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雨と泥
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「フィオナ・リリィ! お前との婚約を今この瞬間、破棄させてもらう!」
王立学院の卒業記念パーティー。
華やかなシャンデリアの光が、今の私には刺すように痛い。
婚約者であるエドワード様は、大勢の貴族たちの前で、私を指差して高らかに宣言した。
彼の腕には、ピンク色のドレスを纏った男爵令嬢が、まるで勝利者のように抱きついている。
「え、エドワード様……? 一体、どういうことでしょうか……」
私の声は震えていた。
これまで、エドワード様のためにどれだけ尽くしてきたか。
彼の領地経営の書類を代筆し、彼が「奇跡の魔導具」として発表した発明も、すべて私の魔力付与によるものだった。
寝る間も惜しんで彼を支えてきたはずなのに。
「とぼけるな! お前が裏で僕を無能だと嘲笑い、複数の男と不貞を働いていた証拠は揃っているんだよ!」
「そんな……身に覚えがありません!」
「黙れ、この無能女が! 地味で、陰気で、隣にいるだけで僕の品位が下がるんだ。我が家には、お前のような呪われた灰かぶりは不要だ。今すぐ出ていけ!」
エドワード様は、私の足元にワインをぶちまけた。
真っ白なドレスが、汚らわしい赤色に染まっていく。
周囲からは、クスクスという嘲笑が漏れ聞こえてきた。
「さあ、衛兵! この女を今すぐ叩き出せ。二度と我が国の土を踏ませるな!」
引きずられるようにして、私は降り頻る雨の中、学院の外へと放り出された。
冷たい石畳に膝をつく。
泥がドレスを汚し、寒さが体温を奪っていく。
エドワード様は、私のこれまでの成果をすべて奪い取り、最後には罪をなすりつけて捨てたのだ。
「……あ、あはは……。私、何のために頑張ってきたんだろう……」
雨に打たれ、視界が涙で滲む。
「お前なんて誰からも必要とされない」というエドワード様の言葉が、呪いのように頭の中で反芻される。
死んだ方がマシかもしれない。そう思って目を閉じた、その時だった。
「――見苦しいね。ゴミの掃き溜めから聞こえる声は、どうしてこうも耳障りなんだろう」
低く、けれど雷鳴のように力強い声。
同時に、周囲の雨の音が消えた。
目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
黄金。
ただ、黄金の輝き。
雨を物理的に弾き飛ばすほどの圧倒的な魔力を纏い、一人の男が立っていた。
この国で彼を知らぬ者はいない。
第一王子にして最強の騎士、そして私の記憶の片隅にいる幼なじみ――。
「シ、シリル……様……?」
「……やあ、フィオナ。ようやく僕の腕の中に落ちてきてくれたね」
シリルは、汚れなど一切気にする様子もなく、泥だらけの私を軽々と抱き上げた。
お姫様抱きにされ、彼の体温が伝わってくる。
シリルは私を慈しむように見つめ、その後、学院の入り口に立っていたエドワード様の方を振り返った。
その碧眼には、先ほどまでの優しさは微塵もない。
あるのは、魂まで凍りつかせるような、冷酷なまでの殺意。
「おい、そこのゴミ。……僕のフィオナを、今なんて呼んだ?」
「ひ、ひっ……!? シ、シリル殿下……!? な、なぜここに……」
「答えて。君のその汚い舌、根元から引き抜いてあげようか?」
黄金の魔力が爆発的に膨れ上がり、学院の壁に亀裂が入る。エドワード様は悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
シリルはふっと冷たく微笑むと、私の耳元で、とろけるような甘い声で囁いた。
「大丈夫だよ、フィオナ。君を傷つけた報いは、僕がたっぷりあいつらに味わせてあげる。……これからは、僕の城で、僕だけのために笑って?」
私は、シリルの首に腕を回し、その温もりに縋りついた。
