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他部署ーーシステム管理課で発覚したというミスは、顧客リストの移し間違いだった。システム切替のため自動で行った顧客リストの移行作業だったが、空欄部分がずれ込んでしまったらしい。誕生日や年令など、登録にあたって任意で記載する項目について、確認が必要とのことだった。
春菜たちの他、システム企画課からも応援が来ての作業だ。
「でも、なんで今日中なんですか?」
「誕生日クーポンの配信があるらしい」
「顧客情報管理課じゃなくて、システム管理課のミスなんですね」
「まあ、当初のリストに問題がなかったなら、システム移行した方の責任だろうね」
横を歩いていれば、ほとんど視界に入らないのでいつもの感じと変わらない。春菜はそのことにホッとしながら歩いていた。
システム管理課はワンフロア上の最奥にある。サーバーに近い位置にオフィスがあるので、セキュリティロックもあって、インターホンから訪問する先の人を呼び、ドアを開けてもらう仕組みだ。
小野田がインターホンを押して名乗ると、しばらく後にドアが開いた。二人で中に入っていく。
「小野田ー、待ってたよー」
出迎えたのはシステム管理課の野崎課長。小野田より3期上の先輩で、最初の職場で隣り合って仕事した仲らしい、とは以前何かのときに日高から聞いた話だ。
「あれ。そんな爽やかな小野田、久々に見た」
野崎は目を丸くして言った。
(見てすぐ分かったってことは、新人のときはもしかして……)
考えてみれば、当然といえば当然だ。新人のときから無精髭に寝癖だらけの髪で毎日出社するなど、常識から外れすぎている。
「あのとき、毎日残業続きだったもんなぁ。身なりを気にしてる暇あったら寝てたよなぁ、みんな」
懐かしそうに遠い目をしながら野崎が言う。なんだそのブラックな所属。思わず嫌そうな顔をした春菜に、野崎は慌てたようだ。
「ま、今はそんなことないよね。あのときはほんと、いきなりシステム作る話が降って湧いたから、みんなも驚いたけど」
野崎は言いながら二人を仲に招き入れた。
「ともあれ、助かるよ。すまないね、わざわざ他課のために残業なんてしてもらってーー」
「うわー!やだ、ちゃんとした小野田くん久しぶりに見たー!なに、イメチェン?彼女でもできた?」
「林さん、もうちょっと静かに……」
小野田が苦笑しながら応じたのは、もう50代半ばの女性社員だった。
「あ、ごめんごめん。だって、新人のとき以来じゃない?髪とかヒゲとかちゃんとしてるの。可愛い顔してるのにもったいないなーって思ってたのよ、おばちゃんも」
言いながら小野田の肩をぽんぽんとたたく。春菜はなんとなく仲良くなれそうな人だなと思いながら、小野田の肩越しにその様子を見ていた。
「可愛いって……もう僕31ですよ」
「私から見ればまだまだ少年よ」
林と呼ばれた女性は笑ってひらひらと手を振った。
システム系の部署は、その中でローテーションする人事が多いと聞いたが、小野田の知り合いは多いらしい。感心して見ていると、小野田が振り返った。
「こちら、システム管理課の林さん。僕が最初の部署で何かとお世話になった人で、我が社ではまだ数少ないワーキングマザーの一人だよ」
「こんにちはー。ワーキングマザーって言ってももう子供も中学生だけどねぇ」
「ええと、小野田課長のところで働いてます。小松春菜です」
春菜はぺこりと頭を下げた。林は目を細める。
「可愛い子じゃないの。よかったねぇ、小野田くん」
「林さん。そんな話するために残ったんじゃないですよ」
小野田が唇を尖らせて言うと、林は肩を竦めて椅子に腰掛けた。
「失礼しました。IT推進課からの応援ありがとうございます。こちらにおかけください」
林が改まって空いた席を示すと、小野田は苦笑して春菜に目配せをし、二人で椅子に腰掛けた。
春菜たちの他、システム企画課からも応援が来ての作業だ。
「でも、なんで今日中なんですか?」
「誕生日クーポンの配信があるらしい」
「顧客情報管理課じゃなくて、システム管理課のミスなんですね」
「まあ、当初のリストに問題がなかったなら、システム移行した方の責任だろうね」
横を歩いていれば、ほとんど視界に入らないのでいつもの感じと変わらない。春菜はそのことにホッとしながら歩いていた。
システム管理課はワンフロア上の最奥にある。サーバーに近い位置にオフィスがあるので、セキュリティロックもあって、インターホンから訪問する先の人を呼び、ドアを開けてもらう仕組みだ。
小野田がインターホンを押して名乗ると、しばらく後にドアが開いた。二人で中に入っていく。
「小野田ー、待ってたよー」
出迎えたのはシステム管理課の野崎課長。小野田より3期上の先輩で、最初の職場で隣り合って仕事した仲らしい、とは以前何かのときに日高から聞いた話だ。
「あれ。そんな爽やかな小野田、久々に見た」
野崎は目を丸くして言った。
(見てすぐ分かったってことは、新人のときはもしかして……)
考えてみれば、当然といえば当然だ。新人のときから無精髭に寝癖だらけの髪で毎日出社するなど、常識から外れすぎている。
「あのとき、毎日残業続きだったもんなぁ。身なりを気にしてる暇あったら寝てたよなぁ、みんな」
懐かしそうに遠い目をしながら野崎が言う。なんだそのブラックな所属。思わず嫌そうな顔をした春菜に、野崎は慌てたようだ。
「ま、今はそんなことないよね。あのときはほんと、いきなりシステム作る話が降って湧いたから、みんなも驚いたけど」
野崎は言いながら二人を仲に招き入れた。
「ともあれ、助かるよ。すまないね、わざわざ他課のために残業なんてしてもらってーー」
「うわー!やだ、ちゃんとした小野田くん久しぶりに見たー!なに、イメチェン?彼女でもできた?」
「林さん、もうちょっと静かに……」
小野田が苦笑しながら応じたのは、もう50代半ばの女性社員だった。
「あ、ごめんごめん。だって、新人のとき以来じゃない?髪とかヒゲとかちゃんとしてるの。可愛い顔してるのにもったいないなーって思ってたのよ、おばちゃんも」
言いながら小野田の肩をぽんぽんとたたく。春菜はなんとなく仲良くなれそうな人だなと思いながら、小野田の肩越しにその様子を見ていた。
「可愛いって……もう僕31ですよ」
「私から見ればまだまだ少年よ」
林と呼ばれた女性は笑ってひらひらと手を振った。
システム系の部署は、その中でローテーションする人事が多いと聞いたが、小野田の知り合いは多いらしい。感心して見ていると、小野田が振り返った。
「こちら、システム管理課の林さん。僕が最初の部署で何かとお世話になった人で、我が社ではまだ数少ないワーキングマザーの一人だよ」
「こんにちはー。ワーキングマザーって言ってももう子供も中学生だけどねぇ」
「ええと、小野田課長のところで働いてます。小松春菜です」
春菜はぺこりと頭を下げた。林は目を細める。
「可愛い子じゃないの。よかったねぇ、小野田くん」
「林さん。そんな話するために残ったんじゃないですよ」
小野田が唇を尖らせて言うと、林は肩を竦めて椅子に腰掛けた。
「失礼しました。IT推進課からの応援ありがとうございます。こちらにおかけください」
林が改まって空いた席を示すと、小野田は苦笑して春菜に目配せをし、二人で椅子に腰掛けた。
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