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【外伝】恋愛ドラマの(残念)女王が爆誕した日④
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このあたしが、まさか一視聴者として、こんなにもハマるドラマがあるなんて!
相手の見事なまでの自然な演技に見入ってしまい、気がつけばあたしはユカリさんおすすめのタカリオ沼へと真っ逆さまにダイブしていた。
突然できた理緒たんという『推し』の、その見事なヒロインっぷりにくもっていた視界は晴れ、新たな世界の扉がひらく。
あぁもう、なんて健気でかわいいんだろう!?
そのたぎる思いを、同志であるユカリさんと存分に語り合ううちに、とうとうあたしは自らに足りていなかったのは、この理緒たんの成分なんだと気づいたころには、午前3時をまわっていた。
なのに、全然眠くない。
「───よし、せっかくだからもう1回本読んでみよう!」
どうせ興奮して眠れないのならと、あきらめてカバンのなかから、ダメ出しをくらったドラマの台本を出す。
その表紙には『この愛なき世界に生きる僕ら』と書かれていた。
あたしの演じるヒロインは、『芯が強くて主人公に一途な女の子』という役どころだった。
芯が強くて一途なんて、どうかんがえてもしたたかな子だろうと思っていたけれど、もしこれが理緒たんだったなら……?
そう思ったからこその再確認だった。
そして結論は、すぐに出る。
あの声で、あの瞳で、あの淋しげで控えめな笑みでの脳内再生は余裕でできた。
あぁ、あたしの求めるヒロイン像は、そこにあったんだ!
一度でもそう思えたなら、あとは簡単だった。
あたしのなかにいる理緒たんなら、ここはどうするだろうか?
そうかんがえていけば、おのずとこたえは出てくる。
そうだ、理緒たんほど一途な子はいないし、ピンチにおちいったところで、貴宏が助けてくれるって、あそこまでブレずに信じていられるなんて、芯が強いからこそだ。
芯が強くて一途でも、あんなに健気でかわいらしいキャラクターが演じられるのね!?
それはもう、あたしにとっては急に視野が拓けて世界が広がったような、そんな鮮烈な体験だった。
手もとにある台本を全部読み終えたころには、夜が明けて空は白んでいたけれど、とてもスッキリとして晴れ晴れとした気分になっていた。
───よし、できる。
これまでのあたしが演じてきた役にはなかったような、そんな控えめなのに、しっかりとブレないヒロイン像がそのとき、あたしのなかでうぶ声をあげた。
ありがとう、理緒たん!!あたしの生き神様よ!!
のちに、それまでただの愛され系ヒロインばかりだった宮古怜奈にとって、同性からの支持も集められる健気の権化と呼ばれる『この愛』のヒロインが、本格的な女優としての転機となることを、まだこのときのあたしは知らなかったのである。
「大変、こんな時間!はやく寝なくちゃ!」
そう言いつつも、あたしは今度こそ後悔で泣かないように、翌週以降のあのドラマの録画予約を入れておくことにしたのである。
もちろん、毎週録画の設定もしておいた。
推しのためですもの、そこら辺、抜かりはないわよ!
