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【外伝】恋愛ドラマの(残念)女王が爆誕した日②
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目をつぶれば、たった今さっき見ていた深夜ドラマのワンシーンが浮かぶ。
困ったような、控えめな笑み。
信じていると言って、じっと相手を見つめる真摯な瞳。
あまりにも印象的な、それ。
決して激しい演技ではなかったはずなのに、それどころかあまりにも自然すぎて演技であることさえ忘れて見入ってしまった。
なによあれ、反則級じゃない?!
なんなのよ、まったく!!
そんじょそこらのヒロインごときじゃ、全然太刀打ちなんてできないじゃないのよ!!
いてもたってもいられなくなったあたしは、すぐさまスマホを手に取る。
コールする相手は、もちろんユカリさんだ。
プルルル……
『もしもし、怜奈ちゃんっ?』
こんな時間だというのに、わずかなコールで相手が出てくれる。
あぁもう、この熱くたぎる思い、今すぐぶちまけたい!
「ユカリさん?ごめんね、こんな夜中に!でもなんかもう、電話せずにはいられなかったの!」
『いいのよ、怜奈ちゃんからなら別に何時でも。それでこの時間ってことは───見たのね?』
興奮したように話しはじめるあたしに、ユカリさんが声を低くしてたずねてくる。
時刻はすでに、深夜の2時近くをまわっていた。
いくらプライベートなことまで話をするような親しい間柄のメイクさんとはいえ、電話をするには失礼な時間だった。
けれどユカリさんには、この興奮をそのまま伝えたかった。
「うん!そうなの、びっくりした!今でもあの控えめなほほえみが、まぶたの裏に焼きついてるっていうか……」
『でしょう?かわいかったでしょ、いかにも健気~って感じで』
「はい!!ヒロインよりもよっぽどヒロインしてました───理緒たんはっ!!」
そう、あたしにとっては衝撃だった。
見はじめたときは、たしかにクソほどイケメンな主人公におどろいたし、その直後の大仰すぎて不自然な演技だとか、ゲストヒロインのムダに大きいおっぱいと棒演技にもおどろかされたけど。
なんなら鼻で笑ってそこで見るのをやめてもおかしくないレベルにひどかったはずなのに、ドラマのエンディングが流れるころには、気がつけば完全に見入っていた。
そう、見入ってしまっていたのよね……。
女優なんていうお仕事をしているせいで、どうしたってほかのお芝居を見ても、同業者目線で見てしまいがちなあたしが、完全に一視聴者になっていたなんて。
気がつけば、完全に理緒たんのピンチに、その笑顔に一喜一憂していた。
それって、あたしのなかではけっこうありえない、大変なことだったりするのよ?!
『ようこそ怜奈ちゃん、ヲタクの世界へ!ささいなことでさえ一喜一憂する……それこそがヲタクにとっては命にも等しい存在、推しというモノよ!』
「これが『推し』……!?」
『そうよ、怜奈ちゃんは理緒たん推しになったのね』
ファンとも似たそれは、たしかに見ているだけで元気をもらえる。
今のあたしにとっての人生のうるおいにして、癒しのもと。
理緒たんのことをかんがえるだけで、昼間監督にダメ出しを受けてヤサグレた心が、ゆっくりと癒されていくような気さえする。
「ていうか、理緒たんのことを思うと、なんだか心拍数があがっていくし、本当にかわいいなって思うのね。なでなでしたいし、すりすりしたいって思うの……もしやこれは恋?!」
まるでひとめぼれでもしたかのよう、こんなうわついた気持ちになったの、いったいいつぶりだろう?
『いいえ、それは萌えという感情よ!もはや言葉にできないような、推しへのたぎる思いを総じて萌えと呼ぶの!』
「なるほど、これがウワサの『萌え』……」
次々とくり出されるヲタクワードに、しかしまったく嫌悪感も忌避感もわかなかった。
むしろ、ようやくぴったりとあてはまる単語を知って、すっきりしたような気持ちにさえなる。
すごいわ、ヲタクの世界って、こんなにもワクワクするものなのね!
これでもお芝居に関してなら、けっこう目は肥えてるつもりだったのよ?
