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王者の裁き
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数日後。
シリルに連れられて街へ出た私を待っていたのは、かつての婚約者の、見る影もない姿だった。
シリルの屋敷の門前で、衛兵に取り押さえられていた男――。
泥に汚れ、服は破れ、かつての傲慢な面影はどこにもない。それがエドワード様だと気づくのに、数秒かかった。
「フィ、フィオナ……! フィオナだろう!? 」
私を見つけた瞬間、彼は這いずるようにしてこちらへ向かってきた。その目は充血し、狂気じみた必死さが滲んでいる。
「エドワード、様……?」
「ああ、そうだ、僕だ! 大変なんだ、フィオナ! お前がいなくなった途端、書類の不備で爵位は剥奪され、家財も差し押さえられた。あの浮気相手の女も、金が尽きた途端に逃げ出しやがったんだ!」
彼は地面に額を擦り付け、あろうことか私に縋り付こうとした。
「お前さえいれば、全部元通りになる! お前の魔力があれば、僕はまた天才と言われるんだ! 許してやる、だから戻ってこい! 僕の妻にしてやるから!」
……ああ。
この人は、まだこんなことを言っているんだ。
自分を「天才」と信じ込み、私のことを「自分のための道具」だと思っている。
あまりのゴミっぷりに、悲しみすら通り越して、私はただ冷めた心地で彼を見つめていた。
その時。
私の肩に、熱い手が置かれた。
同時に、周囲の空気が凍りつくような圧力が放たれる。
「――聞こえなかったな。誰を妻にするって?」
シリルの声は、驚くほど穏やかだった。けれど、その背後には黄金の魔力が渦巻き、物理的な威圧となってエドワードを地面に押し潰した。
「ひ、ひぃっ……!? 殿下、これは……これはその、教育を……」
「教育? 自分の無能を棚に上げて、僕のフィオナを『道具』扱いしたその口で、まだ汚い言葉を吐くのか」
シリルは優雅な所作で私の前に立ち、エドワードを見下ろした。その靴先が、エドワードの汚れた手を冷酷に踏みつける。
「あ、ぎっ……あ、ああああ!」
「フィオナはね、君の汚れた人生を埋めるための部品じゃないんだ。僕の人生を照らす、唯一無二の光なんだよ。……それを泥に放り投げた罪、万死に値すると思わないかい?」
シリルは、苦痛に顔を歪めるエドワードをゴミを見るような目で見つめ、フッと華やかに笑った。
「安心しなよ。殺しはしない。……君には、これから一生、自分が捨てた宝石がどれほど眩しく、手の届かない場所で輝いているかを、どん底の淵から見上げ続けてもらう。それが僕の与える、君への慈悲だ」
シリルは私の方へ向き直ると、エドワードの絶叫を遮るように、私の腰を抱き寄せて深く唇を重ねた。
エドワードの絶望に満ちた呻き声が、最高のスパイスのように響く。
「さあ行こう、フィオナ。ゴミ掃除のあとは、美味しいお茶を飲まないとね」
シリルの腕の中に閉じ込められたまま、私は一度も後ろを振り返らなかった。
シリルに連れられて街へ出た私を待っていたのは、かつての婚約者の、見る影もない姿だった。
シリルの屋敷の門前で、衛兵に取り押さえられていた男――。
泥に汚れ、服は破れ、かつての傲慢な面影はどこにもない。それがエドワード様だと気づくのに、数秒かかった。
「フィ、フィオナ……! フィオナだろう!? 」
私を見つけた瞬間、彼は這いずるようにしてこちらへ向かってきた。その目は充血し、狂気じみた必死さが滲んでいる。
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「ああ、そうだ、僕だ! 大変なんだ、フィオナ! お前がいなくなった途端、書類の不備で爵位は剥奪され、家財も差し押さえられた。あの浮気相手の女も、金が尽きた途端に逃げ出しやがったんだ!」
彼は地面に額を擦り付け、あろうことか私に縋り付こうとした。
「お前さえいれば、全部元通りになる! お前の魔力があれば、僕はまた天才と言われるんだ! 許してやる、だから戻ってこい! 僕の妻にしてやるから!」
……ああ。
この人は、まだこんなことを言っているんだ。
自分を「天才」と信じ込み、私のことを「自分のための道具」だと思っている。
あまりのゴミっぷりに、悲しみすら通り越して、私はただ冷めた心地で彼を見つめていた。
その時。
私の肩に、熱い手が置かれた。
同時に、周囲の空気が凍りつくような圧力が放たれる。
「――聞こえなかったな。誰を妻にするって?」
シリルの声は、驚くほど穏やかだった。けれど、その背後には黄金の魔力が渦巻き、物理的な威圧となってエドワードを地面に押し潰した。
「ひ、ひぃっ……!? 殿下、これは……これはその、教育を……」
「教育? 自分の無能を棚に上げて、僕のフィオナを『道具』扱いしたその口で、まだ汚い言葉を吐くのか」
シリルは優雅な所作で私の前に立ち、エドワードを見下ろした。その靴先が、エドワードの汚れた手を冷酷に踏みつける。
「あ、ぎっ……あ、ああああ!」
「フィオナはね、君の汚れた人生を埋めるための部品じゃないんだ。僕の人生を照らす、唯一無二の光なんだよ。……それを泥に放り投げた罪、万死に値すると思わないかい?」
シリルは、苦痛に顔を歪めるエドワードをゴミを見るような目で見つめ、フッと華やかに笑った。
「安心しなよ。殺しはしない。……君には、これから一生、自分が捨てた宝石がどれほど眩しく、手の届かない場所で輝いているかを、どん底の淵から見上げ続けてもらう。それが僕の与える、君への慈悲だ」
シリルは私の方へ向き直ると、エドワードの絶叫を遮るように、私の腰を抱き寄せて深く唇を重ねた。
エドワードの絶望に満ちた呻き声が、最高のスパイスのように響く。
「さあ行こう、フィオナ。ゴミ掃除のあとは、美味しいお茶を飲まないとね」
シリルの腕の中に閉じ込められたまま、私は一度も後ろを振り返らなかった。
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