婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。

ムラサメ

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王子の特別

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エドワードの叫び声が遠ざかり、屋敷の奥にある二人だけのサンルームへと戻ってきた。

シリルは私をソファーに座らせると、自ら紅茶を淹れてくれた。その所作はどこまでも優雅で、けれど、どこか焦っているようにも見えた。

​「……シリル?」

「何かな」

「その、さっきは……あんなに怒ってくれて、ありがとう」

​私が俯きながらお礼を言うと、シリルはカップを置き、私の足元に膝をついた。

​「怒るなんて、そんな生ぬるいものじゃないよ。……あいつに触れられた君の手を、今すぐ煮沸して、僕の色で塗りつぶしたいと思っているくらいだ」

​シリルは私の手を取り、自分の頬にすり寄せた。
その時、彼の瞳から「冷酷な王子」の光が消え、昔の、私だけが知っている少年の顔が覗いた。

​「覚えているかい、フィオナ。十年前、僕が異母兄弟たちに『出来損ない』だと蔑まれて、庭の隅で泣いていた時のこと」

「……ええ。もちろん覚えているわ。貴方の金色の髪が、泥にまみれていて……」

「そう。あの日、誰もが僕を王家の恥だと笑った。父上でさえ、僕を道具としてしか見ていなかった。……けれど、君だけは違った」

​シリルは、私の掌に深く口づけを落とした。

​「君は僕に駆け寄って、自分の綺麗なハンカチが汚れるのも気にせずに、僕の泥を拭ってくれた。そして言ったんだ。『シリルはシリルよ。誰がなんと言っても、私にはあなたが世界で一番の星に見えるわ』って」

​あの日、私はただ、泣いている幼なじみを放っておけなかっただけ。

でも、その一言が、孤独だった彼にとってのすべてだった。

​「あの時から、僕は君に相応しい『星』になろうと決めたんだ。君が隣にいて恥ずかしくないように、圧倒的な力を手に入れ、誰よりも華やかに振る舞い……君を迎えに行く準備を、十年かけて進めてきた」

​シリルの指が、私の髪を愛おしそうに梳く。

​「エドワードに君を譲ったのは、僕の最大の失敗だった。……あんなゴミでも、君が選んだのなら幸せになれるかもしれないと、一度は身を引いた僕の甘さが、君を傷つけた。……二度と、そんな過ちは犯さない」

​シリルは私の腰を抱きしめ、子供が宝物に縋り付くような仕草で、私の胸に顔を埋めた。

​「ねえ、フィオナ。僕はもう、君がいない世界なんて耐えられない。……幼なじみの特権として、一生僕のそばにいてくれるよね?」

​甘く、切実で、逃げ場を塞ぐような懇願。

昔から変わらない、私だけの「泣き虫な王子様」の執着に、私は抗う術を持たなかった。
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