13 / 18
13 同じベッドで
しおりを挟む三日間の旅を終えてタウンハウスに着くと、トピアスが出迎えてくれた。
「旦那さま、奥さま。お二人ともなんだか雰囲気が柔らかくなりましたね」
「そ、そうか? そんなふうに見えるか?」
「はい。あちらで充実した日々を過ごされているように見えます」
私は恥ずかしくなって俯いた。きっと顔は赤くなっているはず。
旅の途中で泊まった宿で、相変わらず部屋は別々だったのだけど……お休みのキスは毎晩になったのだ。小鳥のように軽く口づけるだけのキスだけど、それだけでふわりとした気持ちになって嬉しさが込み上げてくる。
「まずは昼食を取ってお休みください。その後、エイネが来ますから、ドレスの打ち合わせを」
トピアスの口から出た初めて聞く名前にキョトンとしていると、ユリウスが教えてくれた。
「エイネはミルカの妻だ。王都で服飾やメイクの勉強をしている。いや、もう勉強という段階ではないな。立派に店を出せるほどの腕前だと聞いている」
「ええっ、ミルカさん結婚してるんですか!」
「私と同い年なんだから、普通はもう結婚しているだろう」
「そっか……そうよね。でも別々に暮らして、寂しくないのかしら」
ユリウスはミルカのほうを振り向いて言った。
「ミルカ、リューディアが質問しているぞ。どうだ? 離れていて寂しいか?」
するとミルカは照れもせずに答えた。
「リューディア様、寂しくはないですよ。僕らは強い愛で結ばれていますから。『会えない時間が愛を育てる』ってやつです」
それを聞いた私たちのほうが照れてしまった。
「さ、さすがミルカ……」
「素敵……」
そういえばトピアスとヘルガも離れて暮らしている。年に何回か、お休みを取って行き来しているとヘルガに教えてもらったことがある。
(みんな、長い時間をかけて愛と信頼を育んでいるのね。私とユリウスもそんなふうになっていけたらいいな)
午後、エイネが屋敷を訪れた。長い黒髪をキリリと纏め、キチンとメイクを施したエイネはとても格好いい女性だった。見た目も、さっぱりした性格も。
「リューディア様、私の今期の新デザインをたくさん持って来ました。この中で、一番リューディア様に似合うのを見つけましょう」
アシスタントの針子さんを三人引き連れてきたエイネは、領地からついてきた侍女二人も加えてチームを組み、パーティーに向けて大車輪でドレスを仕上げるつもりだ。
「エイネ、金はいくらでも出す。リューディアを一番引き立てる素材を使ってくれ」
ユリウスの言葉にエイネの目が光る。
「その言葉、確かに聞きましたよ? わかりました、後で高いと文句言わないでくださいね」
(そんな、私なんかに勿体ない……)
二人の会話にビビっておたおたしている私に、トピアスがにっこり笑って言う。
「大丈夫ですよ、奥さま。今まで何の贅沢もして来なかった旦那さまのせっかくの申し出です。気にせず、受け取っておけばよいのですよ」
ヘルガとミルカも頷いている。ユリウスの顔を見ると、彼も蕩けそうな笑顔で私を見ていた。
「そうだぞ、リューディア。愛する妻のためにプレゼントをすることに長年憧れていたんだ。遠慮せずに好きなものを選んで欲しい」
「それに、結局それが回り回って僕ら夫婦を潤してくれるんで! ぜひ!」
ミルカの言葉に思わず吹き出してしまった私。
「わかりました。エイネと相談して、ユリウスの隣に立つのに相応しいドレスを作ってもらいますね」
それからは大忙しだった。たくさんのデザインから一つを選び出すことは本当に大変だった。どれもこれも最新で素敵なデザインだったから! 実家では既製服しか与えられなかった私は、オーダーメイドの経験も初めて。採寸も布地選びもすべてが楽しい。
別の日には宝石商がやって来て、目の前にたくさんのアクセサリーを並べて見せてくれた。
「ではここからここまでいただくわ」
なんて、貴婦人ごっこをしてみたくなったぐらい。本当に、夢のような毎日が続いた。
ところで……タウンハウスにいる間、私とユリウスは主寝室で一緒に休むことになった。ここは領地の屋敷のようにたくさんの部屋がないので、全員が休むためにはそうするしかなかったのだ。
(一緒の部屋で寝る……同じベッドで……! ついに、次の段階に……?)
最初の日の夜、ドキドキしながらそう思っていた私だったけれど。こんな時に限ってやってくるものがある。
「ヘルガ……月のものが来ちゃった……」
これでは気になってユリウスの横には寝られない。でも、余分な部屋もベッドもない。
ということで、私はヘルガとミルカが寝る部屋に行き、ミルカのベッドへ。ミルカが、ユリウスと一緒に大きなベッドに寝ることになってしまった。
「ごめんなさい、ユリウス……あなたと一緒に寝たかったのに……」
しょんぼりしてユリウスに謝ると、頭をよしよしと撫でてくれた。
「君の体にとって大切なことなんだから、謝らないで。一緒に眠れる日を待っているから」
そう言って優しくキスをしてくれた。段々と、キスの時間も長くなってきた気がしている。
「ありがとう。お休みなさい……」
私はキスの余韻に浸りながら、ヘルガの隣のベッドで横になったのである。
その頃、主寝室のユリウスとミルカ。
「ああー、まさかお前とダブルベッドに寝る日が来るとは」
「それは俺のセリフだっての。何がかなしゅうて大男二人でベッドに入らなきゃいけないんだ」
「しょうがないだろう、リューディアの体調が最優先なんだから。……ああー、でもやっぱり一緒に寝たかった……」
「今日だけ我慢しろよ。明日からは俺はエイネの家に行くから。うん、最初からそうすりゃよかった」
「いいなあ……」
「ふふん、いいだろう、うらやましいだろう。けど俺はいつもは我慢してるんだからなっ。たまには大目にみろ」
「うん……わかった……いつもありがとう、ミルカ……お休み……」
「お休み、ユリウス」
ミルカは微笑んで明かりを落とし、二人でベッドの陣地を取り合いしながら、やがて眠りの国へ入っていった。
72
あなたにおすすめの小説
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜
腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。
「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。
エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。
婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました
青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。
しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。
「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」
そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。
実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。
落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。
一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。
※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております
大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
王子に買われた妹と隣国に売られた私
京月
恋愛
スペード王国の公爵家の娘であるリリア・ジョーカーは三歳下の妹ユリ・ジョーカーと私の婚約者であり幼馴染でもあるサリウス・スペードといつも一緒に遊んでいた。
サリウスはリリアに好意があり大きくなったらリリアと結婚すると言っており、ユリもいつも姉さま大好きとリリアを慕っていた。
リリアが十八歳になったある日スペード王国で反乱がおきその首謀者として父と母が処刑されてしまう。姉妹は王様のいる玉座の間で手を後ろに縛られたまま床に頭をつけ王様からそして処刑を言い渡された。
それに異議を唱えながら玉座の間に入って来たのはサリウスだった。
サリウスは王様に向かい上奏する。
「父上、どうか"ユリ・ジョーカー"の処刑を取りやめにし俺に身柄をくださいませんか」
リリアはユリが不敵に笑っているのが見えた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる