愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか

文字の大きさ
8 / 13

戦争の終わり

しおりを挟む

 戦況がどうなっているのか、戦地から遠い首都ではすぐには知る事が出来なかった。
 だが一進一退を繰り返しながらも徐々に我が国が優勢になってきているらしい、とベンジャミンが言った。

「ノートルはかなり疲弊してきているようだからな。もしかしたら近いうちに戦争は終結するかもしれない」

「本当ですか、お父様! 早くそうなって欲しいわ」

「そうだな。こちら側にもかなりの被害が出ているのだ。早く終わるにこしたことはない」



 戦いはとうに半年を越え、ケイトは十八歳になろうとしていた。学園の再開は目処が立たず、令嬢達はその若さ美しさを地味なドレスで包み隠し、炊き出しや傷病兵の世話に明け暮れていた。戦地から戻ってきた傷病兵を収容する施設が足りず、教会や貴族の敷地なども提供し看護に当たった。
 だがこちらに戻れた兵士はまだマシである。動けず、戦地に置き去りにされた者も少なくはない。

 毎週張り出される戦死者名簿。それを見に行く瞬間がケイトには一番恐ろしかった。そして名前が無かったことに安堵してから、字の読めないマークにカイルは無事であることを伝えるのである。

「なあケイト。あいつはどうして軍になんか入っちまったんだろう。料理人になっておけばこんなことにならなかったのに……」

 ケイトは胸が痛んだ。ケイトのために軍に入ったのだと知っていたからである。

「親父、そんな事ケイトに言ったってしょうがないだろう。料理人になっていたって、若い奴は徴兵されるんだから関係ない。俺だって、まだ召集されてないだけで今後はわからないんだから」

 ライルがマークを慰めた。小さな子供のいるライルは、召集されたらなおさら辛いだろう。

「おじさん、カイルが無事戻ることを祈ってるわ。戦争なんて早く終わってしまえばいいのに……」





 そしてついにその日が来た。

「ケイト! 戦争は終わるぞ!」

 ベンジャミンが大声を出しながら帰ってきた。玄関ホールに出迎えたケイトは、一瞬信じられなかったがすぐに叫んだ。

「お父様! 本当に? 本当に終わったの?」

「そうだ。ノートルがついに降伏した。今、両国で戦争終結の条件を詰めているところだ」

 ケイトは力が抜け、床にへたり込んだ。

「やっと、終わったの……」

 ベンジャミンが屈み込み、ケイトを抱き締めた。

「そうだ、終わったんだぞ……また元の、平和な世の中が帰ってくる。ブライアンもきっと戻って来るぞ」

「良かった、お父様、本当に……」

 ケイトはベンジャミンに抱きついて泣き続けた。




 その日の夜、アークライト家に突然の訪問者がやって来た。

「旦那様! 第二王子殿下がおいでになりました!」

「何? いきなり? どうなさったんだろう。とにかく、客間にお通ししろ」

 ベンジャミンはすぐにケイトを呼びに来た。

「ケイト、アーサー殿下が来られた」

「えっ、殿下が? もう屋敷にいらしてるのですか?」

「先触れもなく突然にな。急ぎの用事かもしれん。結婚のことだろうか」

「えっ……? そうなのでしょうか」

「わからん。とにかく、急いで客間に来てくれ。服も、そのままでいい。急に来たのだから準備出来ていないことぐらいわかるだろう」

 ケイトはあまりに急過ぎる訪問に不安を覚えた。

「お待たせいたしました、殿下」

「ケイト。突然に済まない。明後日の発表の前にどうしても君に直接話しておきたかったのだ」

「発表とは……?」

「明後日、ノートルとの和約が正式に発表される。バーリストンは守られ、我が国はノートル側の領土を大幅に獲得することになった。ノートルの王は退位し、王太子が代わりに即位する」

「では、我が国の勝利ということで間違いないのですね」

「ああ。そして、今後このようなことを繰り返さないためにも、ノートルの王女を我が王室に迎え入れることになった。実質的な人質だ」

 ケイトはおや、と思った。今の王室には結婚出来る年齢の王子はアーサーしかいない。

「つまり……私との婚姻だ」

 ケイトはアーサーの顔を見た。とても辛そうだが何かを決意した男の顔をしていた。

「すまない、ケイト。君に結婚を申し込んでおきながらこんなことになってしまった」

「いえ、殿下! そんな……」

「あの時は、誰に反対されようとも君への想いを貫こうと決心していた。しかし、状況が変わった。戦争が起こり、多くの兵士や国民の血が流れた。なんとか勝利することは出来たが、我が国もかなりの犠牲を払ったのだ」

 ケイトは頷きながら聞いていた。

「両国の間にこれ以上の争いを起こさないために私が役に立つことがあるのならば、やらなければならない。それが王族の務めだ」

「ノートルの王女様にはお会いした事があるのですか?」

「私は社交界にはまだ出ていないから面識はない。十六歳だと聞いているから二つ下になるな。だがどんな女性であれ、私が結婚するしかないのだ」

 アーサーはケイトの手を取った。

「君を愛している。それは本当だった。だが私は王子としての務めを果たさなければならない。最後に、私の口からそれを告げたかったのだ」

「殿下、わざわざ私のためにいらして下さったのですね……ありがとうございます」

 ふふっ、とアーサーは微笑んだ。

「君は最後まで私を殿下としか呼んでくれなかったな。アーサーと呼んでもらえる日を待ち望んでいたが、今となっては叶わぬ夢だ。ケイト、君は君の愛する人と結婚してくれ」

「殿下……!」

「もう学園に戻ることもない。いつかまた、社交界が復活したら会えるかもしれないが、今は……お別れだ」

 アーサーはケイトの手の甲に口づけると、サッと身を翻して部屋を出て行った。




 二日後、アーサーの言った通りノートルとの和約が発表された。驚いたことにノートル王家との婚姻はアーサーだけでなく、ノートルの第二王子とミレーヌの間にも結ばれていた。

「お父様! これはどういうことなの?」

「第二王子も人質だ。ミレーヌがノートルに嫁ぐのではなく、第二王子が我が国に来ることになっている。実は昨日この話を決める時に公爵令嬢であるミレーヌとケイトのどちらかと婚姻させるという話になった。王室には適齢の王女がいないのだ」

 昨日、ベンジャミンは王宮での和約案の最終確認に参加していたのだ。

「敗戦国の王子と結婚させるのなら平民の子でいいではないか、という意見が出た。だが私が声を上げる前にシェルダンがこう言ったよ」

『敗戦国だからと見下すような態度を取れば、いずれ禍根となってしまう。我がシェルダン家の長女ミレーヌは賢い娘だ。きっと両国の橋渡しとなる。そして我が国の利益になるよう上手く立ち回ることが出来るだろう』

「その一言でミレーヌに決まったのだ」

(そんな。私が平民の子だからミレーヌが犠牲に……!)


 翌日の炊き出しでミレーヌを見つけたケイトはすぐに走り寄った。

「ミレーヌ!」

「あらケイト。何を大きな声出しているのかしら」

「ミレーヌ、あなたノートルの第二王子と……私のためにあなたが……!」

 ミレーヌは呆れた顔をしてケイトを見た。

「あなたったら、随分と自意識過剰ね。どうして私があなたのために第二王子と結婚しなければならないの。言ったでしょう。私は幼い頃から王族に嫁ぐべく教育を受けてきたの。それを生かすことが出来るのだから願ってもない話だわ」

「でも、ミレーヌ……」

「それに、あなたみたいに平民育ちで頭がお花畑の人が、こんな重大な婚姻、出来る訳ないでしょう。王子が心を許すよう導きながら、自分は心を許さないようにしなくてはならないのだから」

 確かに、ケイトは思ったことがすぐ顔に出てしまう。ミレーヌの言うようなことが出来るとは自分でも思えない。

 唇を噛み、何も言えなくなっているケイトにミレーヌがいつもより優しい声で言った。

「それにね、私は好きな方とはもう結ばれることはないの。だから、他の誰と結婚しても同じだわ。あなたはそうではないのでしょう? その方は手の届くところにいるんじゃない?」

「えっ……」

「だったら、思い切り手を伸ばしなさい。貴族社会で、好きな人と結ばれることはほとんど無いわ。もしもチャンスがあるのなら、絶対に諦めては駄目」

「ミレーヌ……あなたの好きな方って……」

「……王太子殿下よ。幼い頃からずっと憧れていたわ」

 ミレーヌはそれきり何も言わなかった。

 ミレーヌの気持ちが伝わり、ケイトは胸が締めつけられた。

「ありがとう、ミレーヌ……」

「だから、あなたにお礼を言われる筋合いはないって言ってるでしょう。泣くのはやめなさい」

 ミレーヌはケイトの頬を軽く叩くと、仕事に戻って行った。いつの間にか炊き出しに並ぶ人が集まる時間になっており、ケイトも忙しく立ち働くことに専念した。


「なあケイト、この炊き出しはいつまでやるんだい? もう戦争は終わったんだろう?」

 マークがやって来て尋ねた。

「マークおじさん、それでもまだ兵士は帰ってきていないし、町にもお腹を空かせた人はたくさんいるわ。あとひと月くらいは続けたいのだけど、いいかしら?」

「俺は構わないがな、ライルはそろそろ店の方に戻そうと思うんだよ」

「ええ、もちろん。元の生活に戻れる人はどんどん戻していかなくてはね。ライル、今まで本当にありがとう」

「まあ俺達もな、客も来ないし店を開けていてもしょうがなかったから、こうして炊き出しに雇ってもらえて随分と助かったよ。こちらこそありがとう、ケイト」


 町は戦勝ムードで賑わいを取り戻していた。戦地から兵士が帰ってくる度に、皆が喜んで迎えた。

 だがブライアンもカイルも、一向に戻って来なかった。

(どうしたんだろう。そろそろひと月になるというのに)

 そして、ある日ケイトは、戦死者名簿にカイルの名前を見つけた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

もう捕まらないから

どくりんご
恋愛
 お願い、許して  もう捕まらないから

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。 まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。 だが、彼女は言った。 「私は、死にたくないの。 ──悪いけど、付き合ってもらうわよ」 かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。 生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら 自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。

頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして

犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。 王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。 失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり… この薔薇を育てた人は!?

私、女王にならなくてもいいの?

gacchi(がっち)
恋愛
他国との戦争が続く中、女王になるために頑張っていたシルヴィア。16歳になる直前に父親である国王に告げられます。「お前の結婚相手が決まったよ。」「王配を決めたのですか?」「お前は女王にならないよ。」え?じゃあ、停戦のための政略結婚?え?どうしてあなたが結婚相手なの?5/9完結しました。ありがとうございました。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜

ぐう
恋愛
アンジェラ編 幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど… 彼が選んだのは噂の王女様だった。 初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか… ミラ編 婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか… ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。 小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

私との婚約は、選択ミスだったらしい

柚木ゆず
恋愛
 ※5月23日、ケヴィン編が完結いたしました。明日よりリナス編(第2のざまぁ)が始まり、そちらが完結後、エマとルシアンのお話を投稿させていただきます。  幼馴染のリナスが誰よりも愛しくなった――。リナスと結婚したいから別れてくれ――。  ランドル侯爵家のケヴィン様と婚約をしてから、僅か1週間後の事。彼が突然やってきてそう言い出し、私は呆れ果てて即婚約を解消した。  この人は私との婚約は『選択ミス』だと言っていたし、真の愛を見つけたと言っているから黙っていたけど――。  貴方の幼馴染のリナスは、ものすごく猫を被ってるの。  だから結婚後にとても苦労することになると思うけど、頑張って。

【完結】義妹に全て奪われた私。だけど公爵様と幸せを掴みます!

朝日みらい
恋愛
リリアナは美貌の義妹イザベラにすべてを奪われて育ち、公爵アルノーとの婚約さえも破棄される。 役立たずとされて嫁がされたのは、冷徹と噂される公爵アルノー。 アルノーは没落した家を立て直し、成功を収めた強者。 新しい生活で孤立を感じたリリアナだが、アルノーの態度に振り回されつつも、少しずつ彼の支えを感じ始め――

処理中です...