あたしだって、一応プロの女優なんだから。
そのプロの目から見ても、あまりにもしっかりと作り込まれた理緒というキャラクターは、たしかにそこに存在しているように見えた。
でもこれこそが真のヒロイン、理緒たんの存在感というか、力なのだと思う。
大根役者の多いドラマのなかで、彼だけはまちがいなく『理緒』というキャラクターとして、最初から最後までブレることなくドラマのなかの世界観のままに生きていた。
ちょっとドジで要領がわるいけど、いつだって貴宏のことを心の底からカッコいいヒーローだと信じていて……。
理緒たんがまぎれもなく『理緒』というひとりの人間としてそこにありつづけているからこそ、演じる東城湊斗が少しくらい大げさな演技をして下手くそに見えても、むしろ貴宏というキャラクターは、そんな熱血系の暴走気味な少年なんだという妙な説得力を増していた。
『そう、それなのよ!理緒たんがあまりにも理緒たんとして生きているものだから、一周まわって少しくらい不自然でも、貴宏ってそういうキャラクターなんだって思えてきちゃうのよね』
ユカリさんも、あたしと同意見らしい。
それでもまだ同業者目線で見ると、貴宏のほうは肩に妙な力が入ってしまって不自然な演技をしているときもあるけれど、そんなものは許容範囲内だと思う。
逆にその固さには、どことなく見覚えがあるというか。
たとえるなら『好きな子の前でカッコつけているときの男子』ってとこだろうか?
あたしは男兄弟のなかで育ったから、世のなかの男性陣は思った以上に単純だってことを知っている。
いつだって好きな子の前ではカッコつけていたいし、見栄を張っていたいってなるのを、間近で見てきたから。
あの画面のなかにいた貴宏は、まちがいなくそんな『カッコつけたいと思っている男子』だった。
でもね、それも仕方ない。
だって理緒たんが、あまりにも純粋にあこがれる瞳で貴宏のことを見つめているから。
あんな目で見つめられたら、男子はきっとイイカッコをしたくなってしまう。
正直、日替わりゲストみたいなおっぱいだけのヒロインなんかのためというより、あれは貴宏が理緒たんの前でカッコいい自分でいたいから、がんばっておっぱいヒロインのトラブルを解決してあげただけにしか見えなかったくらいだし。
『いやー、さすが怜奈ちゃん、わかってるぅ!そこなのよ!公式のタカリオはどっちも無自覚なのに、矢印の向きがガッツリおたがいに向き合ってるのよー!』
興奮したようにさけぶユカリさんの声を聞きながら、該当のシーンを思いかえしてみる。
理緒たんが困ったようなほほえみを浮かべるのは、ゲストヒロインのために、いっちょ大暴れしようと気合いを入れている貴宏に、いっしょに行こうと誘われているときのシーンだ。
話の流れ的には、貴宏ほど運動神経がよくない理緒たんでは足手まといになってしまうと言って、ことわろうとしているシーンだったように記憶している。
「貴宏からの理緒たんへの信頼って、なんなんでしょうかね?どうかんがえても、大暴れ要員にしては頼りないし、頭数に入れちゃいけない気がするのに……」
これだけ楽しんでおいてなんだけど、わりと気になったのは、そこら辺の設定だった。
ひょっとして理緒たんがピンチになるために必要だから、無理やりそんな展開にしているご都合主義のせいなのかな、なんて邪推してしまう。
だとしたら、脚本が下手くそ疑惑だわ。
『う~ん……それはね、たとえば貴宏にとって理緒たんにムチャぶりするのは甘えているところであり、仮に理緒たんになにかあっても俺がなんとかする的な、そんな意気込みのあらわれでもあると私は思ってるわ』
だけど、まさかの解釈がもたらされた。
『ついでに言えば理緒たんって、貴宏に全幅の信頼を寄せてるけど、ただの信者みたいに心酔しているのとはちがうと思うのよね。だって、あのふたりは『相棒』なんだし!理緒たんがそれを受け入れているのは、自らの意思で貴宏を甘えさせてあげているからこそ、という見方もできるのよ!つまりは相思相愛!!』
貴宏からの甘えであり、なにがあろうと守ってみせるという意気込みのあらわれ、ですって?!
そしてそれを受け入れるのは、理緒たんからの甘やかしぃ!?
なによそれ、最高じゃない!
