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【外伝】恋愛ドラマの(残念)女王が爆誕した日③

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 ユカリさんのおかげで見事にハマった沼は、とんでもなく罪深いものだった。
 人魚姫の恋の切なさなんて、幼いころのあたしが、めちゃくちゃにハマった沼そのものじゃない!!

 あの童話を読んだとき、当時のあたしには、幼心ながらにその切なさが奥底にまで刺さった。
 それはもう、グサグサと。
 そのときの強烈な感情のゆさぶり体験があったからこそ、今こうして恋愛ドラマのヒロインを演じているし、そのために女優になったようなものなんだから!

 それくらい、あたしにとっての『人魚姫の恋』は大切なキーワードだった。
 タカリオがそれなんて、ハマるべくしてハマったとしか言いようがない。
 もはやこれは運命なんだわ……!!

『その真理までたどりついたところで怜奈れいなちゃん、あらためてもう一度かんがえてみて?いかにタカリオのふたりが尊いかを……!!』
「いかに尊いか……?」
ユカリさんにうながされて、しばし押し黙る。

 自分の前で貴宏たかひろがちがう女の子の話をするのだって、きっと理緒りおたんの心のなかでは、それだけでも十分嫉妬に値するだろうに、まして貴宏はその女の子を危険もかえりみずに助けに行っちゃうとか!
 もう切なさ必至、悶絶レベルよ。
 はい、尊い。

 でも貴宏って、無自覚にそういうところのある男の子なんでしょ?
 あたしはまだ、たった1話分しか見ていないけれど、そのときの理緒たんの様子を見るだけで、それがいつものことなんだって伝わってきた。

 困っている人がいれば、きっとそれがだれであれ、必ず助けてしまう。
 そして理緒たんは、貴宏のそういうところにも惚れてるんじゃない?

 本当は危険だから止めたい、でもそういうことができる相手のことを、すなおに素敵だと思うからこそ、ジャマをしたくない。
 そんな相反する気持ちに、泣きそうになる。

 そういうエモさ、プライスレス!!
 はいはい、尊すぎて今すぐ意識不明におちいりそうなレベルに尊いんですけどもー!

 ───おっと、話が脱線しすぎたかしら?
 今はまだ、『もしあたしが理緒たんの立ち位置に立ったならばどう思うか?』をかんがえている最中だったわね。

 非常に肥えた目を持つあたしから見ても、貴宏を演じる東城とうじょう湊斗みなとのハイスペックさを存分に生かした後半のアクションシーンのキレなんかは、とてもよかった。
 彼の長い手足だからこそ映える、まわし蹴りにしても空手のような型にしても、ビジュアルはまちがいなく満点だった。

 ということはだ、そんなカッコいい姿を、昔から理緒たんはいちばん近くで見つづけてきたってことでしょ?
 もう惚れるしかないじゃない!
 恋に落ちるのなんて、不可避よ、不可避!!

 そんなふうに惚れた相手が、目の前でほかの女にうつつを抜かそうとしてるなんて耐えられるか、って?!

 ───あたしにはムリだ。
 理緒たんみたいに、容認してあげられない。
 必死に『あたしだけを見て』、そして『あたしの前でほかの女の話をしないで』って、お願いすると思う。

 深夜枠のドラマらしく、いわゆる『ラッキースケベ』的なゲストヒロインとの接触はあったけれど、貴宏はそれに鼻の下を伸ばしていた。
 理緒たんだって言いたいことはあるだろうに、ぐっとこらえて言葉を飲み込んでいた。

 なんなのよ、もう!
 いじらしすぎん?!
 あたしならオブラートに包みつつ、さりげなく苦情申し立てるだろう。
 なんなら浮気者とばかりに、ビンタのひとつもカマしてやるかもしれなかった。

『怜奈ちゃんのことだから、理緒たんの立場になったら、甘えて自分のことを見てほしいっておねだりするか、こっち見ろって頬を張るかってとこかしら?』
「うっ!さすがユカリさん、モロにあたってます……」
 ふだんからあたしのことをよく理解してくれているだけに、見事に思考を読まれている。

