婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。

ムラサメ

文字の大きさ
9 / 9

世界で二人きり

しおりを挟む
「シリル、どこへ行くの? ピクニックって……そんな格好で?」

​市場の食材を文字通り「根こそぎ」積んだ馬車の後を追いながら、私は困惑していた。シリルはいつの間にか、動きやすいけれどこれ見よがしに豪華な、刺繍入りの乗馬服に着替えている。

​「最高の食材には、最高の景色が必要だろう? さあ、行こうか」

​シリルは私をひょいと抱き上げると、馬車ではなく自分の愛馬に乗せた。

彼に背後から抱きかかえられる形で、私たちは王都を一望できる「約束の丘」へと駆け上がった。
​そこに着いて、私は絶句した。

​「……誰も、いない?」

​普段は市民や恋人たちで賑わうはずの丘が、完全に無人だった。
代わりに、丘の頂上には真っ白な天幕が張られ、ふかふかの絨毯が敷かれ、さらには楽団まで控えている。

​「……シリル、まさかここも」

「ああ、今日一日は僕が貸し切った。君が他の誰の視線も気にせず、リラックスして過ごせるようにね」

​シリルは当然のように言い放つと、絨毯の上に私を座らせた。

市場で買い占めたばかりの新鮮な食材が、腕利きの料理人たちの手によって、その場で次々と色鮮やかなピクニック料理に変えられていく。

​「さあ、見てごらん、フィオナ。君が選んだトマトのサラダだ。あっちには君が香りを気に入ったハーブのチキン。……全部、君の好奇心が形になったものだよ」

​シリルは私の隣に寝そべり、黄金の髪を風に遊ばせながら、満足げに景色を眺めた。

​「エドワードといた時は、こんな風に空を見上げる余裕もなかっただろう?」

「……ええ。いつも、次の仕事のことや、彼の機嫌を損ねないことばかり考えていたわ」

​私がポツリと漏らすと、シリルは私の手を握り、その指先を一本ずつ確かめるように撫でた。

​「これからは、空が青いことや、風が気持ちいいことだけを考えて。……あとは、僕が君をどれだけ愛しているか、それだけでいい」

​シリルは、バスケットからリンゴを一つ取り出すと、ナイフを使わずに手で半分に割って、片方を私に差し出した。

​「ほら、食べて。君が『美味しそう』って言ったリンゴだ」

​あーん、ではなく、ただ「一緒に食べる」という幼なじみらしい時間。

けれど、その背後では楽団が私たちのためにだけ愛の歌を奏で、周囲一帯はシリルの権力によって静寂が保たれている。

​「……シリル。貴方って、本当に極端ね」

「そうかな? 僕はただ、昔から君が欲しがっていた『自由』をあげたいだけだよ。……僕の腕の中という、一番安全な自由をね」

​シリルの碧眼が、悪戯っぽく、けれど深い執着を秘めて笑う。

ピクニックという名の「世界の独占」。

私は、彼が切り取った美しい景色の中で、少しずつ、エドワードに植え付けられた心の傷が、シリルの華やかな愛で上書きされていくのを感じていた。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

「次点の聖女」

手嶋ゆき
恋愛
 何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。  私は「次点の聖女」と呼ばれていた。  約一万文字強で完結します。  小説家になろう様にも掲載しています。

愚か者の話をしよう

鈴宮(すずみや)
恋愛
 シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。  そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。  けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

お望み通り、消えてさしあげますわ

梨丸
恋愛
一国の次期王妃と言われていた子爵令嬢アマリリス。 王太子との結婚前夜、彼女は自ら火を放ち、死んだ。 国民達は彼女の死を特に気にもしなかった。それどころか、彼女の死を喜ぶ者もいた。彼女の有していた聖女の力は大したものではなかったし、優れているのは外見だけの“役立たずの聖女”だと噂されるほどだったから。 彼女の死後、すぐさま後釜として皆に好かれていた聖女が次期王妃に召し上げられた。 この国はより豊かになる、皆はそう確信した。 だが、“役立たずの聖女”アマリリスの死後──着実に崩壊は始まっていた。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)

【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!

林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。  マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。  そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。  そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。  どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。 2022.6.22 第一章完結しました。 2022.7.5 第二章完結しました。 第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。 第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。 第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜

彩華(あやはな)
恋愛
 一つの密約を交わし聖女になったわたし。  わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。  王太子はわたしの大事な人をー。  わたしは、大事な人の側にいきます。  そして、この国不幸になる事を祈ります。  *わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。  *ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。 ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。

政略結婚した夫に殺される夢を見た翌日、裏庭に深い穴が掘られていました

伊織
恋愛
夫に殺される夢を見た。 冷え切った青い瞳で見下ろされ、血に染まった寝室で命を奪われる――あまりにも生々しい悪夢。 夢から覚めたセレナは、政略結婚した騎士団長の夫・ルシアンとの冷えた関係を改めて実感する。 彼は宝石ばかり買う妻を快く思っておらず、セレナもまた、愛のない結婚に期待などしていなかった。 だがその日、夢の中で自分が埋められていたはずの屋敷の裏庭で、 「深い穴を掘るために用意されたようなスコップ」を目にしてしまう。 これは、ただの悪夢なのか。 それとも――現実に起こる未来の予兆なのか。 闇魔法を受け継ぐ公爵令嬢と、彼女を疎む騎士団長。 不穏な夢から始まる、夫婦の物語。 男女の恋愛小説に挑戦しています。 楽しんでいただけたら嬉しいです。

処理中です...