機械仕掛けの最終勇者

土日月

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第?章 神界最強の刃 その一

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 果てのない水平線に、透き通る湖面。輝久は、またしてもヴァルハラにいた。

 ティアの名を叫ぼうとしたが、いつもとは周囲の様子が違うことに気付いて言葉を無くす。

 輝久は、美しい湖面より十数メートル上空から、ヴァルハラを俯瞰していた。

「何だ、これは……」 

 そう呟いた自身の声にも違和感を覚える。老人のように、しゃがれた声だった。目線を下げれば、皺だらけかつ、半透明な自身の手が見える。

 更に上空から、湖面を見下ろして驚愕する。鏡のように透き通る水面に映っていたのは、アルヴァーナで着ていたフード付きの服をまとった、仙人のように老いぼれた自分だった。その姿はまるで、六万回以上繰り返した世界を、ずっと生き続けてきたかのよう。

 戸惑う輝久の耳に、突然――。

「マジかよ……!! お、俺……死んだのか……!!」

 そんな声が聞こえた。輝久は上空から、声のした方向を窺い、絶句する。

 そこには、見慣れた若い自分が佇んでいた。此処が何処かも分からずに狼狽えて、途方に暮れている。

(これは、一体……!)

 ティアの体が光の渦になり、自分はヴァルハラごと飲み込まれた。ティアはあの時、これが最後の世界だと言っていたが、今は何事もなかったかのようにヴァルハラが復活している。

(時が戻った、のか?)

 瞬間、老いた輝久は、恐ろしいことに気付いてしまう。

 ならばどうして、自分の意識がまだ此処にある!? まさか、精神が肉体から分離してしまったというのか!? 記憶だけが、取り残されて!!

 自らが分離した思念体だと悟った輝久は、改めて上空から若き自分を見下ろした。

(あそこにいるのは、交通事故で死んだ直後の、無知で愚かな自分! ティアのことも、戴天王界の覇王達に対する知識も何もない!)

 前回、前々回の世界では奇跡が起こった。六万回以上繰り返した世界を、輝久は覚えていたのだ。覇王を倒すことはできなかったが、対策を練ることができた。

(なのに! これでは振り出しではないか!)

 やがて、湖面に古びた扉が出現した。白煙と共に扉から、女神が現れる。

「草場輝久さんデスネ。私はマキ。アナタの担当女神デス」

 何も知らない若い自分にウィーン、ガシャンと機械音を出しながら近付く。メイド服に銀髪。光沢のある肌は、まるでロボットのようだった。

「ティアじゃない……!」

 老いた輝久は愕然と呟く。思念体だが、肉体のあった時の記憶が色濃く残っているせいか、呼吸が激しくなる。

「草場輝久サン。どうしテ、アナタは泣いテいるのデスか?」
「あ、あれ。何でだろ?」

 老いた輝久は、そんな二人の会話を失意の底で聞いていた。何も知らない筈の若き自分が、不意に涙を落としたのは、魂にほんの微かに残った記憶だろう。扉から出てきた女神が、ティアとは違うことを魂で感じて、悲しくなったに違いない。

(だが、その程度の記憶では、覇王達を倒せない!)

 輝久は絶望していた。ティアの望み通り、女神再誕は確かに行われた。マキという名の幼い女神は、ティアが生まれ変わった姿なのだろう。しかし、若い自分と同様に、彼女もまたティアとしての記憶がないようではないか。更に、二人に記憶がないだけではない。ティアが自決に使った神剣ラグナロクすら消えてしまっている。

「失敗……失敗だ……! ティアの命まで懸けたのに……!」

 歯を噛み締めて、そう独りごちる。そんな輝久の気持ちなど知らず、マキという女神と若い輝久は、くだらない話をした後、散歩でもするような呑気さでアルヴァーナへと向かった。



 老いた輝久の絶望は続く。二人がアルヴァーナに降り立つや、すぐさま覇王が出現した。

 アルヴァーナ上空から、その覇王を見下ろして、老いた輝久の全身が震える。

「不死公ガガ……!」

 繰り返す世界で、一つ前の世界と同じ覇王が連続して出現することは稀にあった。だが、よりによってガガとは! ティアの神撃マキシマム・ライトすら通じなかった完全無敵、不死の怪物! 万に一つも、勝ち目はない!

 老いた輝久の体を漆黒の絶望が包む。しかし……光が暗闇を消し去るように、幼い女神が発光した。五体が分離して、何も知らない輝久へと飛来すると、一際眩く輝く。

 そして、老いた輝久は、ありえないものを目の当たりにする。

(何だ、あの姿は……!)

 メタリックな全身から、白煙が立ち上っている。鏡面のように輝くボディ。フルフェイスの眼部には黒いアイシールドが横一文字に走っている。そのヴィジュアルは、輝久が幼い頃に憧れた特撮ヒーローのようだった。

(まさか!! 合体したのか!? あの女神と!!)

 更に、老いた輝久は気付く。女神と勇者が合体したそのヒーローの胸に、レリーフが掘られていることを。それを見た刹那、老いた輝久の目から涙が零れた。生前のティアの面影が、その彫像から感じ取れたからだ。

「ティア……!」

 上空で老いた輝久が呟く。ほぼ同時に、彫刻の女神の小さな口が開かれた。

『異世界アルヴァーナに巣くう邪悪に会心の神撃を……』

 奏でるようなティアの美しい声は失われ、それは、ただの冷たい機械音に過ぎなかった。それでも、老いた輝久はその言葉から、ティアの意思を感じた。『覇王を倒す、会心の神撃』――あの時、語った夢物語をティアは覚えている。

 女神と合体した勇者が、円を描くように流麗に舞う。涙でにじむ老いた輝久の目に、それは全くの無為に終わったティアの神撃マキシマム・ライト発動前の演舞と重なって映った。

 短い演舞が終わると、ヒーローは不死公ガガを標的に定めるように指さす。

 ティアの冷たい声が草原に響き渡る。

『終わりの勇者――ラグナロク・ジ・エンド』
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