『でもね、我らの正統派ヒロイン・理緒たんはそこで困ったように笑うだけなのよ!それこそ、もうしょうがないな貴宏は……って感じに!なんという包容力!!』
「っ!!」
 言われて、ますます確信した。
 あたしがあの表情に、目を奪われたわけを。

『理緒たんはね、わかっているのよ貴宏の性格を。だからなるべく彼が望むようにしてあげたいって、いつも譲歩しているの……本当は心配だとしても必死に耐えて、ちょっぴり嫉妬しそうになっても、彼に気をつかわせまいと笑顔まで浮かべて……。あのほほえみが、そんな葛藤だとかをふくんだ上で、浮かべられたものだとしたら!』
 ユカリさんの言葉は、ダイレクトにあたしの心に染み入ってくる。

「~~~っ!なによそれ、健気すぎる!!」
 ユカリさんの解釈は個人の意見にすぎないかもしれないけれど、今のあたしには猛烈に刺さった。
 どんなにツラくても、愛する人のために自らの思いを秘めたままでいるなんて……。

 ひょっとしたら理緒たんも、そんな自分の気持ちも自覚すらしていないものかもしれないけれど。
 でも、それはそれで別の罪深さがある。
 無自覚なのに、あんな切ない表情浮かべちゃうとか、それどんなクソデカ感情よ?!

 それに貴宏も。

 あんなに理緒たんといっしょにいるときは、ワンコみたいに目をキラキラさせているし、はた目から見たら『どれだけ好きなのよ』って思うのに、もしその自分の気持ちにも気づいていないとしたら……?
 きっとそれは、さっきからユカリさんが口にしているタカリオが萌えるところの最たるものだ。

 おたがいに無自覚だなんて、そんなバカな?と思うかしら。
 そもそも無自覚同士なら、そこにはなんの恋愛感情の芽生えもないだろうって?
 いいえ、そんなことはない。

 見ている人の心をゆさぶるがなきゃ、そもそもドラマなんてものは成立しない。
 おなじものを見たとしても、感じるものは人それぞれだけど。
 あたしにとってのそれは、人魚姫の恋だった。

 幼いあたしの心をつかんで離さなかったその切ない片思い、それを想起させる感情のうねりがそこにはあった。
 片や演技もまだつたない、デビュー直後のタレントで、片や無名に近い俳優で。
 でもそのふたりが全力でぶつかり合うドラマには、まさにそこに劇的ドラマティック物語ストーリーがあった。

 ───まちがいない、タカリオはヤバい沼だ。
 無意識に好きな子に甘えちゃうとか、好きだから甘やかしちゃうとか、それなんて正義ジャスティス!!

 いや……それか、いっそおたがいに多少の自覚があるパターンでもおいしいんじゃないかしら?
 その場合、好きな子ほど困らせたい、っていう心理からくるのもあり得るわね。
 理緒たんの困り顔が見たくて毎回貴宏がムリを言っているのかもしれないと思ったら、うわなにそれいい、超萌えるんですけど!?

 どちらの解釈をしても、至極おいしい。
 なんなのよ、その『ひと粒で二度おいしい』的な贅沢っぷりは?!
 ねぇ、あのふたりの動向をこれから毎週ハラハラしながら見守れるとか、最高すぎない?

