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5 旅立ちの日
しおりを挟むそれから、あっという間に結婚準備は進んでいった。ユリウス様と話し合って結婚式は挙げず、婚姻届を出したらすぐに領地に向かうことにした。
私はようやく学園の友達に連絡を取り、結婚することを知らせた。すると彼女たちはすぐさま私を祝うために訪ねてきてくれた。
「まあ……リューディア……なんてこと……」
初めて私の顔を見た皆は、一様に言葉を失い、泣き出す子も何人かいた。
「おかしいと思っていたのよ。リューディアと婚約していたはずのアルヴィ様がカイヤと婚約したと発表されたし、あなたは学園も辞めてしまったし。いったいどうしてこんなことに?」
私はみんなに真実を打ち明けてしまいたかった。だけど、こんな話が広まってしまってはハーヴィスト家の恥になる。カイヤが真犯人だと吹聴したところで、この傷は元通りにはならないのだ。私は曖昧に笑って、詳細は話さなかった。
「オウティネン様の領地は西の辺境だったわね。遠くて、とても遊びに行けそうにないわ……」
残念そうに皆が言う。馬車で三日かかるオウティネン領には、なかなか訪ねて来られないだろう。
「リューディア、タウンハウスに来た時には知らせてね。またみんなで集まりましょうね」
「ええ、ありがとう。みんなも元気でね」
そんな日はきっと来ない。ユリウス様との話し合いで、王都の社交界には参加しないことを決めている。国王陛下に呼び出される以外で王都を訪れることはないだろう。
この顔を社交界で見せる必要がないと思うと、とても気が楽になった。ユリウス様にはとても感謝している。
そして、ついにこの家を離れる日が来た。明日、私はユリウス様の領地へ向かう。
「お姉さま、明日は化け物伯爵がいらっしゃるんだったわね」
私はムッとしてカイヤをたしなめた。
「カイヤ、失礼なことを言わないで。ユリウス様は穏やかで本当に素晴らしい方よ」
本当はそこまで彼のことを知っているわけではない。結婚と引越しの相談のために何度かユリウス様のお屋敷で顔を合わせた程度だ。だけど、物腰がやわらかで、良い方だな、と感じていた。
「初めて見るから楽しみだわ。アルヴィ様もお誘いしたけど、断られちゃったの。彼と並んでいるところを見たかったわ。きっとアルヴィ様の美しさが引き立ったでしょうね。私もドレスを新調したから彼に見ていただきたかったし」
明日は私の旅立ちの日だというのに、なぜかカイヤがドレスを新調して私はいつものドレスのままだ。長旅だし、着慣れた服のほうがいいから別にかまわないけど。
私は屋敷の中をぐるっと見て回った。きっと、もう戻ってくることはないだろう。ユリウス様に愛想を尽かされて離縁された時には修道院へ行くつもりだ。
普段使われない客間の暖炉の上に飾られた母の絵を私は見上げた。私と同じ髪と瞳の、優し気な母。この絵でしか母を感じることはできないけれど、辛い時はここへ来て、一人でいつまでも眺めていたものだ。
(お母さま、私は明日嫁ぎます。思い描いていた結婚とは形が違うけれど、でもその中でせいいっぱい幸せになれるように努めていきます。どうか、見守っていてください)
翌日、立派な馬車でユリウス様が私を迎えに来てくださった。その立派さに目をむいていた義母とカイヤだが、ユリウス様が降りてくると途端に俯いて笑いをこらえる様子を見せた。カイヤなど、肩を震わせている。
(ひどい。なんて失礼なの)
私は怒りが込み上げてきたが、ユリウス様が父の前で挨拶を始めたので、なんとか気持ちを抑えた。
「ハーヴィスト伯爵、リューディア嬢をお迎えに参りました」
軍の正装に身を包んだユリウス様。背が高くて脚が長い。背中が大きく丸まっていなければ、きっと素晴らしい体格だろう。
「オウティネン伯、この度は我が家の長女をお引き取り下さりありがとうございます」
(お引き取りって、まるで厄介者のような言い方だわ……)
私が父の言葉に呆れていると、ユリウス様はこう仰った。
「彼女は素晴らしい方です。『掃き溜めに鶴』とはこのことですね」
父も義母もカイヤも、彼が言った言葉が外国語だったので意味がわからずポカンとして、でも褒められたのだと勘違いしてニコニコ笑っていた。
けれど、たくさん本を読んでいた私には意味がわかった。『ふさわしくない場所に素晴らしい物がある』ということを彼は言ったのだ。彼らに対して少し溜飲が下がった私は楽しい気持ちになり、彼の前に進み出た。
大きく丸まった背中、瘤のある目元。でも瞳の奥はユーモアと優しさに溢れている。そんなユリウス様は私の手を取り、エスコートしてくれた。
「ではいきましょうか、リューディア嬢」
「はい、ユリウス様。ではお父さま、お義母さま、カイヤ。行ってまいります。どうぞ皆さまお元気で」
私とユリウス様を乗せた馬車が進み始めた、その時。
「お姉さま、お二人とってもお似合いですわ! でもみっともないから私の結婚式には来ないでくださいね!」
屋敷を出発する馬車の窓へと投げつけたカイヤの言葉の、あまりの失礼さに私は腰を浮かせかけたが、ユリウス様はそっと私を押し戻した。
「動いているから立ち上がると危ない。『掃き溜め』の言うことなど気にしないほうがいい」
悠然とかまえるユリウス様の様子に私の怒りも落ち着き、座席にきちんと座り直した。
「そうですね。もう、関係のない人たちですもの」
彼らのことは忘れて、領地までの三日間の旅を楽しく過ごそうと心に決めた。
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