不器用な氷の王子は幼馴染を離さない。元婚約者は勝手に破滅中!

ムラサメ

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第一話

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​「エルナ・フォン・バウム! 貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」

​シャンデリアの光が降り注ぐ、王宮の夜会会場。
王太子エドワードの声が、高らかに鳴り響いた。

彼の腕には、庇護欲をそそるような儚げな表情をした男爵令嬢、ミラがしがみついている。

​周囲の貴族たちは、一瞬の静寂の後、ひそひそと嘲笑の声を漏らし始めた。

「地味で可愛げのない公爵令嬢が、ついに捨てられたか」

​私は、ただ静かに背筋を伸ばして立っていた。

視界の端で、父が苦々しく顔を背けるのが見えた。実の娘が追放を言い渡されているというのに、彼は保身のことしか考えていない。

​(……ああ、これで終わるのね)

​ショックというより、どこか冷めた心地だった。
私は、この国を愛していた。

遊び呆けるエドワードに代わり、夜通しで予算案を組み、周辺諸国との貿易協定をまとめ、政務をすべて引き受けてきた。

それを「可愛げがない」「無能な女の暇つぶし」と切り捨てられるのなら、もう私にできることは何もない。

​「……承知いたしました、殿下。今まで、至らぬ身ながらお支えできましたこと、感謝いたします」

​私は完璧なカーテシーを見せた。

最後まで淑女として、この国を去るつもりだった。
しかし、エドワードは私のその淡々とした態度が気に食わなかったらしい。

​「ふん、最後まで可愛げのない女だ! 衛兵! この女を今すぐ城の外へ叩き出せ! 持って行く荷物など、身一つで十分だ!」

​乱暴な言葉とともに、数人の衛兵が私の方へ歩み寄ってくる。

冷たい床に膝をつかされる。そう覚悟して目を閉じた、その時。

​「――その汚い手を、彼女に触れさせてみろ。その腕、二度と使い物にならぬよう切り落としてやる」

​凍てつくような、しかし、圧倒的な重圧を孕んだ声が会場を支配した。

歩み寄ってきた衛兵たちが、あまりの威圧感に蛇に睨まれた蛙のように硬直する。

​会場の入り口から現れたのは、一人の男だった。

漆黒の軍服に身を包み、腰には国宝級の魔剣。

銀色の髪をなびかせ、夜の闇を溶かし込んだような深い紺色の瞳を持つ男。

​「アルフレッド・フォン・ラグナ……隣国の、第一王子……!?」

​誰かが震える声でその名を呼んだ。

「氷の王子」の異名を持ち、冷徹無比な軍事の天才として周辺諸国に恐れられている人物。なぜ彼が、我が国の内政の場に?

​アルフレッド殿下は、取り繕おうとして口を開きかけたエドワードを、ゴミを見るような一瞥で黙らせた。

そして、真っ直ぐに私の前へと歩を進める。

​彼は私の目の前で足を止めると、ふい、と視線を逸らした。

冷徹な「氷神」の名に相応しくない、どこか落ち着かない様子で、彼は懐からシルクの手袋を取り出し、私に差し出した。

​「……立て。そんな汚れた床に、いつまで膝をついているつもりだ」

​突き放すような言葉。

けれど、差し出されたその手袋は、私の震える手を包み込むように、優しく差し出されていた。

​「殿下、なぜ……」

​「……お前を、連れに来た。……いや、違うな。お前を不当に扱うこの国を、俺が許せないだけだ」

​彼はそう言うと、私の肩を抱き寄せるようにして引き寄せた。

その瞬間、彼の腕が、かすかに、本当にわずかだけ震えていることに気づいた。

氷のように冷たい瞳の奥で、激情が渦巻いている。

​「エドワード王太子。……この女性を追放したこと、万死に値する愚策だと、すぐに思い知ることになるぞ」

​「な、何を……! 彼女はただの地味な女だ! 代わりなどいくらでも――」

​「黙れ。不快だ」

​アルフレッド殿下が低く呟くと同時に、凄まじい魔力が会場を揺らした。

エドワードは腰を抜かし、ミラは悲鳴を上げて床に伏せる。

​殿下は満足げに鼻を鳴らすと、私に向き直った。

その顔は再び「氷の王子」の仮面を被っていたが、私をエスコートする手は、驚くほど強引に、それでいて壊れ物を扱うように慎重だった。

​「行くぞ、エルナ。……俺の国へ。お前の価値を解らぬ連中のために、その頭脳を使う必要はない」

​彼は私の返事を待たず、強引に歩き出した。

あまりの歩幅の速さに、私は躓きそうになる。

すると彼は、「……っ、すまない。お前の歩調を忘れて……いや、慣れていなかった」と、一瞬だけ動揺を見せ、すぐに速度を落とした。

​その瞬間、私は見た。

氷の王子と恐れられる彼の耳の裏が、ほんのりと赤くなっているのを。

​会場を出る間際、私は振り返らなかった。

後に残されたのは、静まり返った会場と、自分の過ちにまだ気づいていない、愚かな王太子だけだった。
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