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ソニアはふらふらとディーノに近づいた。
「だってディーノ、私のこと好きだって言ってくれたわ……結婚しようねって」
「そんなのは子どものよくある戯れ事だろう。それをずっと信じているだなんて頭がおかしいんじゃないか? そもそも君がフィオレンツァ伯爵家を継ぐかもしれないからそう言ってただけなんだから。だけど弟が出来て君はお払い箱になった。もう君は、僕にとって価値がないんだよ」
ディーノに向かって伸ばしたソニアの手を、彼は無情にも払いのけた。その弾みでソニアはよろめき、芝生に膝をついてしまう。
(そんな……ディーノの言葉は本気ではなかったというの……?)
座り込んだソニアの脳裏に、過去の出来事が次々と浮かんできた。
屋敷が隣同士だったため幼い頃から一緒に遊んできたソニアとディーノ。母が死んだ時にはずっと傍にいて慰めてくれた。義母に辛く当たられている時も、彼の存在だけが癒しだったのだ。
『いつか僕は立派な騎士になって、君と結婚する。そして君を幸せにするから』
ディーノはずっと、ソニアにそう言っていた。だからソニアはその言葉を信じ、心の支えにしてきたのだ。ディーノが学園に通う年齢になり滅多に会うことがなくなっても、ずっと。
ソニアは学園に通うことはなかった。『女子は勉強などする必要がありません』という義母のひと言でそう決められたのだ。だから学園でディーノに会うという望みも叶わなかった。
そのためソニアは毎週、寄宿舎で暮らすディーノに手紙を送った。最初の頃一度だけ、返事が来た。そこには、必ず君を迎えに行くから信じて待っていてくれと書かれてあった。ソニアはその手紙をオルゴールの一番奥に大事にしまい込み、辛い夜には取り出して眺めて過ごした。いつかきっとディーノがここから連れ出してくれる。それまでの我慢なのだと言い聞かせていた。
やがて妹が、続いて弟が生まれたことにより唯一の味方であった父も義母側についた。跡継ぎを産んだ義母は気弱な父よりも屋敷内で大きな権力を得たのである。
(ディーノ……早く私をここから救い出して……)
三歳年上のディーノが18歳になって学園を卒業するまであと半年。ソニアはそれを心待ちにしていた。しかし、その時に突然持ち上がったのがリカルドとの縁談だ。
「そんな……私には想う方がいるのです」
そう言ってみたものの、『あなたには拒否する権利などありませんよ』という義母のひと言でソニアの夢見る未来は砕かれた。
(私はディーノのことが好きなのに……顔を見たこともない、十も歳の離れた方に嫁ぐなんて)
しかし義母の言う通りソニアには何の力もなく、あっという間に嫁ぐ日取りが決められた。王都から出たこともないのに、遠い辺境の地に一人で向かわねばならない。
(お願いディーノ、どうか今すぐ迎えに来て)
寄宿舎へ手紙を送ったが、返事は無かった。まだ学生の身であるディーノには自分を救い出す手だては無いのだとソニアは絶望した。
(この身体はディーノのもの。せめて、清い身体のまま死ぬことができたら……)
あの夜、リカルドと床を共にすることを拒否したのは強い覚悟の末だった。新婚の妻が閨を拒否するのは夫を侮辱すると同じというこの時代。怒った夫に打ち据えられ最悪殺されたとしても、夫が咎められることはないのだ。
だからリカルドが激昂したりせず丁重に扱ってくれたのは、予想外に幸運なことであった。子の出来ぬまま三年経てば離縁を申し出ることができる。その頃にはディーノも立派な騎士になり、ソニアを迎えに来てくれるはずだ。
ソニアは純潔を守ったままステッラで穏やかに日々を過ごしていった。時折良心がチクリと痛むけれど、それよりもディーノへの思慕が勝っていた。だからその痛みには目をつむっていた。
「だってディーノ、私のこと好きだって言ってくれたわ……結婚しようねって」
「そんなのは子どものよくある戯れ事だろう。それをずっと信じているだなんて頭がおかしいんじゃないか? そもそも君がフィオレンツァ伯爵家を継ぐかもしれないからそう言ってただけなんだから。だけど弟が出来て君はお払い箱になった。もう君は、僕にとって価値がないんだよ」
ディーノに向かって伸ばしたソニアの手を、彼は無情にも払いのけた。その弾みでソニアはよろめき、芝生に膝をついてしまう。
(そんな……ディーノの言葉は本気ではなかったというの……?)
座り込んだソニアの脳裏に、過去の出来事が次々と浮かんできた。
屋敷が隣同士だったため幼い頃から一緒に遊んできたソニアとディーノ。母が死んだ時にはずっと傍にいて慰めてくれた。義母に辛く当たられている時も、彼の存在だけが癒しだったのだ。
『いつか僕は立派な騎士になって、君と結婚する。そして君を幸せにするから』
ディーノはずっと、ソニアにそう言っていた。だからソニアはその言葉を信じ、心の支えにしてきたのだ。ディーノが学園に通う年齢になり滅多に会うことがなくなっても、ずっと。
ソニアは学園に通うことはなかった。『女子は勉強などする必要がありません』という義母のひと言でそう決められたのだ。だから学園でディーノに会うという望みも叶わなかった。
そのためソニアは毎週、寄宿舎で暮らすディーノに手紙を送った。最初の頃一度だけ、返事が来た。そこには、必ず君を迎えに行くから信じて待っていてくれと書かれてあった。ソニアはその手紙をオルゴールの一番奥に大事にしまい込み、辛い夜には取り出して眺めて過ごした。いつかきっとディーノがここから連れ出してくれる。それまでの我慢なのだと言い聞かせていた。
やがて妹が、続いて弟が生まれたことにより唯一の味方であった父も義母側についた。跡継ぎを産んだ義母は気弱な父よりも屋敷内で大きな権力を得たのである。
(ディーノ……早く私をここから救い出して……)
三歳年上のディーノが18歳になって学園を卒業するまであと半年。ソニアはそれを心待ちにしていた。しかし、その時に突然持ち上がったのがリカルドとの縁談だ。
「そんな……私には想う方がいるのです」
そう言ってみたものの、『あなたには拒否する権利などありませんよ』という義母のひと言でソニアの夢見る未来は砕かれた。
(私はディーノのことが好きなのに……顔を見たこともない、十も歳の離れた方に嫁ぐなんて)
しかし義母の言う通りソニアには何の力もなく、あっという間に嫁ぐ日取りが決められた。王都から出たこともないのに、遠い辺境の地に一人で向かわねばならない。
(お願いディーノ、どうか今すぐ迎えに来て)
寄宿舎へ手紙を送ったが、返事は無かった。まだ学生の身であるディーノには自分を救い出す手だては無いのだとソニアは絶望した。
(この身体はディーノのもの。せめて、清い身体のまま死ぬことができたら……)
あの夜、リカルドと床を共にすることを拒否したのは強い覚悟の末だった。新婚の妻が閨を拒否するのは夫を侮辱すると同じというこの時代。怒った夫に打ち据えられ最悪殺されたとしても、夫が咎められることはないのだ。
だからリカルドが激昂したりせず丁重に扱ってくれたのは、予想外に幸運なことであった。子の出来ぬまま三年経てば離縁を申し出ることができる。その頃にはディーノも立派な騎士になり、ソニアを迎えに来てくれるはずだ。
ソニアは純潔を守ったままステッラで穏やかに日々を過ごしていった。時折良心がチクリと痛むけれど、それよりもディーノへの思慕が勝っていた。だからその痛みには目をつむっていた。
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