* * *
あれから毎日が楽しくて、めちゃくちゃ調子がいい。
理緒たんの演技を参考にしたというか、ほぼコンセプトを丸パクリをした『この愛』ヒロインの演技は、監督から絶賛された。
もちろん、共演者たちからも。
この調子なら、たぶん視聴者にも受け入れてもらえるはずだ。
これまでのあたしが演じてきた役は、どちらかと言えば男ウケはいい代わりに、同性からは嫌われるタイプばかりだったけど、今度のこの役はちがった結果に結びつくんじゃないかって、ひそかに期待している。
「なんか最近、調子がよさそうじゃない、怜奈ちゃん!」
「ユカリさん!そんなのもう、ユカリさんなら理由もバッチリわかるでしょ?」
撮影のカットがかかり、すばやくメイクを直しに来てくれたユカリさんに声をかけられ、あたしは満面の笑みでかえす。
なにしろ、あたしにとっては大切な理緒たん推しの同志だ。
そんなユカリさんからは、あたしが録画し損ねて泣いたあの回もふくめ、これまでの放送分、全部の録画の写しをもらっていた。
もうこれが、毎日がいそがしくて過酷なあたしにとって、仕事の合間の貴重な癒し以外のなにものでもなくて。
そんな楽しい作品を教えてくれたユカリさんには、本当に感謝しかない。
「まぁね、理緒たんのヒロインっぷり、しょっぱなからヤバかったでしょ」
「ホントそれです!」
第1話の内容を思い出しながら、テンションが高いままに何度もうなずきかえす。
「それにね、回を追うごとに貴宏と理緒たんの通じあってる感が強まっていくのもヤバくない?なんていうか、目線だけで会話成立してるわよね?!特に昨日の放送のヤツなんて、もう……っ!!」
ユカリさんが興奮気味に話し出す。
「わかる~!ていうか、東城湊斗のヤロウ、むしろ役得でしたよね?!」
「ホントそれ!!昨日は溺れた理緒たん助けてたし、そのまま人口呼吸するかと思ったのに、さっと場面変わっちゃうんだもの、もう惜しかったわ……!!」
あたしからのパスを、今度はユカリさんが受ける。
「いや、でもあれは場面転換の合間に確実にしてると思う。むしろあたしはそう思いたい」
「うふ、いいわね怜奈ちゃん!いい感じに腐ってきてるわぁ!」
どうしよう、めちゃくちゃ面白い。
好きなドラマの話でだれかと盛り上がるって、こんなにも楽しいことだったんだ!?
単純に、ワクワクする。
ねぇ、あたしのドラマの視聴者も、毎回こんな感じに盛り上がってくれてるのかな?
「いやもう、今回の貴宏からの理緒たんへの矢印、重すぎでしたよね?もうあれは完全に自覚アリのフォーリンラブしてますって!」
「ホント、それ!!」
やっぱり女子は恋愛トークが好きなのよね、毎回テンション爆アゲになる。
───この場合は自分に関係ないどころか、ドラマのなかの登場人物同士の恋愛についてがテーマだけども。
そんな、ドラマのキャラクター同士の恋愛感情を勝手にねつ造するなって?
ううん、これはねつ造なんかじゃない。
あたしとユカリさんのなかでは、これこそが真実なのよ!
すべての『表現されたもの』は、あまねく受け取り手のなかで姿を変えるものなんだから。
これはあたしが女優なんてものをはじめたときに、最初に学んだこと……というか真理だ。
それが演技であれ本心であれ、ひとたび『表現』として発出されたものは、その瞬間から表現者の手を離れるものなんだって。
たとえそれが己の意図せざるものであれ、世のなかにはまったく別の受け止め方をする人もいる。
でもそれは、そう感じた人にとってはそれこそが真実であって、決してウソでもなければ、まちがってもいないわけだ。
それに、あたしの意図するものとはちがっていたからといって、すべての人に確認をしたあげくに訂正してまわることなんてできやしない。
だから役者をするのなら、どこまでこちらの表現を見る相手に委ねるか、その加減をかんがえ抜いて演じろって。
……まぁ、そんな演劇論なんて、今はどうでもいいんだけど。
今いちばん大事なのは、タカリオのふたりのことだからね!
