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お買い物は「列」ごと
「……シリル、本当にいいの? 買い物なんて」
数日後。シリルは私の手を引いて、王都で一番活気のある市場へと連れ出してくれた。
王族である彼がこんな場所に来るのは異例中の異例だけど、シリルは変装用の眼鏡さえも「華やかなオーラ」で無効化しながら、楽しそうに私の隣を歩いている。
「もちろん。君が昨日作ってくれたスープの具材、君自身の目で選びたいだろう? それに……」
シリルは私の耳元で、甘く、けれど少しだけ独占欲を滲ませて囁いた。
「君が何に目を輝かせるのか、僕が一番近くで見ていたいんだ」
市場に着くと、私は思わず声を上げた。
エドワード様の屋敷にいた頃は、食材の買い出しなんて使用人任せで、私はいつも裏口で届いたものを受け取るだけだった。
並んでいる新鮮なトマト、香ばしいパンの匂い。私は夢中になって歩き回った。
「わあ、このハーブ、すごく香りがいい! シリル、これがあればもっと美味しく――」
私が一つの屋台の前で立ち止まり、ハーブの束を手に取った、その時だった。
「おっ、お嬢さん、お目が高い! それは今朝採れたばかりの……」
店主のおじさんが私に話しかけようとした瞬間、シリルの碧眼がスッと冷たく光った。
彼は私の肩を抱き寄せ、店主との間に割って入る。
「……君。彼女に気安く話しかけないでくれるかな。彼女が気に入ったのはそのハーブであって、君じゃない」
「えっ、ひ、ひぇっ……!?」
シリルの放つ圧倒的な威圧感に、店主は一瞬で震え上がった。
「シリル、そんなに怒らなくても……! 私、ただこれが素敵だなって思っただけで」
「そう。フィオナが『素敵だ』と言った。……なら、答えは一つだね。――おい、後ろの者たち」
シリルの合図とともに、影のように控えていた護衛たちが一斉に姿を現した。
「この列にある店、右から左まで全部買い取る。商品はすべて僕の屋敷へ運べ」
シリルの差し出した金貨の袋を見て、店主の目が飛び出さんばかりに剥かれた。
私は呆然と立ち尽くす。
「シ、シリル!? ハーブ一束で良かったのに、なんで一列丸ごと買い占めるのよ!」
「だって、君が次にどの店で足を止めるかわからないだろう? 先に全部僕のものにしておけば、君が何を選んでも僕からのプレゼントになる」
シリルは私の頬を指先で撫で、満足げに微笑んだ。
「君がこの世界で目にする素敵なものは、全部僕が与えたものでありたいんだ。……ねえ、フィオナ。次はあっちの宝石店に行こうか。それとも、市場ごと買い取って『フィオナ・マーケット』に改名しようか?」
「……もう、デートにならないじゃない……」
私が溜息をつくと、シリルは私の手を恋人繋ぎでギュッと握りしめた。
「デートだよ。僕が君を甘やかし、君が僕に困らされる……。――ねえ、フィオナ。僕を困らせていいのは君だけだけど、君を幸せにしていいのも、僕だけなんだよ」
シリルの瞳の奥にあるのは、財力で見せびらかす傲慢さではなく、「君のすべてを支配したい」という幼なじみゆえの切実な渇望だった。
私は、結局買い占められた市場の真ん中で、真っ赤な顔をして俯くしかなかった。
数日後。シリルは私の手を引いて、王都で一番活気のある市場へと連れ出してくれた。
王族である彼がこんな場所に来るのは異例中の異例だけど、シリルは変装用の眼鏡さえも「華やかなオーラ」で無効化しながら、楽しそうに私の隣を歩いている。
「もちろん。君が昨日作ってくれたスープの具材、君自身の目で選びたいだろう? それに……」
シリルは私の耳元で、甘く、けれど少しだけ独占欲を滲ませて囁いた。
「君が何に目を輝かせるのか、僕が一番近くで見ていたいんだ」
市場に着くと、私は思わず声を上げた。
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並んでいる新鮮なトマト、香ばしいパンの匂い。私は夢中になって歩き回った。
「わあ、このハーブ、すごく香りがいい! シリル、これがあればもっと美味しく――」
私が一つの屋台の前で立ち止まり、ハーブの束を手に取った、その時だった。
「おっ、お嬢さん、お目が高い! それは今朝採れたばかりの……」
店主のおじさんが私に話しかけようとした瞬間、シリルの碧眼がスッと冷たく光った。
彼は私の肩を抱き寄せ、店主との間に割って入る。
「……君。彼女に気安く話しかけないでくれるかな。彼女が気に入ったのはそのハーブであって、君じゃない」
「えっ、ひ、ひぇっ……!?」
シリルの放つ圧倒的な威圧感に、店主は一瞬で震え上がった。
「シリル、そんなに怒らなくても……! 私、ただこれが素敵だなって思っただけで」
「そう。フィオナが『素敵だ』と言った。……なら、答えは一つだね。――おい、後ろの者たち」
シリルの合図とともに、影のように控えていた護衛たちが一斉に姿を現した。
「この列にある店、右から左まで全部買い取る。商品はすべて僕の屋敷へ運べ」
シリルの差し出した金貨の袋を見て、店主の目が飛び出さんばかりに剥かれた。
私は呆然と立ち尽くす。
「シ、シリル!? ハーブ一束で良かったのに、なんで一列丸ごと買い占めるのよ!」
「だって、君が次にどの店で足を止めるかわからないだろう? 先に全部僕のものにしておけば、君が何を選んでも僕からのプレゼントになる」
シリルは私の頬を指先で撫で、満足げに微笑んだ。
「君がこの世界で目にする素敵なものは、全部僕が与えたものでありたいんだ。……ねえ、フィオナ。次はあっちの宝石店に行こうか。それとも、市場ごと買い取って『フィオナ・マーケット』に改名しようか?」
「……もう、デートにならないじゃない……」
私が溜息をつくと、シリルは私の手を恋人繋ぎでギュッと握りしめた。
「デートだよ。僕が君を甘やかし、君が僕に困らされる……。――ねえ、フィオナ。僕を困らせていいのは君だけだけど、君を幸せにしていいのも、僕だけなんだよ」
シリルの瞳の奥にあるのは、財力で見せびらかす傲慢さではなく、「君のすべてを支配したい」という幼なじみゆえの切実な渇望だった。
私は、結局買い占められた市場の真ん中で、真っ赤な顔をして俯くしかなかった。
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