地獄のような雨の中から、私はこの世で最も華やかで、最も危険な「光」に連れ去られたのだ。
王立学院の卒業記念パーティー。
華やかなシャンデリアの光が、今の私には刺すように痛い。
婚約者であるエドワード様は、大勢の貴族たちの前で、私を指差して高らかに宣言した。
彼の腕には、ピンク色のドレスを纏った男爵令嬢が、まるで勝利者のように抱きついている。
「え、エドワード様……? 一体、どういうことでしょうか……」
私の声は震えていた。
これまで、エドワード様のためにどれだけ尽くしてきたか。
彼の領地経営の書類を代筆し、彼が「奇跡の魔導具」として発表した発明も、すべて私の魔力付与によるものだった。
寝る間も惜しんで彼を支えてきたはずなのに。
「とぼけるな! お前が裏で僕を無能だと嘲笑い、複数の男と不貞を働いていた証拠は揃っているんだよ!」
「そんな……身に覚えがありません!」
「黙れ、この無能女が! 地味で、陰気で、隣にいるだけで僕の品位が下がるんだ。我が家には、お前のような呪われた灰かぶりは不要だ。今すぐ出ていけ!」
エドワード様は、私の足元にワインをぶちまけた。
真っ白なドレスが、汚らわしい赤色に染まっていく。
周囲からは、クスクスという嘲笑が漏れ聞こえてきた。
「さあ、衛兵! この女を今すぐ叩き出せ。二度と我が国の土を踏ませるな!」
引きずられるようにして、私は降り頻る雨の中、学院の外へと放り出された。
冷たい石畳に膝をつく。
泥がドレスを汚し、寒さが体温を奪っていく。
エドワード様は、私のこれまでの成果をすべて奪い取り、最後には罪をなすりつけて捨てたのだ。
「……あ、あはは……。私、何のために頑張ってきたんだろう……」
雨に打たれ、視界が涙で滲む。
「お前なんて誰からも必要とされない」というエドワード様の言葉が、呪いのように頭の中で反芻される。
死んだ方がマシかもしれない。そう思って目を閉じた、その時だった。
「――見苦しいね。ゴミの掃き溜めから聞こえる声は、どうしてこうも耳障りなんだろう」
低く、けれど雷鳴のように力強い声。
同時に、周囲の雨の音が消えた。
目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
黄金。
ただ、黄金の輝き。
雨を物理的に弾き飛ばすほどの圧倒的な魔力を纏い、一人の男が立っていた。
この国で彼を知らぬ者はいない。
第一王子にして最強の騎士、そして私の記憶の片隅にいる幼なじみ――。
「シ、シリル……様……?」
「……やあ、フィオナ。ようやく僕の腕の中に落ちてきてくれたね」
シリルは、汚れなど一切気にする様子もなく、泥だらけの私を軽々と抱き上げた。
お姫様抱きにされ、彼の体温が伝わってくる。
シリルは私を慈しむように見つめ、その後、学院の入り口に立っていたエドワード様の方を振り返った。
その碧眼には、先ほどまでの優しさは微塵もない。
あるのは、魂まで凍りつかせるような、冷酷なまでの殺意。
「おい、そこのゴミ。……僕のフィオナを、今なんて呼んだ?」
「ひ、ひっ……!? シ、シリル殿下……!? な、なぜここに……」
「答えて。君のその汚い舌、根元から引き抜いてあげようか?」
黄金の魔力が爆発的に膨れ上がり、学院の壁に亀裂が入る。エドワード様は悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
シリルはふっと冷たく微笑むと、私の耳元で、とろけるような甘い声で囁いた。
「大丈夫だよ、フィオナ。君を傷つけた報いは、僕がたっぷりあいつらに味わせてあげる。……これからは、僕の城で、僕だけのために笑って?」
私は、シリルの首に腕を回し、その温もりに縋りついた。
地獄のような雨の中から、私はこの世で最も華やかで、最も危険な「光」に連れ去られたのだ。
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