要はなにが言いたいのかっていうと、あたしのなかでは、あのドラマからそういう関係性を受け取ったから、それが正解でいいってこと。
いくらそうかんがえようとかまわない、それは思想の自由の範囲内だわ。
それを声高にさけんでだれかに押しつけたり、それによってだれかを傷つけたりするのはちがうと思うけど。
だからあたしにとっては、タカリオのふたりのあいだには、自覚の有無を問わず恋愛感情にも似た強い思いは存在する。
だって今さっき、あたしが見たドラマのなかで、なによりふたりが全身で訴えていたと感じたから。
「なんなら今回の理緒たんのピンチの原因作ったヤツのこと、視線だけで殺しそうないきおいでにらみつけてましたもんね、貴宏ってば」
「愛よね、愛!」
キャッキャとはしゃぐ今のあたしたちは、とても生き生きしていると思う。
ていうか、正直理緒たんのピンチに貴宏っていうか、なんならなかの人の東城湊斗までもがガチギレしてるように見えたしね。
もはや演技なんだか本心からなんだか、わかんなくなってきたくらいよ。
それこそ今回の放送回で理緒たんが溺れたときなんて、助けあげたところで、その肩をつかむ手はふるえていたし、顔だって青ざめて見えたくらいだ。
あれが演技なら、とんでもなくリアルでなんて細かなところまで気を配った演技なんだろうかって思う。
そういう意味では───。
「……なんか、あれですよね、最近ちょっと貴宏も演技の不自然さが減ってきましたよね?」
あたしに言わせれば、まだ素人に毛の生えた程度でしかないけれど、それでも最初に見たころの衝撃的な下手くそっぷりを思えば、ずいぶん改善されてきた気がする。
多分、かなり岸本監督にも鍛えられたんだと思うけど。
岸本監督は誠実な人柄で、人あたりのいいタイプではあるけれど、こと仕事に関しての妥協はゆるさないタイプの人だ。
それならきっと、東城湊斗が演劇初心者だからって、学芸会レベルのそれをゆるしはしないだろう。
あいかわらず説明的なセリフとか、ゲストヒロインを前にしたときの演技なんかは不自然さが残っているものの、それでも顔面のよさでカバーできるくらいまでには持ち直した気がする。
そう、顔面偏差値が高いって、それだけで攻撃力というか守備力もあがるのよね。
「まぁねぇ、東城くん、相当おんぶにだっこで面倒見てもらってるみたいだからね~」
そう言いつつも、心なしかユカリさんの目もとは楽しげに波打っていた。
……なんだろう、なにかふくみを感じる。
こういう顔をしているときのユカリさんは、おおむねなにか別に思うところがあると言ってもいい───たいていは腐った妄想を爆発させているときだけど。
どうしよう、どこまで踏み込んで聞いていいんだろうか?
「それがなんであれ、あのドラマが楽しくなるならいいことですよね!」
「そうね~、公私ともに相棒ってのも、おいしいわよね!」
あたりさわりのないかえしをすれば、なぜだかふくみのある匂わせ発言がさらに打ちかえされた。
「っ??なんですかそれ!?」
さらにユカリさんの笑みは深くなるし、気になるなんてモンじゃない。
思わずあたしは、身をのり出した。
えぇい、タカリオ!なんて恐ろしい沼っ!!
相手の見事なまでの自然な演技に見入ってしまい、気がつけばあたしはユカリさんおすすめのタカリオ沼へと真っ逆さまにダイブしていた。
突然できた理緒たんという『推し』の、その見事なヒロインっぷりにくもっていた視界は晴れ、新たな世界の扉がひらく。
あぁもう、なんて健気でかわいいんだろう!?
そのたぎる思いを、同志であるユカリさんと存分に語り合ううちに、とうとうあたしは自らに足りていなかったのは、この理緒たんの成分なんだと気づいたころには、午前3時をまわっていた。
なのに、全然眠くない。
「───よし、せっかくだからもう1回本読んでみよう!」
どうせ興奮して眠れないのならと、あきらめてカバンのなかから、ダメ出しをくらったドラマの台本を出す。
その表紙には『この愛なき世界に生きる僕ら』と書かれていた。
あたしの演じるヒロインは、『芯が強くて主人公に一途な女の子』という役どころだった。
芯が強くて一途なんて、どうかんがえてもしたたかな子だろうと思っていたけれど、もしこれが理緒たんだったなら……?
そう思ったからこその再確認だった。
そして結論は、すぐに出る。
あの声で、あの瞳で、あの淋しげで控えめな笑みでの脳内再生は余裕でできた。
あぁ、あたしの求めるヒロイン像は、そこにあったんだ!
一度でもそう思えたなら、あとは簡単だった。
あたしのなかにいる理緒たんなら、ここはどうするだろうか?
そうかんがえていけば、おのずとこたえは出てくる。
そうだ、理緒たんほど一途な子はいないし、ピンチにおちいったところで、貴宏が助けてくれるって、あそこまでブレずに信じていられるなんて、芯が強いからこそだ。
芯が強くて一途でも、あんなに健気でかわいらしいキャラクターが演じられるのね!?
それはもう、あたしにとっては急に視野が拓けて世界が広がったような、そんな鮮烈な体験だった。
手もとにある台本を全部読み終えたころには、夜が明けて空は白んでいたけれど、とてもスッキリとして晴れ晴れとした気分になっていた。
───よし、できる。
これまでのあたしが演じてきた役にはなかったような、そんな控えめなのに、しっかりとブレないヒロイン像がそのとき、あたしのなかでうぶ声をあげた。
ありがとう、理緒たん!!あたしの生き神様よ!!
のちに、それまでただの愛され系ヒロインばかりだった宮古怜奈にとって、同性からの支持も集められる健気の権化と呼ばれる『この愛』のヒロインが、本格的な女優としての転機となることを、まだこのときのあたしは知らなかったのである。
「大変、こんな時間!はやく寝なくちゃ!」
そう言いつつも、あたしは今度こそ後悔で泣かないように、翌週以降のあのドラマの録画予約を入れておくことにしたのである。
もちろん、毎週録画の設定もしておいた。
推しのためですもの、そこら辺、抜かりはないわよ!
* * *
あれから毎日が楽しくて、めちゃくちゃ調子がいい。
理緒たんの演技を参考にしたというか、ほぼコンセプトを丸パクリをした『この愛』ヒロインの演技は、監督から絶賛された。
もちろん、共演者たちからも。
この調子なら、たぶん視聴者にも受け入れてもらえるはずだ。
これまでのあたしが演じてきた役は、どちらかと言えば男ウケはいい代わりに、同性からは嫌われるタイプばかりだったけど、今度のこの役はちがった結果に結びつくんじゃないかって、ひそかに期待している。
「なんか最近、調子がよさそうじゃない、怜奈ちゃん!」
「ユカリさん!そんなのもう、ユカリさんなら理由もバッチリわかるでしょ?」
撮影のカットがかかり、すばやくメイクを直しに来てくれたユカリさんに声をかけられ、あたしは満面の笑みでかえす。
なにしろ、あたしにとっては大切な理緒たん推しの同志だ。
そんなユカリさんからは、あたしが録画し損ねて泣いたあの回もふくめ、これまでの放送分、全部の録画の写しをもらっていた。
もうこれが、毎日がいそがしくて過酷なあたしにとって、仕事の合間の貴重な癒し以外のなにものでもなくて。
そんな楽しい作品を教えてくれたユカリさんには、本当に感謝しかない。
「まぁね、理緒たんのヒロインっぷり、しょっぱなからヤバかったでしょ」
「ホントそれです!」
第1話の内容を思い出しながら、テンションが高いままに何度もうなずきかえす。
「それにね、回を追うごとに貴宏と理緒たんの通じあってる感が強まっていくのもヤバくない?なんていうか、目線だけで会話成立してるわよね?!特に昨日の放送のヤツなんて、もう……っ!!」
ユカリさんが興奮気味に話し出す。
「わかる~!ていうか、東城湊斗のヤロウ、むしろ役得でしたよね?!」
「ホントそれ!!昨日は溺れた理緒たん助けてたし、そのまま人口呼吸するかと思ったのに、さっと場面変わっちゃうんだもの、もう惜しかったわ……!!」
あたしからのパスを、今度はユカリさんが受ける。
「いや、でもあれは場面転換の合間に確実にしてると思う。むしろあたしはそう思いたい」
「うふ、いいわね怜奈ちゃん!いい感じに腐ってきてるわぁ!」
どうしよう、めちゃくちゃ面白い。
好きなドラマの話でだれかと盛り上がるって、こんなにも楽しいことだったんだ!?
単純に、ワクワクする。
ねぇ、あたしのドラマの視聴者も、毎回こんな感じに盛り上がってくれてるのかな?
「いやもう、今回の貴宏からの理緒たんへの矢印、重すぎでしたよね?もうあれは完全に自覚アリのフォーリンラブしてますって!」
「ホント、それ!!」
やっぱり女子は恋愛トークが好きなのよね、毎回テンション爆アゲになる。
───この場合は自分に関係ないどころか、ドラマのなかの登場人物同士の恋愛についてがテーマだけども。
そんな、ドラマのキャラクター同士の恋愛感情を勝手にねつ造するなって?
ううん、これはねつ造なんかじゃない。
あたしとユカリさんのなかでは、これこそが真実なのよ!
すべての『表現されたもの』は、あまねく受け取り手のなかで姿を変えるものなんだから。
これはあたしが女優なんてものをはじめたときに、最初に学んだこと……というか真理だ。
それが演技であれ本心であれ、ひとたび『表現』として発出されたものは、その瞬間から表現者の手を離れるものなんだって。
たとえそれが己の意図せざるものであれ、世のなかにはまったく別の受け止め方をする人もいる。
でもそれは、そう感じた人にとってはそれこそが真実であって、決してウソでもなければ、まちがってもいないわけだ。
それに、あたしの意図するものとはちがっていたからといって、すべての人に確認をしたあげくに訂正してまわることなんてできやしない。
だから役者をするのなら、どこまでこちらの表現を見る相手に委ねるか、その加減をかんがえ抜いて演じろって。
……まぁ、そんな演劇論なんて、今はどうでもいいんだけど。
今いちばん大事なのは、タカリオのふたりのことだからね!
要はなにが言いたいのかっていうと、あたしのなかでは、あのドラマからそういう関係性を受け取ったから、それが正解でいいってこと。
いくらそうかんがえようとかまわない、それは思想の自由の範囲内だわ。
それを声高にさけんでだれかに押しつけたり、それによってだれかを傷つけたりするのはちがうと思うけど。
だからあたしにとっては、タカリオのふたりのあいだには、自覚の有無を問わず恋愛感情にも似た強い思いは存在する。
だって今さっき、あたしが見たドラマのなかで、なによりふたりが全身で訴えていたと感じたから。
「なんなら今回の理緒たんのピンチの原因作ったヤツのこと、視線だけで殺しそうないきおいでにらみつけてましたもんね、貴宏ってば」
「愛よね、愛!」
キャッキャとはしゃぐ今のあたしたちは、とても生き生きしていると思う。
ていうか、正直理緒たんのピンチに貴宏っていうか、なんならなかの人の東城湊斗までもがガチギレしてるように見えたしね。
もはや演技なんだか本心からなんだか、わかんなくなってきたくらいよ。
それこそ今回の放送回で理緒たんが溺れたときなんて、助けあげたところで、その肩をつかむ手はふるえていたし、顔だって青ざめて見えたくらいだ。
あれが演技なら、とんでもなくリアルでなんて細かなところまで気を配った演技なんだろうかって思う。
そういう意味では───。
「……なんか、あれですよね、最近ちょっと貴宏も演技の不自然さが減ってきましたよね?」
あたしに言わせれば、まだ素人に毛の生えた程度でしかないけれど、それでも最初に見たころの衝撃的な下手くそっぷりを思えば、ずいぶん改善されてきた気がする。
多分、かなり岸本監督にも鍛えられたんだと思うけど。
岸本監督は誠実な人柄で、人あたりのいいタイプではあるけれど、こと仕事に関しての妥協はゆるさないタイプの人だ。
それならきっと、東城湊斗が演劇初心者だからって、学芸会レベルのそれをゆるしはしないだろう。
あいかわらず説明的なセリフとか、ゲストヒロインを前にしたときの演技なんかは不自然さが残っているものの、それでも顔面のよさでカバーできるくらいまでには持ち直した気がする。
そう、顔面偏差値が高いって、それだけで攻撃力というか守備力もあがるのよね。
「まぁねぇ、東城くん、相当おんぶにだっこで面倒見てもらってるみたいだからね~」
そう言いつつも、心なしかユカリさんの目もとは楽しげに波打っていた。
……なんだろう、なにかふくみを感じる。
こういう顔をしているときのユカリさんは、おおむねなにか別に思うところがあると言ってもいい───たいていは腐った妄想を爆発させているときだけど。
どうしよう、どこまで踏み込んで聞いていいんだろうか?
「それがなんであれ、あのドラマが楽しくなるならいいことですよね!」
「そうね~、公私ともに相棒ってのも、おいしいわよね!」
あたりさわりのないかえしをすれば、なぜだかふくみのある匂わせ発言がさらに打ちかえされた。
「っ??なんですかそれ!?」
さらにユカリさんの笑みは深くなるし、気になるなんてモンじゃない。
思わずあたしは、身をのり出した。
えぇい、タカリオ!なんて恐ろしい沼っ!!
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