不器用な氷の王子は幼馴染を離さない。元婚約者は勝手に破滅中!

ムラサメ

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第二話

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王宮の喧騒が遠ざかり、重厚な馬車の扉が閉められた。

車内を包むのは、高価な香香と、どこか懐かしい、雨上がりの森のような清涼な香り。

向かい合わせではなく、隣り合わせ。公爵令嬢としてあるまじき距離の近さに、私は身を固くした。

​「……殿下、少し、近すぎませんか」

​私が控えめに問いかけると、アルフレッド殿下は窓の外を見つめたまま、微塵も動かなかった。

​「……暗殺者の魔法から守るためだ。この馬車には多重の結界を張っている。中心にいた方が安全だ」

​「……左様でございますか」

​冷淡で、付け入る隙もない完璧な王子の声。

けれど、触れ合っている肩からは、彼の速すぎる鼓動が伝わってくる。

私は、隣に座るこの「氷の王子」を盗み見た。

銀の髪に、鋭い紺色の瞳。軍服に包まれた体格は逞しく、隙がない。

……けれど、どこだろう。

先ほどから、喉の奥に小骨が刺さったような違和感が消えない。

​「……エルナ。何か言いたげだな」

​「あ、いえ。……失礼ながら、あまりにも昔の知人に似ていたもので。でも、あの子はもっと……その、いつも泣いていて、私の後ろに隠れてばかりでしたから」

​その瞬間。

アルフレッド殿下の背筋が、見たこともないほどピンと伸びた。

​「……人違いだろう。俺は昔から、泣いたことなど一度もない」

​「そうですか? 『エルナぁ、置いてかないでぇ』って私のスカートを握りしめていたあの子と、目の形がそっくりで」

​「……っ」

​殿下が、目に見えて動揺し、顔を背けた。

だが、その拍子に彼の襟元から見えた。……右の耳の後ろにある、小さな三日月形の痣。

​「……やっぱり、アルくんだわ」

​「……っ!?」

​私が幼い頃の愛称を口にした瞬間、アルフレッド殿下は「氷の王子」の仮面をかなぐり捨て、絶望したような顔で私を振り返った。

​「……やめろ。その呼び方は、……今の俺には相応しくない」

​「えっ、でも、アルくん……」

​「アルくんと言うな! 恥ずかしいんだ……!」

​彼は顔を両手で覆い、ガシガシと自らの銀髪を掻き乱した。

先ほどまでの、威風堂々とした隣国の第一王子の面影はどこへやら。そこには、過去を掘り返されて悶絶する「幼馴染の少年」がいた。

​「俺は……俺はな、エルナ。今日という日のために、どれだけ自分を鍛え直したと思っているんだ! 隙のない、完璧で、お前を軽々と救い出す『かっこいい男』として再会するはずだったのに……!」

​「……ええ。とってもかっこよかったわよ? さっきの助け出し方も」

​「過去の泣き顔をセットで思い出されたら意味がないだろう……!」

​彼は耳まで真っ赤にして、膝の上で拳を握りしめている。

どうやら彼は、隣国に養子に行ってからの数年間、私の記憶の中にある「泣き虫なアルくん」を上書きするために、必死に「冷徹な王子」を演じてきたらしい。

​「……エドワードという男が、お前を泣かせていると聞いた時、俺は……」

​不意に、彼の声が低くなった。

彼は覆っていた手を下ろし、熱を帯びた瞳で私を見つめた。

​「お前を傷つける全てのものを粉砕して、今度こそ俺がお前を守るんだと、それだけを支えに這い上がってきたんだ」

​「アル……フレッド」

​「……様をつけろ。……いや、もういい」

​彼は溜息をつき、私の手をそっと、でも力強く包み込んだ。

「氷の王子」の異名が嘘のように、その手は熱い。

​「エルナ。……あいつに捨てられるのを、ずっと待っていたなんて言えば、お前は俺を軽蔑するか?」

​「……。私、あんな風に助けてもらえるなんて、思ってもみなかった」

​「……当たり前だ。お前は俺にとって、世界で唯一の、……逆らえない主なんだからな」

​さらりと、一歩間違えれば騎士としてのプライドを投げ捨てるようなことを彼は口にした。

彼は無表情のままだが、私を繋ぎ止める指先が、微かに、大切そうに震えている。

余裕たっぷりな冷徹公子を演じているつもりなのだろうが、隠しきれない愛情が、ポロポロとこぼれ落ちていた。

​「……俺の国へ来い。お前の価値を解らぬ連中に、二度とお前の影も踏ませない。……約束する」

​そう言って、彼は私の額に、誓うようにそっと唇を寄せた。

不器用で、熱くて、どこか懐かしい、約束の体温。

​その頃、私たちの去った王宮では。

「大変です! 財務部の金庫が開きません! 管理魔法のパスワードを、エルナ様以外誰も知らないのです!」

「何!? 魔法騎士団の遠征計画書も、彼女のサインがないと発動できないだと!?」

エドワード王太子の怒号が響くが、すべては後の祭りだった。


​馬車の中で、アルフレッドは私の肩に頭を預け、ポツリと漏らした。

「……なぁ、エルナ。……もう一度だけ言うが、……その、昔の呼び方は、禁止だ。絶対にだぞ」

​「……ふふ。考えとくわ」

​「…………。……一人の時なら、……少しだけなら、いいぞ」

​「えっ、今なんて言ったの?」

​「……何も言っていない!」

​顔を真っ赤にして窓の外を見る彼の横顔は、やっぱり、あの頃の泣き虫な少年の面影を、ほんの少しだけ残していた。
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