婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。

ムラサメ

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思い出の家庭料理

シリルの屋敷での生活が始まって数日。

私は、どうしても落ち着かない気持ちでいた。
毎日、最高級のフルコースを差し出されるけれど、エドワード様に「お前は飯を炊くことくらいしか能がない」と言われていた私には、贅沢すぎて喉を通らない。

​「あの、シリル。……私に、厨房を借りさせてくれないかな?」

​私の申し出に、シリルは意外そうに目を丸くしたけれど、すぐに華やかな笑顔で頷いた。

「君の望みなら、厨房ごとプレゼントしてもいいよ」

​……そこまでは求めていないんだけど、シリルは相変わらず重い。

​数時間後。私はシリルのために、昔よく二人で作った「素朴なポトフ」を作っていた。

エドワード様には「平民の食い物だ」と皿ごと投げ捨てられた、野菜を煮込んだだけの料理。

​「お待たせ、シリル。……お口に合うかわからないけど」

​シリルの前に差し出したのは、銀の食器には似つかわしくない、温かいスープ。

シリルは一瞬、その湯気を見つめたあと、スプーンを取って口に運んだ。

​「…………」

「……やっぱり、王子の貴方には、口に合わなかったわよね? ごめんなさい、すぐに下げさせ――」

​私が慌てて皿を引こうとしたその時、シリルが私の手首をそっと掴んだ。

見上げると、シリルの碧眼が、見たこともないほど潤んでいる。

​「……これだ。この味だよ、フィオナ」

「シリル……?」

「あの日、僕が泣いていた時。君が作ってくれた、あのスープと同じ味がする」

​シリルは、慈しむように残りのスープを飲み干した。そして、私の手を引き、自分の膝の上に私を座らせた。

​「エドワードは、君が作るこの料理を『能がない』と言ったのかい? ……本当に、死なせるだけじゃ生ぬるいほどの愚か者だね」

​シリルの声が、低く震える。

​「僕にとっては、どんな宮廷料理よりも、君が僕のために火を使って、野菜を切って、心を込めてくれたこの一皿の方が価値がある。……ねえ、フィオナ。君のこの腕は、僕を救うためにあるんだ」

​シリルは私の手の平に、愛おしそうに頬を寄せた。

​「これからは、僕のためだけに作って。他の誰にも、君の料理一口さえ、一欠片さえ与えたくない。……約束だよ?」

​ただ料理をしただけなのに、シリルに抱きしめられると、まるで私が「聖女」にでもなったかのような錯覚に陥る。

エドワード様に否定され続けてきた私の居場所を、シリルは一つずつ、甘い言葉で作り直してくれている。

​「……うん。私でよければ、いくらでも作るわ」

​私がそう言うと、シリルは私の首筋に鼻先を押し当てて、クスクスと嬉しそうに笑った。

​「言ったね? なら、逃がさないよ。一生、僕の胃袋も、心も、君が責任を持って満たしてね」

​彼の執着は、温かいスープよりもずっと熱く、私の心に深く染み渡っていった。

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