りください」
「あ、はい、ありがとうございます」
私は一礼し、トピアスのあとに続いて屋敷の中に入った。ホールを抜けて客間に通され、トピアスは主人を呼ぶために部屋を出て行った。
「ふう……」
一人になると思わずため息が出た。意識してはいなかったけれど、やはり緊張しているみたいだ。
(どんな方が現れるんだろう。お姿はどんなふうでもかまわないけれど、優しい方だと嬉しいな……)
その時、ドアが静かに開いた。そして入ってきたのは、かなり背の高い男性だ。
(この方がユリウス辺境伯様……?)
その男性は背が高いけれど背中が弓なりに曲がっていて、後方に大きく盛り上がっている。髪は一瞬白髪かと思ったのだけれど、よく見ると銀色の髪だ。そして顔は、青黒い痣に左半分を覆われている。両の目は瞼の上に瘤ができて塞がっていて、かろうじて奥のほうに瞳が見えているような状態だ。
(瞳は、真紅……そんな色、初めて見たわ。銀色の髪に赤い瞳だなんて、確かに、人ならざるもののように見えるかも……)
「お待たせいたしました。私が当主のユリウス・オウティネンです」
「初めまして。わたくしはハーヴィスト伯爵が長女、リューディアと申します」
ソファに座るよう勧められ、私たちは向かい合って席についた。トピアスがお茶の支度をして部屋を出て行く。
「――怖くないのですか」
二人きりになると、彼はすぐに尋ねた。
「怖い、と申しますと?」
「私のこの姿です。今まで、いろんな貴族女性とこうして向かい合いましたが、皆私の顔を凝視することができず、すぐに帰ってしまいました。こんな化け物だと思わなかった、と言われたこともあります」
自嘲するような笑いを顔に貼りつけ、彼は目を伏せた。
私にはその気持ちがよくわかる。父も、使用人も、私のこの目立つ傷についつい目がいくらしい。そして、すぐに嫌なものを見たとばかりに目を逸らすのだ。その度に、私は傷の存在を思い知るというのに。
「辺境伯様、失礼を承知で室内でもストールを巻いておりましたが……私の顔も、こうなっているのです」
そう言ってゆっくりと、ストールを外していく。家の外の人間にこの傷を見せるのは初めてだが、やはり見合いの席で隠したままにしておくのはフェアではない。ストールがすべて外れた時、彼がハッと息を飲む気配を感じた。
「縁談のお話しをいただいておきながら、このことを黙って今日訪問したことをお許しください。騙すような形になってしまいましたが、私はどうしてもあの家を出たくて……もし辺境伯様に気に入っていただけたら結婚して家を出られると、そんなあさましいことを考えてしまったのです」
私は俯いて、彼の言葉を待った。こんな令嬢とは縁談は進められない、そう言われるかもしれない。しばらく待ったのち、彼は言った。
「リューディア嬢、顔を上げてください。あなたがあさましいというのなら、私のほうがもっとだ」
驚いて顔を上げると、彼は優しく私を見つめていた。(私にはそう思えた)
「私はオウティネン家を次代へと引き継ぐ宿命がある。だが、今のままでは私の子を産んでくれる女性がみつからない。だから貴族女性に片っ端から手紙を出して、誰でもいいから私と結婚してくれないかと考えていたのだ。だが、その考えは甘かった。誰一人として私を人間として見てくれないし、次第に化け物という噂が広まって会ってくれる女性もいなくなってきた。だからこうして久しぶりに訪問してくれたあなたが、同じように顔に傷を持っていることがわかって……ホッとしてしまった自分がいる。この女性なら、私と結婚してくれるかもしれない、と」
私たちは見つめ合った。お互いの考えていることは同じ。だったら、手を組むべきではないか?
「辺境伯様、もし……」
「リューディア嬢、もし……」
二人の言葉が重なり、私は話を聞くために黙って彼を見つめた。彼が微笑み、口を開く。
「リューディア嬢、もし良かったら私と結婚して私の領地で一緒に暮らしませんか」
「はい、お願いいたします」
こうして、私たちの婚約は出会って十分で決まったのだ。
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