『ね、怜奈ちゃん、タカリオは毎週見守りたくなるカプでしょう?自覚の有無はどちらでもおいしくいただけるし、おたがいにあんなに特別な位置にいるのに、それがすごく自然なのよ』
 ユカリさんの意見にはもう、もろ手をあげて賛成するしかなかった。

 あぁ、本当に今夜は素晴らしい出会いがあったものだわ。
 まさかの、いかにも大人の事情満載の深夜枠のドラマに、こんなにハマるなんて。

 それもこれもすべて、そこらのヒロインよりヒロインらしい理緒たんのせいだ。
 そうよ、理緒たんてば、きっとヒロインりょくがカンストしてるんじゃないの?!
 なんて思ったところで、あらためて理緒たんのなかの人のことが気になってくる。

 ───まぁ正直なところ、隣にいるのが東城湊斗という華やかなイケメンだからなのかもしれないけれど、理緒たんはパッと見、そこまでイケメンてほどでもないと思う。
 芸能界なら、特別目立つこともないくらいの平均的なお顔だ。
 それに女の子みたいにかわいいかっていうと、そういうわけでもない。

 ひとことであらわすなら、『地味』な人だ。
 うん、なんかそう言うと、すごくイヤな言い方になっちゃうけど、演技をしていないときの彼には、外見的な特徴がなかった。

 ぶっちゃけ、理緒たんというキャラクターがあまりにも完成していたからからこそ、あの姿を理緒たんとして記憶してしまったせいで、あたしも彼の名前は覚えていなかった。
 我ながら失礼なことをしてしまったと思うものの、録画もしてなかったんだから、エンドロールを見直すこともできなくて。

 ───でも、理緒たんとして生きている彼は、めちゃくちゃ魅力的だった。

 いつでも全身で貴宏のことを信じていると伝えてきて、その目はキラキラとまぶしくて、でも決して自分を主張したりすることはない。
 自然に貴宏を見るときは上目づかいになるのに、全然イヤミがなくて、むしろ『かわいいは正義!!』とさけびたくなるくらいだし。

 控えめなほほえみは、思わずぎゅっと抱きしめたくなる可憐さがあるし、悲しそうな顔をされたら、大丈夫だよってはげましてなでまわしたくなる。
 幸せそうな笑みを浮かべられたら、その笑顔を守ってあげたくなる。
 今まで、こんなに守ってあげたくなるような健気系のヒロインを見たことはなかった。

 ……いや、ちょっと古い時代ものの設定の話なら、こういうヒロイン像もなくはないか……。
 男尊女卑があたりまえの、そんな封建的な社会だったころのお話なら見たことがある気がする。
 たとえば、戦争のあった時代のお話とか。

 でもそれのジャンルはヒューマンドラマであって、恋愛ドラマじゃない。
 ───つまり、今の恋愛ドラマのジャンル内には、こういう健気なヒロインはいないってことだ。
 だからこそ新鮮で魅力的で、こんなにも惹きつけられるんだろうか───?

 そう思った瞬間、ぽろりと目から鱗が落ちた。

「そっか、この理緒たんのスタンス……まさに今のあたしに足りなかったものだわ!!」
 そっけない態度を取るヒーローにたいして、甘えるのでもなく、怒るでもなく、ただそばでひっそりとほほえんで耐えている、そんな健気さ。

 監督から『そういうんじゃない』とやんわり遠回しに全否定されたあたしのヒロイン解釈とは、まるで正反対なそれは、いざ自分がやるとなったら、とてもむずかしそうに思える。
 少し加減をあやまれば、ただの暗い子になるし、失敗すればむしろ計算高い子に見えてしまう。

 いったいどうやって理緒たんは、そのバランスをとっているんだろう?
 あぁ、やっぱり今日の放送、かえすがえすも録画していなかった自分を叱り飛ばしたいっ!
 理緒たんのなかにこそ、あたしの求めるこたえがあるのに。

 ───あぁ、でもそんなむずかしい役どころだなんて、めちゃくちゃやりがいがあるじゃない?
 だってあたしも、お芝居が好きなんだもん! 

『なにかひと皮むけた感じかしらね?なら、お祝いがてらに今までの録画分、全部焼いてあげようかしら?』
「ホントに!?ユカリさん大好き、愛してる~~!!」
『うふふ、いいってことよ』

 なんてやりとりをして通話を終えれば、気がつけばあまりにも熱く語りすぎていたのか、1時間以上が経過していた。
 けど疲れているはずなのに、目が冴えてしまって眠れる気がしなかった。
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