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第一章 ギャップ萌えって、いい方向へのギャップじゃなきゃ萌えないよね。
13 ゲリラ豪雨にやられたジャージをそのまま乾かして返すという嫌がらせ。(*3/21一部改稿)
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ズアーッ、と、すごい音を立てて降っているゲリラ豪雨に、私は思わず足を止めた。
マネージャーから振られた仕事を片付け、他部署に話をつけてデスクに戻ろうと廊下を歩いていたときのことだ。
ーーうっわ、終わった。前田のジャージ。
まーいっか、ジャージだし。ちなみに私の服は、ズボン以外室内に干してきた。サマーニットと下着だからね。一人暮らしの女子は普通中干しでしょ。
でもこの様子じゃもう一度洗濯機にかけないと駄目そうだなあ。
思いつつ、止めていた足をまた進める。休憩スペースの横を通ったとき、見慣れ(てしまっ)た姿に気づき、再度足を止めた。
前田は手元のルービックキューブを長い指先に持ったまま、窓の外で地面を叩く雨を眺めている。窓に近づけばその音が分かるほどの豪雨は、多分長時間降り続くものではないだろう。そんな様子を眺めている横顔と首筋。ほとんど外に出ないのであろう肌は白くてうらやましいくらいにきめ細かい。それをぼんやり眺めてしまってから我に返った。
ーーいやいや。何見とれてんの。
違う違う。見とれてない見とれてない。ってか訳わかんない。あれどう見てもサボりじゃん仕事。何やってんのあいつ。
前田、と呼び掛けようとしてためらう。フリーダム。いやそれはあんまりか。やっぱり素通りしようかと思い直したとき、前田が振り向いた。
「ーー何やってんの。吉田さん」
前田は私の姿を目に留めると、相変わらずのクールガイっぷりで言った。なんとなく感じる上から目線になんとなくイラッとする。
ーー自由人?私に言わせるとこいつはあれだ、アイスマンだ。ああ駄目駄目。アイスマンなんて私の大好きなアイスクリームを侮辱しているようだわ。じゃあ製氷機。ちょっと違うか。ブリザード男。ううんイマイチ。
イライラの方向が前田から自分のネーミングセンスに向いてきたとき、前田が立ち上がった。
「また馬鹿なこと考えてんでしょ」
「馬鹿なことって何だ!」
あんたのあだ名考えてやってんのよありがたく思いなさい、とせめてもの上から目線で心中叫ぶが口には出さない。一応ジャージ借りた身だからね。とりあえずジャージ返すまではあんまり噛み付くのはやめようと思っている。私も大人だからね。どやっ。
前田がじいっと私の顔を見てくる。悔しいのでぐっと見返してやっていたが、あまりに長時間にわたる遠慮のない視線にたじろいだとき、その視線が緩んだ。
「やっぱり変な人。吉田さん」
前田は私の横をすり抜けてシステム課の部屋へと歩いて行く。私は拍子抜けした思いでその背を見ていた。
「そういえば」
不意に前田が立ち止まり、振り返る。
「レイラちゃんから同期会しようって。吉田さんも聞いた?」
「え?う、うん……」
「そっか。ならよかったね」
言い残して前田は遠ざかっていく。
よかったねって、やっぱり上から目線。何?あんた私のお兄ちゃんか何かのつもり?手のかかる女だな、くらいには思われていそうで腹が立つ。勝手に想像して勝手に腹を立てているのが馬鹿らしいけど仕方ない。あいつは言葉があまりに少なすぎると思うの。もうちょっと言葉を尽くすということを覚えておいた方がよろしくてよ、坊ちゃん。
気を紛らわせるために、腕組みをしてふふんと鼻で笑ってみる。うんちょっと上から目線になった気分。よし帰ろう。思ってきびすを返しかけたとき、
「ああそうだ」
前田が急に振り向いた。優越感に浸っていた私はビビる。前田は気にせず口を開き、
「吉田さん。ズボンのチャック、開いてるよ」
じゃあねと言って部屋に入る。私は慌ててズボンの前を確認した。確かに半分開いていたそれを閉める。顔が真っ赤になっているのが分かる。周りの人がチラチラこっちを見ている気がして、逃げるようにその場を去った。
ーー前田!前田め!あいつは悪魔だ!デビルだ!デビル前田!売れない芸人みたいでお似合いだ!
運動神経は悪くない私である。ほぼ全力疾走でデスクに戻ると、肩で息をしつつドサリと椅子に腰掛けた。
ていうかもうちょっと近くにいるときにこっそり教えてくれればいいじゃんよ。何であんな離れたところからそこそこ大声で言うわけ。周りにも聞こえちゃう声で言うわけ。マジ意味わかんない人の尊厳馬鹿にしてるとしか思えない。人権侵害だ人権侵害!!
「あれー。吉田さんご機嫌ナナメ?」
「はい、最っ低のテンションです」
可能な限り低い声で答えると、佐々マネは困ったような笑顔で首を傾げた。
「えー。困っちゃうな。でもこれお願い」
「ご機嫌関係ないんじゃないですか!」
「ばれちゃった?えへっ」
「えへ、じゃないー!」
私は八つ当たりのように佐々マネに食ってかかるが、狸マネージャーはよろしくーと笑顔で肩を叩いたのだった。
マネージャーから振られた仕事を片付け、他部署に話をつけてデスクに戻ろうと廊下を歩いていたときのことだ。
ーーうっわ、終わった。前田のジャージ。
まーいっか、ジャージだし。ちなみに私の服は、ズボン以外室内に干してきた。サマーニットと下着だからね。一人暮らしの女子は普通中干しでしょ。
でもこの様子じゃもう一度洗濯機にかけないと駄目そうだなあ。
思いつつ、止めていた足をまた進める。休憩スペースの横を通ったとき、見慣れ(てしまっ)た姿に気づき、再度足を止めた。
前田は手元のルービックキューブを長い指先に持ったまま、窓の外で地面を叩く雨を眺めている。窓に近づけばその音が分かるほどの豪雨は、多分長時間降り続くものではないだろう。そんな様子を眺めている横顔と首筋。ほとんど外に出ないのであろう肌は白くてうらやましいくらいにきめ細かい。それをぼんやり眺めてしまってから我に返った。
ーーいやいや。何見とれてんの。
違う違う。見とれてない見とれてない。ってか訳わかんない。あれどう見てもサボりじゃん仕事。何やってんのあいつ。
前田、と呼び掛けようとしてためらう。フリーダム。いやそれはあんまりか。やっぱり素通りしようかと思い直したとき、前田が振り向いた。
「ーー何やってんの。吉田さん」
前田は私の姿を目に留めると、相変わらずのクールガイっぷりで言った。なんとなく感じる上から目線になんとなくイラッとする。
ーー自由人?私に言わせるとこいつはあれだ、アイスマンだ。ああ駄目駄目。アイスマンなんて私の大好きなアイスクリームを侮辱しているようだわ。じゃあ製氷機。ちょっと違うか。ブリザード男。ううんイマイチ。
イライラの方向が前田から自分のネーミングセンスに向いてきたとき、前田が立ち上がった。
「また馬鹿なこと考えてんでしょ」
「馬鹿なことって何だ!」
あんたのあだ名考えてやってんのよありがたく思いなさい、とせめてもの上から目線で心中叫ぶが口には出さない。一応ジャージ借りた身だからね。とりあえずジャージ返すまではあんまり噛み付くのはやめようと思っている。私も大人だからね。どやっ。
前田がじいっと私の顔を見てくる。悔しいのでぐっと見返してやっていたが、あまりに長時間にわたる遠慮のない視線にたじろいだとき、その視線が緩んだ。
「やっぱり変な人。吉田さん」
前田は私の横をすり抜けてシステム課の部屋へと歩いて行く。私は拍子抜けした思いでその背を見ていた。
「そういえば」
不意に前田が立ち止まり、振り返る。
「レイラちゃんから同期会しようって。吉田さんも聞いた?」
「え?う、うん……」
「そっか。ならよかったね」
言い残して前田は遠ざかっていく。
よかったねって、やっぱり上から目線。何?あんた私のお兄ちゃんか何かのつもり?手のかかる女だな、くらいには思われていそうで腹が立つ。勝手に想像して勝手に腹を立てているのが馬鹿らしいけど仕方ない。あいつは言葉があまりに少なすぎると思うの。もうちょっと言葉を尽くすということを覚えておいた方がよろしくてよ、坊ちゃん。
気を紛らわせるために、腕組みをしてふふんと鼻で笑ってみる。うんちょっと上から目線になった気分。よし帰ろう。思ってきびすを返しかけたとき、
「ああそうだ」
前田が急に振り向いた。優越感に浸っていた私はビビる。前田は気にせず口を開き、
「吉田さん。ズボンのチャック、開いてるよ」
じゃあねと言って部屋に入る。私は慌ててズボンの前を確認した。確かに半分開いていたそれを閉める。顔が真っ赤になっているのが分かる。周りの人がチラチラこっちを見ている気がして、逃げるようにその場を去った。
ーー前田!前田め!あいつは悪魔だ!デビルだ!デビル前田!売れない芸人みたいでお似合いだ!
運動神経は悪くない私である。ほぼ全力疾走でデスクに戻ると、肩で息をしつつドサリと椅子に腰掛けた。
ていうかもうちょっと近くにいるときにこっそり教えてくれればいいじゃんよ。何であんな離れたところからそこそこ大声で言うわけ。周りにも聞こえちゃう声で言うわけ。マジ意味わかんない人の尊厳馬鹿にしてるとしか思えない。人権侵害だ人権侵害!!
「あれー。吉田さんご機嫌ナナメ?」
「はい、最っ低のテンションです」
可能な限り低い声で答えると、佐々マネは困ったような笑顔で首を傾げた。
「えー。困っちゃうな。でもこれお願い」
「ご機嫌関係ないんじゃないですか!」
「ばれちゃった?えへっ」
「えへ、じゃないー!」
私は八つ当たりのように佐々マネに食ってかかるが、狸マネージャーはよろしくーと笑顔で肩を叩いたのだった。
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