「ユカリさん、あなたは天才か!?」
『ウフフ、もっとほめてくれてもいいのよ~』
すごい、ドラマの展開はおなじでも、解釈ひとつでまったく意味合いがちがって感じられるなんて……。
まさしくあたしにとってそれは、自分ひとりでは決してたどりつけない境地で、ユカリさんの手引きによって新たな世界の扉がひらいたようなものだった。
大げさに言ってもいいのなら、世界が変わった瞬間でもあった。
『でね、このドラマ、実は毎回そんな感じなのよ。見てのとおり理緒たんこそが真のヒロインだとして……でもそんな真のヒロインからしたら、幼なじみの男の子がほかの女の子のためにがんばろうとしてる姿を見て、どう思うかしらね?』
ユカリさんからの問いかけに、あたしは必死にかんがえる。
『仮にその理緒たんの立ち位置にいるのが怜奈ちゃんだったら、どう感じる?』
なかなかこたえにたどりつけないあたしに、ユカリさんはヒントでも出すかのようにつづけてそんなふうに問いかけてくる。
もしもあたしが、理緒たんの立場だとしたら……?
目の前にはクソほどカッコいいイケメンの幼なじみがいて、そいつがもし別の女の子のことを危険をかえりみずに助けようとしていたら……?
そうかんがえたとたんに、キュッと胸が痛みを訴えてくる。
好きな人がほかの女の子のことばかり見ているなんて、なによそれ、そんなのめちゃくちゃ切ないじゃない!!
だって、幼なじみなんて、いちばん最初にふれあう家族以外の身近な存在でしょ?
たぶん初恋の相手よ!
好きになってもおかしくないくらいのスペックの高さはあるもの、あの貴宏には。
でも幼なじみだからこそ、今さら好きだと言い出せなくなるなんてこともあり得るんじゃないの?
好きなのに言い出せなくて、でも目の前でがんばる相手の姿はたしかにカッコいいから、応援するしかなくて……あぁ、その切ない片思い、まるでおとぎ話の人魚姫の恋とおなじだわ!!
「ユカリさん……タカリオの切なさは、『人魚姫の恋』なんですね?」
『そうよ!さすがよ怜奈ちゃん!自力でその境地へとたどりつくなんて、優秀だわ!!』
電話口の向こうで、ユカリさんが興奮したようにさけんでいるのを聞きながら、たしかにあたしは底なしの沼へと静かにハマっていくのを感じていた。
困ったような、控えめな笑み。
信じていると言って、じっと相手を見つめる真摯な瞳。
あまりにも印象的な、それ。
決して激しい演技ではなかったはずなのに、それどころかあまりにも自然すぎて演技であることさえ忘れて見入ってしまった。
なによあれ、反則級じゃない?!
なんなのよ、まったく!!
そんじょそこらのヒロインごときじゃ、全然太刀打ちなんてできないじゃないのよ!!
いてもたってもいられなくなったあたしは、すぐさまスマホを手に取る。
コールする相手は、もちろんユカリさんだ。
プルルル……
『もしもし、怜奈ちゃんっ?』
こんな時間だというのに、わずかなコールで相手が出てくれる。
あぁもう、この熱くたぎる思い、今すぐぶちまけたい!
「ユカリさん?ごめんね、こんな夜中に!でもなんかもう、電話せずにはいられなかったの!」
『いいのよ、怜奈ちゃんからなら別に何時でも。それでこの時間ってことは───見たのね?』
興奮したように話しはじめるあたしに、ユカリさんが声を低くしてたずねてくる。
時刻はすでに、深夜の2時近くをまわっていた。
いくらプライベートなことまで話をするような親しい間柄のメイクさんとはいえ、電話をするには失礼な時間だった。
けれどユカリさんには、この興奮をそのまま伝えたかった。
「うん!そうなの、びっくりした!今でもあの控えめなほほえみが、まぶたの裏に焼きついてるっていうか……」
『でしょう?かわいかったでしょ、いかにも健気~って感じで』
「はい!!ヒロインよりもよっぽどヒロインしてました───理緒たんはっ!!」
そう、あたしにとっては衝撃だった。
見はじめたときは、たしかにクソほどイケメンな主人公におどろいたし、その直後の大仰すぎて不自然な演技だとか、ゲストヒロインのムダに大きいおっぱいと棒演技にもおどろかされたけど。
なんなら鼻で笑ってそこで見るのをやめてもおかしくないレベルにひどかったはずなのに、ドラマのエンディングが流れるころには、気がつけば完全に見入っていた。
そう、見入ってしまっていたのよね……。
女優なんていうお仕事をしているせいで、どうしたってほかのお芝居を見ても、同業者目線で見てしまいがちなあたしが、完全に一視聴者になっていたなんて。
気がつけば、完全に理緒たんのピンチに、その笑顔に一喜一憂していた。
それって、あたしのなかではけっこうありえない、大変なことだったりするのよ?!
『ようこそ怜奈ちゃん、ヲタクの世界へ!ささいなことでさえ一喜一憂する……それこそがヲタクにとっては命にも等しい存在、推しというモノよ!』
「これが『推し』……!?」
『そうよ、怜奈ちゃんは理緒たん推しになったのね』
ファンとも似たそれは、たしかに見ているだけで元気をもらえる。
今のあたしにとっての人生のうるおいにして、癒しのもと。
理緒たんのことをかんがえるだけで、昼間監督にダメ出しを受けてヤサグレた心が、ゆっくりと癒されていくような気さえする。
「ていうか、理緒たんのことを思うと、なんだか心拍数があがっていくし、本当にかわいいなって思うのね。なでなでしたいし、すりすりしたいって思うの……もしやこれは恋?!」
まるでひとめぼれでもしたかのよう、こんなうわついた気持ちになったの、いったいいつぶりだろう?
『いいえ、それは萌えという感情よ!もはや言葉にできないような、推しへのたぎる思いを総じて萌えと呼ぶの!』
「なるほど、これがウワサの『萌え』……」
次々とくり出されるヲタクワードに、しかしまったく嫌悪感も忌避感もわかなかった。
むしろ、ようやくぴったりとあてはまる単語を知って、すっきりしたような気持ちにさえなる。
すごいわ、ヲタクの世界って、こんなにもワクワクするものなのね!
これでもお芝居に関してなら、けっこう目は肥えてるつもりだったのよ?
あたしだって、一応プロの女優なんだから。
そのプロの目から見ても、あまりにもしっかりと作り込まれた理緒というキャラクターは、たしかにそこに存在しているように見えた。
でもこれこそが真のヒロイン、理緒たんの存在感というか、力なのだと思う。
大根役者の多いドラマのなかで、彼だけはまちがいなく『理緒』というキャラクターとして、最初から最後までブレることなくドラマのなかの世界観のままに生きていた。
ちょっとドジで要領がわるいけど、いつだって貴宏のことを心の底からカッコいいヒーローだと信じていて……。
理緒たんがまぎれもなく『理緒』というひとりの人間としてそこにありつづけているからこそ、演じる東城湊斗が少しくらい大げさな演技をして下手くそに見えても、むしろ貴宏というキャラクターは、そんな熱血系の暴走気味な少年なんだという妙な説得力を増していた。
『そう、それなのよ!理緒たんがあまりにも理緒たんとして生きているものだから、一周まわって少しくらい不自然でも、貴宏ってそういうキャラクターなんだって思えてきちゃうのよね』
ユカリさんも、あたしと同意見らしい。
それでもまだ同業者目線で見ると、貴宏のほうは肩に妙な力が入ってしまって不自然な演技をしているときもあるけれど、そんなものは許容範囲内だと思う。
逆にその固さには、どことなく見覚えがあるというか。
たとえるなら『好きな子の前でカッコつけているときの男子』ってとこだろうか?
あたしは男兄弟のなかで育ったから、世のなかの男性陣は思った以上に単純だってことを知っている。
いつだって好きな子の前ではカッコつけていたいし、見栄を張っていたいってなるのを、間近で見てきたから。
あの画面のなかにいた貴宏は、まちがいなくそんな『カッコつけたいと思っている男子』だった。
でもね、それも仕方ない。
だって理緒たんが、あまりにも純粋にあこがれる瞳で貴宏のことを見つめているから。
あんな目で見つめられたら、男子はきっとイイカッコをしたくなってしまう。
正直、日替わりゲストみたいなおっぱいだけのヒロインなんかのためというより、あれは貴宏が理緒たんの前でカッコいい自分でいたいから、がんばっておっぱいヒロインのトラブルを解決してあげただけにしか見えなかったくらいだし。
『いやー、さすが怜奈ちゃん、わかってるぅ!そこなのよ!公式のタカリオはどっちも無自覚なのに、矢印の向きがガッツリおたがいに向き合ってるのよー!』
興奮したようにさけぶユカリさんの声を聞きながら、該当のシーンを思いかえしてみる。
理緒たんが困ったようなほほえみを浮かべるのは、ゲストヒロインのために、いっちょ大暴れしようと気合いを入れている貴宏に、いっしょに行こうと誘われているときのシーンだ。
話の流れ的には、貴宏ほど運動神経がよくない理緒たんでは足手まといになってしまうと言って、ことわろうとしているシーンだったように記憶している。
「貴宏からの理緒たんへの信頼って、なんなんでしょうかね?どうかんがえても、大暴れ要員にしては頼りないし、頭数に入れちゃいけない気がするのに……」
これだけ楽しんでおいてなんだけど、わりと気になったのは、そこら辺の設定だった。
ひょっとして理緒たんがピンチになるために必要だから、無理やりそんな展開にしているご都合主義のせいなのかな、なんて邪推してしまう。
だとしたら、脚本が下手くそ疑惑だわ。
『う~ん……それはね、たとえば貴宏にとって理緒たんにムチャぶりするのは甘えているところであり、仮に理緒たんになにかあっても俺がなんとかする的な、そんな意気込みのあらわれでもあると私は思ってるわ』
だけど、まさかの解釈がもたらされた。
『ついでに言えば理緒たんって、貴宏に全幅の信頼を寄せてるけど、ただの信者みたいに心酔しているのとはちがうと思うのよね。だって、あのふたりは『相棒』なんだし!理緒たんがそれを受け入れているのは、自らの意思で貴宏を甘えさせてあげているからこそ、という見方もできるのよ!つまりは相思相愛!!』
貴宏からの甘えであり、なにがあろうと守ってみせるという意気込みのあらわれ、ですって?!
そしてそれを受け入れるのは、理緒たんからの甘やかしぃ!?
なによそれ、最高じゃない!
「ユカリさん、あなたは天才か!?」
『ウフフ、もっとほめてくれてもいいのよ~』
すごい、ドラマの展開はおなじでも、解釈ひとつでまったく意味合いがちがって感じられるなんて……。
まさしくあたしにとってそれは、自分ひとりでは決してたどりつけない境地で、ユカリさんの手引きによって新たな世界の扉がひらいたようなものだった。
大げさに言ってもいいのなら、世界が変わった瞬間でもあった。
『でね、このドラマ、実は毎回そんな感じなのよ。見てのとおり理緒たんこそが真のヒロインだとして……でもそんな真のヒロインからしたら、幼なじみの男の子がほかの女の子のためにがんばろうとしてる姿を見て、どう思うかしらね?』
ユカリさんからの問いかけに、あたしは必死にかんがえる。
『仮にその理緒たんの立ち位置にいるのが怜奈ちゃんだったら、どう感じる?』
なかなかこたえにたどりつけないあたしに、ユカリさんはヒントでも出すかのようにつづけてそんなふうに問いかけてくる。
もしもあたしが、理緒たんの立場だとしたら……?
目の前にはクソほどカッコいいイケメンの幼なじみがいて、そいつがもし別の女の子のことを危険をかえりみずに助けようとしていたら……?
そうかんがえたとたんに、キュッと胸が痛みを訴えてくる。
好きな人がほかの女の子のことばかり見ているなんて、なによそれ、そんなのめちゃくちゃ切ないじゃない!!
だって、幼なじみなんて、いちばん最初にふれあう家族以外の身近な存在でしょ?
たぶん初恋の相手よ!
好きになってもおかしくないくらいのスペックの高さはあるもの、あの貴宏には。
でも幼なじみだからこそ、今さら好きだと言い出せなくなるなんてこともあり得るんじゃないの?
好きなのに言い出せなくて、でも目の前でがんばる相手の姿はたしかにカッコいいから、応援するしかなくて……あぁ、その切ない片思い、まるでおとぎ話の人魚姫の恋とおなじだわ!!
「ユカリさん……タカリオの切なさは、『人魚姫の恋』なんですね?」
『そうよ!さすがよ怜奈ちゃん!自力でその境地へとたどりつくなんて、優秀だわ!!』
電話口の向こうで、ユカリさんが興奮したようにさけんでいるのを聞きながら、たしかにあたしは底なしの沼へと静かにハマっていくのを感じていた。
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