6 / 18
6 別々に?
しおりを挟む領地までの旅の間、ユリウス様はとっても紳士的だった。馬車の中でもいろいろと話題を振ってお喋りして下さったし、私が寝てしまった時にはそっと毛布を掛けて下さった。
宿では別々のお部屋で休んだ。もう婚姻届も提出したし夫婦になっているのだから同じ部屋なのかな……と思っていたけれど。
「一日中馬車の中で揺られて疲れているだろう。ゆっくり休んでくれ」
私は、宿の一番良い部屋に泊めていただき、部屋のお風呂でゆっくりと身体を温めた。
(うーん……疲れたあ。こんなに長い旅は初めてだもの。体がびっくりしちゃってるわ。)
湯の中でうんしょ、と身体を伸ばしたり揉みほぐしたり。身体と一緒に心もほぐれていくような気がした。
思えばこの十六年間、心の休まるときはなかったような気がする。物心ついた頃から私は義母に疎まれていたし、父からは関心を持たれていなかった。義母の言うことを聞く立場の使用人たちは必要なこと以外は私に話しかけることがなかったし、いつも孤独を感じていた。
それでも、祖父母が生きている間は良かった。年に数回訪ねて来てくれる祖父母は、いつもたくさんのお土産を私とカイヤにくれた。亡くなった母の両親だった祖父母は、時々カイヤに内緒でそっと絵本やドレスを贈ってくれることもあった。五年前に祖父母が亡くなってからはそれもなくなり、さらに以前もらったものまでカイヤに奪われてしまったけれど。
(いつも義母の機嫌をうかがわなきゃいけない毎日。それももう、お終いなのね! ユリウス様が本当はどんな方なのかまだわからないけど、今はこの開放感を噛みしめていたい)
そして旅も三日目に入り、そろそろ夕刻を迎える頃。
「リューディア嬢、あの森を超えるとわが領地だ」
見ると鬱蒼と広がる深い森。その中を馬車は進んで行く。
「森の中は暗いのですね。なんだか怖いわ」
「大丈夫。ここには不届き者などいないから。この森が、我らを守ってくれるのだ」
鼻を擦りながら話すユリウス様のお顔がほんの少し得意げに見えたのは気のせいかしら。
やがて森を抜け、豊かな畑を抜けて、暗くなる頃ようやく馬車は止まった。
「ようこそ、私の屋敷へ」
ユリウス様に手を取られ馬車を降りた。そこには、壮大という言葉がふさわしい、お城のような屋敷が建っていた。コーナーピアを持つ塔、入口には大きな紋章が飾られている。赤レンガの壁には紋章付きのテラコッタパネルやメダイヨンが散りばめられ、窓は三連や五連が多い。おそらく、歴史のある、古いお屋敷なのだろう。
「素敵です……本で見たお城の絵にそっくりですわ」
「それはこの屋敷かもしれない。新聞や本に取材されることも多いのだ」
重厚な扉を開け中に入ると、使用人たちが並んで出迎えていた。その中から一人、年嵩の女性が進み出て礼をする。
「お帰りなさいませ、旦那さま、奥さま」
(あっ……奥さまって、私のこと……よね?)
ユリウス様は頷くと、私の背中に手を当て皆に紹介した。
「こちらが今日から私の、つ……妻、になった、リューディア嬢だ。リューディア嬢、この人はヘルガ。私が幼いころから育ててくれた乳母であり侍女長でもある。ちなみにタウンハウスにいるトピアスの妻だ」
「まあ、トピアスさんの? 王都ではトピアスさんにとてもよくしていただきました。ありがとうございます」
「いえいえ、奥さま、当然のことをしたまででございます。トピアスからも、奥さまがとても可愛らしいお方だと聞いておりまして、お会いするのを楽しみにしておりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「いえっ、こちらこそ、よろしくお願いします」
そういえば、さっきからとても自然に会話ができている気がする。この傷を最初はじろじろ見られるんだろうな、と思っていたのだけれどそんな素振りもなく。私は、自分が顔に傷などない、本当に幸せな新妻のような気分になっていた。
その後、私はヘルガに屋敷の中を案内してもらった。最後に案内されたのは私の部屋で、ユリウス様のお部屋とひとつ挟んだ反対側だ。間に挟まれているのはもちろん……二人用の寝室だ。
(子供をもうけるための結婚なんですもの……当たり前よね)
アルヴィ様と婚約が決まった時、私は彼に憧れていたし、好きな人と結婚できるなんて私は幸せ者だ、と思っていた。その夢が破れてしまった今、ユリウス様はいい方だと思うけれども男性として好きかと言われると違うと思う。
(だけど、貴族の結婚って親に決められることがほとんどだわ。性格の悪い人も大勢いるんだから、私は、ユリウス様で本当に良かったと思う。私をあの家から救い出してくれたユリウス様に、早く子供を作ってご恩返ししないと……)
その夜、風呂や着替えを済ませた私は二人用の寝室でユリウス様を待っていた。だがいつまで待っても部屋に入って来ない。すでに真夜中は過ぎている。
(どうしたのかしら……ユリウス様)
彼の部屋に繋がるドアをノックするべき? いやでも、それはとてもはしたないような……。
ドアの前でウロウロしていると、ようやくガチャリとノブの回る音がした。そっと中を覗いたユリウス様は、目の前に私が立っていたので驚いたようだ。
「あっ……! す、すまない、リューディア嬢。そこにいるとは思わず」
「いえ、ごめんなさい、ユリウス様。遅いので呼びに行こうかと思っていたところなのです」
ドアの隙間から滑り込んで来たユリウス様は後ろ手にドアを閉めると、落ち着かない様子でこう言った。
「と、とりあえず……今日は別々に休もうか?」
63
あなたにおすすめの小説
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
【完結】救ってくれたのはあなたでした
ベル
恋愛
伯爵令嬢であるアリアは、父に告げられて女癖が悪いことで有名な侯爵家へと嫁ぐことになった。いわゆる政略結婚だ。
アリアの両親は愛らしい妹ばかりを可愛がり、アリアは除け者のように扱われていた。
ようやくこの家から解放されるのね。
良い噂は聞かない方だけれど、ここから出られるだけ感謝しなければ。
そして結婚式当日、そこで待っていたのは予想もしないお方だった。
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる